焼津漁港で新フェス誕生!情熱あふれる新米フェス企画者が、アドバイスをもらうべく「サマソニ」生みの親を訪問

2024年9月、静岡県の焼津漁港を舞台にした新たなロックフェス「MINATO RISE」が誕生する。

駿河湾に面したロケーションで、1万人超の規模を想定して行われるこのフェス。無料開催の実現を目指しながら、普段の焼津では観ることのできないようなアーティストが出演する予定で、海鮮、お茶、フルーツ、静岡おでんなど地元のグルメも堪能することができるフェスを目標にしている。実行委員長は、音楽ユニットTiki-Taka Technicsの中心人物・とつかうまれ。彼が大型フェスを企画立案するのはこれが初めてだが、地元の協賛企業などを巻き込んで、町全体が一丸となるフェスを目指している。

このフェスの運営資金を募るクラウドファンディングがスタートしたのに合わせて、音楽ナタリーではいち早く特集を企画。とつかがフェス運営についてアドバイスをもらうべく、地元焼津の先輩であり、「SUMMER SONIC」を始めとしたさまざまな大型フェスを立ち上げてきたクリエイティブマンプロダクション代表取締役社長・清水直樹氏のもとを訪問させてもらうことになった。

日本を代表するイベントプロモーターである清水氏の目に、「MINATO RISE」の企画内容はどう映ったのか? この対談で氏が語っているフェス運営の秘訣は、仕事術として業界関係者以外が読んでも役立つはずだ。

取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 梅原渉

公演情報

「MINATO RISE」

2024年9月8日(日)静岡県 焼津漁港周辺エリア


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自分と同じ思いをしてほしくない

清水直樹 「MINATO RISE」の企画書、拝見しました。いや、よくできている企画書だなと思います。焼津という街でフェスを開催するメリットや、こういう場所だからこそ打ち出せる強みなんかがしっかり盛り込まれていて。

とつかうまれ ありがとうございます……!

清水 ただ、これは企画書だから十分これでいいと思うんだけど、難しいのはこの内容を人にどう伝えるかだから。この企画にどんな熱い思いが込められているのかは企画書だけではわからないので、協力してくれる人に「このフェスのためにひと肌脱ごう」と思ってもらうためには、やっぱり熱いメッセージが必要になってくるんですよ。

左から、とつかうまれ、清水直樹。

左から、とつかうまれ、清水直樹。

とつか なるほど……。そもそも僕が焼津でフェスを開催したいと思ったのは、自分の生まれ育った焼津という街全体のムード的に、音楽というものが自分の世界とはかけ離れたものとして存在している感覚があったからなんです。テレビやYouTubeといったメディアを通じてみんな音楽は好きで聴いているのに、そこから自分で楽器を始める人やライブに通うようになる人がほとんどいない。なぜなら、そういう文化が焼津にはないから。

清水 うん、僕が焼津にいたときもそうでした。ベースとアンプを買ったはいいけど、一緒にバンドをやるやつがいない(笑)。じゃあせめてライブを観たいと思っても、せいぜい静岡市の市民会館に国内アーティストが来るくらいで、海外のアーティストが来るなんて皆無だったからね。ましてや焼津市内でとなると、もっと何もない。

とつか そうですよね。だけど大学進学を機に東京に来てみたら、普通にライブを観たり楽器を触ったりする文化の中で育ってきている人たちがたくさんいて、愕然としたんですよ。僕が地元に感じていた閉塞感みたいなものって、あのエリア特有のものだったんだなとそこで気付いたというか。

清水 僕もやっぱり東京へ来たときのカルチャーショックは同じようにありましたよ。その頃から……僕は今58歳だけど、何十年経っても焼津のあの閉塞感というのは同じなんだなあと(笑)、今のお話を聞いてよくわかりましたね。

左から、とつかうまれ、清水直樹。

左から、とつかうまれ、清水直樹。

とつか 自分がもし東京近郊に生まれ育っていたら、もうちょっといろいろできたのかなっていう悔しい気持ちがあって。僕と同じような思いを次の世代にはしてほしくないんです。ちゃんと身近にライブハウスやバンド活動が存在する環境に生きてほしいなという気持ちがすごくあって、そのためには大きな起爆剤が必要だろうと。そういうところから「フェスをやろう」という発想にたどり着きました。

清水 なるほど……年齢のわりに早いね、そこにたどり着くのが。

とつか (笑)。ライブを観る習慣のない人からすると、いきなりライブハウスやコンサート会場に行くというのもちょっとハードルが高いと思うんですよ。その点、フェスだったらもうちょっと気軽に触れてもらえるんじゃないかなという考えもあって。コンサートとなると2時間3時間ライブだけに集中しないといけないですけど、フェスだったらもっと自由に、フードを楽しんだりいろいろできる。常に主導権を自分が持ったままでいられるから、心理的なハードルが低いと思うんです。

清水 そうだね。まさしくフェス文化がこれだけ広がったおかげで、多くの人たちにとって音楽やライブを体感することが身近になったというのは確かです。

とつかうまれ

とつかうまれ

清水直樹

清水直樹

フェスには地元の応援が不可欠

清水 ただ、「フェスをやりたい」「地元で何か大きなイベントをやりたい」と考えている人は、もう全国のいろんな街にうじゃうじゃいると思うんですよ。

とつか そうですね、はい。

清水 そこから本当にそれを実現させるところまで持っていくのが、まあめちゃくちゃ大変だろうね。僕も「焼津でフェスやりませんか?」と言われたことがあるけど、そのときは「いや、焼津では……」って口ごもっちゃいましたから(笑)。

とつか それは、焼津でフェスを成功させるのは難しいということですか?

清水 難しいというか……本当にやろうと思ったら全精力をそこに傾けなければできないんだけど、現実問題として今の僕にはその時間がないというだけ。決して焼津というロケーションがフェスに向いていないとか、そういう意味ではないです。

とつか ああ、なるほど。よかったです(笑)。

清水 やっぱり、協力してくれる人がいなきゃいけないから。地元に応援してもらえないことにはフェスなんて絶対にできないので、地元でしっかりと動ける人、役所とか組合とかいろんなところとつながっている人間をまず捕まえる必要があるんですよ。その意味で、僕は言うなれば焼津を捨てて東京へ出てきた人間だから、そのコネクションをイチから構築している余裕が今はないというか……もちろん地元への愛着はあるんで、清水で「マグロック」という野外フェスをやったりとか、「SUMMER SONIC」のフードエリアで焼津のマグロの店を出したりとかもしてるんだけど。

とつか 地元の協力というところは本当に苦労している部分です。今回は港でやるので漁協さんのご協力はまずマストなんですけど、それとは別に漁港を管理している県の組織だったりとか、どこにどういう順番でお伺いを立てたらいいのかという配慮もすごく繊細に必要だったりして。

とつかうまれ

とつかうまれ

清水 ホントそうなんだよねえ。そこをしっかり草の根でやっているのは素晴らしいです。その熱意と行動力があれば、それはできますよ。そのことを証明してくれたのが同じ静岡の吉田でやっている「頂 -ITADAKI-」で。

とつか あー! 確かに。

清水 吉田なんて、焼津以上に田舎で何もないところだから(笑)。その吉田であれだけのものができるんだから、焼津だって不可能ではないなって思いますね。

とつか 地元の協力を仰ぐうえで僕が一番難しさを感じているのは、誰もが認める大きなお祭りには積極的にコミットするけど、中途半端なものには見向きもしないような人が多いことなんですよね。

清水 うん。焼津で一番大きな催しといったら、「荒祭(あらまつり)」や「焼津海上花火大会」だよね。それはもう市をあげてみんなで盛り上げようというムードがあるけど、それ以外のものとなると……そもそもやろうとしている人自体がほぼいないし。

とつか そうなんですよね。実際、いろいろなところに話を持ち掛けても「サザンは来るの? MISIAは? 矢沢永吉は?」みたいな話になりがちなんですよ。そのレベルでメジャー感のある催しじゃなければ認めてもらえないのが焼津という街の現状なのかなあと。そういう街に歓迎してもらえるイベントを作ることの難しさを日々感じているところです。

清水 やっぱりそういう文化が今までなかったから、「こんなアーティストを呼びたいんだ」という話をしても、知らないから刺さらないってことだよね。今からそういう文化を作っていこうと思ったら、やっぱりすぐにお客さんが来てくれると思っちゃいけないですよ。小さい規模から始めて、5年10年と続けていくことで大きくなっていくものなので。それはたぶん、どこも同じじゃないかなと思います。

とつか 今おっしゃった「小さく始めろ」という助言は、本当にいろんな方からよく言われます。でも、小さく始めたものが果たして焼津の人に受け入れてもらえるのかという心配がすごくあって……1回目からある程度のインパクトを残さないと、そもそも続けていけないんじゃないかと今すごく悩んでいるところです。

フェスは町おこし

清水 あとはやっぱり、焼津にいる人だけでは成り立たないから、外からも来てもらわないといけないよね。外から人が来るということを、閉鎖的な焼津の人たちにウェルカムに感じてもらわないといけない。

とつか そうですよね……。

清水 焼津って、いい食文化もあるし、いい宿泊施設も充実してるのよ。でも、それ以外がない。ちょっと焼津さかなセンターに行ってマグロ食って終わり、みたいな……要するに観光がヘタなの。だからフェス自体を魅力的なものにするのももちろん大事なんだけど、もうちょっと広く焼津という街自体の魅力を外の人たちに伝えられるようなものにできたら、その結果として市政が観光というものにもっと目を向けるようになるかもしれない。それができれば、いろんな風向きが変わってくるんじゃないかと思いますね。

とつか おっしゃること、とてもよくわかります。フェスの中身だけを狭く考えるんじゃなくて、そのフェスが街づくりにどれだけ貢献できるかを考える必要があるわけですよね。

清水 フェスって、ある意味では町おこしだから。地域に密着して、1本筋の通ったものがなければ絶対に成功しない。とつかさんが焼津という街に対して何をもってどういう筋の通し方をしていくのか、気になるところでもあり期待するところでもありますね。

とつか がんばります……!

清水 例えば僕らね、福島で「LIVE AZUMA」というフェスをやっていて……福島のテレビ局と東北のプロモーターと、なぜか東京の僕らが一緒にやってるんですよ。なぜそうなっているかというと、福島テレビでこのフェス企画を立ち上げたのが、もともと学生時代に4年間「SUMMER SONIC」でバイトをしていた福島出身の男なんです。さらに、その彼と同時期にバイトしていた人間が今クリエイティブマンのスタッフになっていて、その2人が計画して立ち上げたのが「LIVE AZUMA」なんですね。

清水直樹

清水直樹

とつか すごい……! めちゃくちゃいい話じゃないですか。

清水 うん。で、実際にそのフェス会場に行くとね、「ここまで地元色をしっかり出せるんだ?」とうらやましく思うくらいの環境ができあがっているんですよ。地元のうまそうなラーメン屋さんが何軒も出店していたり、地元の産業を体験できるお店が出ていたり、本当に参考になるところの多いフェスで。その熱意に打たれてスタジアム級のアーティストが出てくれたりもしているんだよね。地域に根ざしたフェスとして、あれはひとつの理想形だなと。

とつか それはたぶん、その企画したスタッフの方が福島に生まれ育って、地元のいいところも悪いところも細胞レベルで理解しているからこそできることですよね。例えば僕だったら、上京して長いこと世田谷に住んでいたんですけど、世田谷のフェスは作れないと思うんですよ。なぜなら血肉になっていないから。仮にやったとしても、表面的なものにしかならない気がします。

清水 そうかもね。だから「MINATO RISE」も地元の人間だからこそ作れる、ほかの場所ではできないようなフェスにしてもらいたいなと思っています。

2024年4月9日更新