ナタリー PowerPush - 遊佐未森
すべての時間が歌につながる 25周年を祝福する2枚組ベスト
何を目にしたか、誰と何をしゃべったかで歌はすごく変わってしまう
──今震災の話が出ましたが、遊佐さん被災地を回られたり、たくさんライブの数を重ねてこられましたよね。YouTubeで拝見していたんですが、PAが簡素だったり、正直ステージもないような、そういうところまで出かけていかれて……。
やっぱり歌う場をいただけるっていうことが、とても幸せなことなんだっていうのは年々感じるので。特に震災のあとは、少しでもほっとしたり、歌を聴いて優しい何かを感じてくれたり、そういう息抜きとか笑いとか、ぬくもりみたいなものが必要とされているところへ行って(歌を)お届けできたらっていう思いがあるので。そういうステージも必然的にやってますね。
──そういうタフな舞台も越えてこられて、そういうのもこのアルバムの仕上がりにはあるのかな、と。
そうですね。やっぱり1日1日の積み重ねで歌ってると思うので。不思議なことですけど、やっぱり楽器が身体なので、感じることとか大切にしていること、思い、何を目にしたか、誰と何をしゃべったか、誰と握手をしたか……そういうことで歌はすごく変わると思ってるんです。だからいい時間を過ごしたいし、いい歌を歌えるようになりたいっていう、最近は特に強くそう思いますね。
──毎日の会話や感情の機微がみんな歌にフィードバックされると。
されると思いますね。ちょっとしたことで全然変わっちゃう。変わっちゃまずいのかもしれないけど(笑)、本当に変わるんですよ。そういった意味では演奏にも触発されるから、「潮見表」が一発で録れたのも、そこでみんなと一緒に息をしていたから、感動していたからだと思う。すべては歌につながっていくんです。
──そう考えるとDISC 1では80年代の歌声も聴けるし、25年分の積もった時間が記録されたアルバムなのかな、と。今伺っていて、デビューしてすぐの頃「歌入れに煮詰まっている」みたいなことをインタビューでおっしゃっていたのを思い出したのですが……。
そんなこと言ってました?(笑) あの頃はとにかく、スタジオにいる時間が尋常じゃなかったので、かなりのテイクを歌っていたというのがありまして……。コーラスもふんだんに入れて、1日中コーラスだけみたいな日も。80年代後半から90年代のレコーディングはものすごく贅沢でしたから。今では考えられない感じですけど(笑)。
「ゆっくりキャラ」で出ていたけれど、足は水面下でバタバタしていた
──しかもリリースペースが早かったですからね。
早かったですよね! デビューした年にアルバムを2枚リリースして、そのペースで……もう1年に1枚は当たり前みたいな感じで作っていたので、なので煮詰まってるっていうよりスケジュールに追われてたっていうことじゃないかと。でもね、それを通ってきたことで今があるとも思うので。「暮れ空」とか「夏草」を歌うとやっぱり、あの当時の毎日ダッシュしてるような。
──ダッシュですか。メディアでの見え方とは違った……。
そう。もともとそうですし「ゆっくりキャラ」で出てたんですけど、実は足は水面下でバタバタしてるみたいな……なんかそういうことも思い出しはします。
──アルバムに小さな本がついていた時代があって。
ありましたねー(笑)。
──あの本もそうですし、多くの楽曲も外間(隆史)さんの手によるものでしたが、やはり外間さんの曲を歌われるのと自作の曲とでは、歌っていて感覚が違うものですか?
うーん……そんなでもないですね。歌を歌うっていうことについては、その曲、1曲ずつになってくるので。外間さんが書いた曲を歌うときも、自分で書いた曲を歌うときも、歌い始めるときはある意味フラットというか。そうして歌いながら、自分の中で物語ができていく、育っていくようなところはありますけど。
──ある時期から遊佐さんご自身の作曲が増えていって、他人が作った物語じゃなくてご自分の物語を歌うようになられたのかな、と見ていたのですけど……。
そうですね、だんだんそういう方向にはなっていきました。そのときそのときに作りたいものを作ってきたことで、こういう形になってるということじゃないでしょうか。
──なるほど。遊佐さんのボーカル、ボイスは誰もが聴けば一発で「遊佐未森だ」ってわかる一貫性があると思いますが、サウンドはそのときどきで、わりとロッキンなのもあるし、ハワイやケルトみたいな地域性を取り入れてきましたね。
そうなんですけど、いつもズレてるなーって思ってるんです。アイルランドの音楽をやることも、ハワイがコンセプトのアルバムも、その1年半くらいあとに世間でブームがきて。あれ?っていう(笑)。
──「早すぎた!」って(笑)。ちょっと損してらっしゃるような。
でもなんかリズムの潮流とか、サウンドの感じっていうのは、やっぱり普通に暮らしていたらいろいろな音楽が耳に入ってきますからね、その都度その都度、試してみたいってことが時代の中で……。
ほんとにクタクタになったときとか、プリファブ聴いて癒されてた
──あとサウンドプロダクションもいろいろな方が、今は冨田ラボとして有名な冨田恵一さんも参加してらっしゃったり。
ええ。冨田さんは冨田ラボを名乗られるずっとずっと前ですから。たしか当時はユニットを……。
──ケッジ(KEDGE)ですかね。それにしても最初に話が出た渡辺等さんもそうですし、今堀恒雄さんも参加されてるし、昨年は栗コーダーカルテットとのジョイントコンサート、あと植田正治さんというものすごい写真家さんがジャケットを撮っていたり、腕利きの才能を呼び集める才能がおありなのだな、と。
ありがたいことです。ほんとに素晴らしいアーティストの人にいっぱい会っていますし、今回のアルバムもそうですけど、以前からお願いしているエンジニアのカラム・マルコムもね、さっきメールが来てたら「プリファブ(・スプラウト)の新しいのがどうこう」って書いてあって、うれしくなったり。
──あ、プリファブがお好きでカラム・マルコムにマスタリングを依頼していたんですね。
プリファブすっごく好きですよ、学生の頃から。仕事始めてからは、もうほんとにクタクタになったときとか、プリファブ聴いて癒されてたって感じもあったり。
──マイク・オールドフィールドやケイト・ブッシュがお好きなのはインタビューでおっしゃってた記憶がありましたが、そうか、プリファブ……。遊佐さんがどんな学生だったかもう少し教えていただけますか。国立音楽大学のご出身ですよね。
大学の前半はいろいろ興味のあることをやって、飛び回ってましたね、けっこう。だいたい全部、舞台につながることなんですけど。ちょっとダンスのレッスンに行ってみたりとか。
- ニューアルバム「VIOLETTA THE BEST OF 25 YEARS」
- ニューアルバム「VIOLETTA THE BEST OF 25 YEARS」 / 2013年9月11日発売 / 4410円 / ヤマハミュージックコミュニケーションズ / YCCW-10202~3
DISC 1
- 瞳水晶
- 地図をください
- 0の丘 ∞の空
- 僕の森
- Silent Bells
- Island of Hope and Tears
- Floria
- ポプラ
- 眠れぬ夜の庭で
- オレンジ
- クロ
- Tell me why
- ミナヅキ
- 欅 ~光りの射す道で~
DISC 2
- 暮れてゆく空は
- 潮見表
- 一粒の予感
- poetry days
- 街角
- 桜、君思う
- 君のてのひらから
- ブルッキーのひつじ
- Theo
- 夏草の線路
- I'm here with you
遊佐未森(ゆさみもり)
宮城県仙台市出身の女性歌手。1988年にアルバム「瞳水晶」でデビュー。1989年に「日清カップヌードル」のCMソングに採用された「地図をください」がヒットを記録し、幅広い世代の注目を浴びる存在となる。その後も数々のオリジナリティあふれる作品を精力的に発表。みずみずしく透明感のある歌声と上質なポップスで独自のスタンスを確立する。2009年発売のアルバム「銀河手帖」の収録曲「I'm here with you」はNHK「みんなのうた」で放送されたほか、長編アニメーション「川の光」のメインテーマとなった。2011年の東日本大震災以降は、被災地でライブを行うなど積極的に支援活動を展開。2013年9月11日、デビュー25周年を記念した2枚組のベストアルバム「VIOLETTA THE BEST OF 25 YEARS」をリリースした。