ナタリー PowerPush - 坂本美雨
初ベストアルバムまでの15年
自分のために自分を表現するんじゃなく
──そうした紆余曲折を経て最新作「I'm yours!」(2012年)にたどり着いたことは、結果オーライというか、いい形になりましたよね。
そう言ってもらえたらすごく幸せ。だからやっぱり人のためにやりたかったんだと思うんです。自分のために自分を表現するみたいなことじゃなくて。
──でも「人の役に立ちたい」という目標を第一に掲げるアーティストというのも珍しい気がしますけど。
そうなんですよね。まあこう言ってるのもおこがましくて「じゃあ実際どう役に立つの?」って言われたらアレなんですけど。母にも昔その「やめれば?」のときに「なんのためにやってるの?」みたいなことを言われた気がする。「人を幸せにしたいとかじゃないわけ?」みたいな。やっぱり母の音楽はすごく人に向かってるって思うから。
──ご両親とも、才能と自信にあふれた人ですもんね。
もう宇宙人だと思ってます。理解できない(笑)。
──(笑)。そういう環境で育ったからこそ美雨さんが自分に自信が持てなかったり、余計におこがましいと感じたりするところもあるんですかね。
うんうん、それはそう。私はまず自分のことが好きじゃなくて、自分の中身にたいしたものが詰まってると思ってないから。自分が何か役に立てるなんて思ってもみなかったっていうところからのスタートですよね。そこから恐る恐る10何年かけて「こんな私なんですけど、なんかちょっとやらせてもらえませんかね?」みたいな。それはもう謙虚さとかじゃなくて自信のなさなんだけど。だからもうスタートが両親とは全然違うんですね、たぶん。
──なるほど(笑)。
でも、こんな自分でもやっぱり生きている喜びを分かち合いたいんですね、人と。自分が音楽に助けられたように、私も誰かの毎日の中に入って、ちょっとでもいいからその人を助けられたらなって。助けるっていうと大げさだけど、触れたい、と思う。音楽は人を幸せにできるって本当に思ってるから。そのこと自体も10年ぐらいかけて確信したんです。つらい世の中だけど、愛しいその音楽を味方にすれば、生きていける。
明るい作品を作りたい
──この「miusic ~The best of 1997-2012~」は音楽的なバリエーションに富んだアルバムになりましたが、この15年間で変わらない部分というのもありますか?
変わらないのは自分に自信がないっていうこと(笑)。あとやっぱり音楽が大好きっていうことで。このアルバムを通して聴いたときに思ったんですよね。その都度向き合い方は全然違うけど、1曲1曲に対してはいつも純粋だったなって。
──美雨さんが純粋に音楽に向き合ってきたことはよくわかります。「売れ線狙って一発当てようぜ」みたいな曲はないですもんね。
そう、だから地味なんですよ(笑)。まあ……地味というか、最初は教授のプロデュースでデビューとかそういう話題性もあったけど、その後1曲1曲に真摯に向き合ってきたんじゃないかと思う。
──自信がないぶん誠意を込めるしかない?
そうですね(笑)。
──では最後に今後の展開についても少し教えてください。
まだ具体的には決めてないんだけど、作りたいもののイメージはあります。次はたぶんデイヴではない人と組んで、もう少し違う明るさを目指すのかなという気がしてますね。
──やっぱり明るい作品がいい?
ここに来て次が暗いアルバムだったら人生揺らぎすぎですからね(笑)。やっぱり音楽はおまじないみたいな力を持っていると思っていて。
──おまじない?
こんなにつらい世界の中でも、愛しい人にいいことしか起こらないおまじない。例えばディズニーランドみたいな。ディズニーランドの中ではいいことしか起こらない。善意しかない。まあそれはファンタジーだけど、音楽はファンタジーが現実になる場所だから。
──美雨さん自身もそれに助けられてきたわけですしね。
そう、だからそういう音楽の魔法を目指したいです。
- ベストアルバム「miusic ~The best of 1997-2012~」
- [CD2枚組] 2013年6月26日発売 / 3360円 / ヤマハミュージックコミュニケーションズ / YCCW-10200
DISC 1
- The Other Side of Love
- 鉄道員
- The letter after the wound
- in aquascape
- 15分
- sleep away
- The Never Ending Story(new vocal ver.)
- 彼と彼女のソネット
- オーパス&メイヴァース
- Swan Dive
- あかりの気配
- おだやかな暮らし
DISC 2
- Phantom Girl's First Love
- Far Across The Sky
- Our Home
- Ring of tales(Lily Star Fiddle Remix)
- Precious
- True voice
- Everything is new
- あなたと私の間にあるもの全て愛と呼ぶ
- I'm yours
- 雨とやさしい矢
- 永遠と名づけてデイドリーム
- The Other Side of Love(afteryears ver.)
坂本美雨(さかもとみう)
女性シンガー。1997年1月に「Ryuichi Sakamoto featuring Sister M」名義でデビューし、1998年から本名での音楽活動を開始する。透明感あふれる歌声が高い支持を集め、1999年発表のシングル「鉄道員」は映画「鉄道員(ぽっぽや)」の主題歌に起用された。2010年からはニューヨーク在住のプロデューサー「Shanghai Restoration Project」とともにエレクトロニカポップ路線のサウンドを追求し、同年5月にアルバム「PHANTOM girl」、2011年5月に「HATSUKOI」を発表。2012年8月のアルバム「I'm yours!」ではKREVAとのコラボレーションでも話題を集めた。現在はおおはた雄一とのユニット「おお雨」としても活動中。父は坂本龍一、母は矢野顕子。