水瀬いのりの4thアルバム「glow」が7月20日にリリースされた。
前作「Catch the Rainbow!」から約3年ぶりのアルバムとなる本作は、「ココロソマリ」「Starlight Museum」「HELLO HORIZON」といった既発シングルの表題曲はもちろん、先行配信曲「REAL-EYES」、人気曲「僕らは今」、そして新たに書き下ろされた新曲9曲も収められた充実作。水瀬自らが「史上最高に人間味のあるアルバムになった」と評する通り、とりわけ新曲においては自然体でナチュラルな歌声を存分に楽しめる作品となっている。彼女はなぜそうしたテーマを掲げたのか? それによって何を伝えようと考えたのか? アルバムに込めた思いを聞いた。
取材・文 / ナカニシキュウ 撮影 / 梁瀬玉実
分析リストのようなアルバム
──4作目となるニューアルバム「glow」、聴かせていただきました。率直に言って、かなりの力作ですね。
わあ、うれしいです。ありがとうございます。
──どういう着想から作り始めた作品なんですか?
アルバムリリースが約3年ぶりということで……この3年間って、それまで当たり前だったことが当たり前ではないことを痛感させられたり、エンタテインメントというものの存在の大きさを改めて感じたりする期間だったなと思うんです。なので、“失って初めて気付く身近なものの大切さ”みたいなところを軸に作っていけたらいいなと。きれいに着飾ったりするのではなく、生々しい部分も含めた等身大の自分をたくさん詰め込みました。水瀬いのり史上最高に自分の人間味を表現した作品になったと思います。
──それは聴いていてすごく感じました。特にラストナンバーの「glow」に顕著なんですけど、あまり歌声を“作っていない”という印象があって。
「本当の自分の歌声ってどれなんだろう?」という、声優アーティストだからこその悩みはデビュー当時からずっとあったんです。今回は「なるべく力まず、背伸びせずに歌いたい」ということを最大の目標に掲げてレコーディングに臨んだので、それをナチュラルさとして感じていただけたのであればうれしいですね。もちろん、今までの歌い方を否定するわけではないですけど、今回に関しては「歌声に親近感を持ってもらえるような歌を歌える人になりたい」という思いがまずは強かったです。
──ご本人名義でのアーティスト活動がその方向へ向くのは、ある意味とても自然な流れだと思います。声色を作って歌う機会はほかにいくらでもあるわけですし。
そうですね、確かに。
──曲の作り方としては、水瀬さんから「こういう曲が欲しい」とリクエストする感じなんですか?
はい。指名でお願いする作家さんに対しては参考楽曲を挙げたり、歌詞のイメージをお伝えしたりしたうえで書いていただいています。コンペ曲についても、デビュー当時から全部聴かせていただいて自分で選定しているんです。最初はそれを自ら希望したわけではなかったんですけど、私たちのチームにはそうするのが当たり前というムードがあって。
──過去3作のアルバムには、求められる水瀬いのり像をいろんな角度から見せていく作品、というイメージがあったんですけど、今回はそこから少し逸脱して「こんな水瀬もどうですか?」という提案が含まれているような印象を受けました。
今作はどちらかというと、私が自ら進んでいきたい道みたいなものを集めた作品になっています。前作までのレコーディングでは、それぞれの曲の物語に没入するような感覚が強かったんですが、今回はすごく冷静に自分自身を投影することができた楽曲が多くて。自分の好きなサウンドを詰め込むこともできましたし、この曲目が私という人間の分析リストのようにもなっているというか(笑)。「私の好きなものを知ってもらうには、このアルバムを聴いてもらうのが手っ取り早いです」と言えるものになったと思います。
想定外の形で大切な1曲に
──これまでのアルバムと比べると、既存曲の数が多めですよね。
ですね、リリースが3年空いたので。一番古いものは「ココロソマリ」(2020年2月リリースのシングル表題曲)になるのかな。自分の歌唱アプローチにも変化を感じましたし、ある意味ベストアルバムを作っているかのような感覚にも陥ったりしましたね(笑)。
──ラスト手前に収録された「僕らは今」は、その「ココロソマリ」のカップリング曲です。シングルのカップリング曲がアルバムに収録されるのはこれが初だと思いますが、やはり「今リリースするアルバムには、この曲が絶対に必要だ」と?
そうです。これは当初アルバムに入れる予定ではなくて、もっと言うとミュージックビデオを作る予定も最初はなかったんですよ。もともとはコロナ禍以前に制作した楽曲で、“ライブで完成する1曲”というイメージで作っていたんですが、ライブ会場で声が出せなくなってしまった今、ファンの皆さんにとっては「これを一緒に歌うまでは倒れるわけにはいかない!」くらいの存在になっていると思うんです。結果的に、すごく“今”とリンクする楽曲になっていった感覚があって……作った当初は想定していなかった形で、とても大切な1曲になってくれましたね。
──そして新曲では、音楽性の部分で新たなチャレンジを感じました。その筆頭が「パレオトピア」だと思うんですが、「We Are The Music」や「Melty night」あたりも新機軸ですよね。これらが先ほどのお話にあった「みんなが求めているかはわからないけど、私はこれが好きなんだよ」という曲?
まさにそうです。もちろんファンの皆さんが間違いなく喜んでくれるであろうものを表現していきたい気持ちも変わらずにあるんですけど、せっかくアルバムという形でたくさんの新曲を聴いていただける機会なので、より自分自身の“好き”を表現できる楽曲を増やせたらうれしいなと。例えば「Melty night」はコンペで選ばせていただいたんですが、私自身ちょっとジャズ調の曲が好きだったりするので、いわゆる“ポップでかわいい”だけじゃない曲を歌いたいという思いがあったんです。
──ちょっとアダルトな、AOR風味の1曲ですよね。個人的には栁舘周平さん提供の「パレオトピア」が特に印象的でした。水瀬いのりディスコグラフィ的にもかなり画期的な楽曲なんじゃないかと。
わあ、うれしいです。これは私から「こういう曲を」とお願いしたわけではなくて、栁舘さんの頭の中にある音楽を自由に表現していただいたものなんですよ。チーム全体で「彼の作るものに間違いはない」という絶対的な信頼を寄せていて、だからこそ生まれた楽曲と言えるかもしれません。
──ものすごく目まぐるしく展開しますし、単純に歌うのが難しそうな曲だなとも感じます。世界観に入り込むのが大変そうというか。
実は、この曲のレコーディングが一番早く終わったんです。
──あ、そうなんですか!
一球入魂じゃないですけど、「入ってしまえばこっちのもん」みたいな曲ではあるので(笑)。それも栁舘さんと築き上げてきた信頼関係のなせる業だとは思うんですけど、ほかの楽曲とはまた違う感じでゾーンに入れたと思います。言っていることはすごく詩的で、ちょっと突飛な世界観の歌詞ではあるんですが、日常のシーンに置き換えやすい言葉たちだなとも思っていて。例えば「鎧の下 心が涙を枯らすなら」というフレーズだったら、もちろん「鎧」は私にとって身近なものではないんですけど、「人に気を遣ってしまうようなとき、心に鎧を付けてしまっているのかな」というように、連想をしていくのがとても楽しかったです。
──この曲に苦戦しなかったというのは正直ちょっと意外でした。逆に、「この曲は苦戦したな」と思うものはどれかありますか?
意外と「風色Letter」が大変でしたね。物語としてはすごく身近で想像しやすいんですけど、歌としては技術的に難しい部分があったりして。肩の力を抜いて自然体で歌いたい楽曲ではありつつ、それと同時に音楽的な要素を汲んでいかなければならなくて、けっこう苦労しました。
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メイクもせずに私服で歌いたい