眉村ちあき「SAI」リリース記念、日本音響研究所・鈴木創所長と対談「歌声はフレディ・マーキュリーに近い」 (2/4)

かなり稀だと思います

鈴木 続いては「歌唱表現のバリエーションが豊かである」という項目です。「ナントカザウルス」のボーカルトラックを聴き、「サウルスは人間のこっちゃ 何とも思っていない」「認知どころか存在どころかこの時代すら知らんから どこのどいつかわかんないやつは僕らも相手にしてらんない」に注目しました。

眉村 ここ、歌うの難しかったです。

鈴木 そうですよね(笑)。今聴いた前半の部分は5.3秒で24字。後半部分は4.7秒で52字。1分あたりで計算すると前半が271.7字、後半が663.8字で一気に2倍以上早口になってるんですが、それでも歌詞がしっかり伝わってくるのはすごいです。曲の真ん中あたりにこのパートを入れることで、中だるみせず、リスナーをハッとさせる効果もあると思います。

眉村ちあきのボーカルの分析結果。

眉村ちあきのボーカルの分析結果。

眉村 私、めちゃくちゃ飽き性なんですよ。曲を作っていてもすぐ飽きちゃうから、真ん中あたりで遊びたくなっちゃう(笑)。今の説明を聞いて、すごく納得しました。

鈴木 最近はカラオケなどでも、一般的に「歌いにくい曲にチャレンジしたい」という傾向があるので、そういう流れにも合っていると思います。

眉村 私もライブでうまく歌えないことがありますけどね(笑)。

鈴木 音の刻みもすごく正確。つまり、滑舌がいいんですよね。発声する音韻を変えるときは、当然、口の形も変わる。それを素早いスピードで行うためには舌骨筋などを鍛える必要があるのですが、眉村さんはその筋力も高いんだと思います。言語を例に出すと、日本語と英語では使う筋肉は違っているんです。私たちは「発音をよくするために、まず筋肉を鍛えましょう」という提唱も行っています。

眉村 やった! 私、英語の発音も褒められるんですよ。

鈴木 聞き取れない音は出せないので、眉村さんは耳もいいんでしょうね。

眉村ちあき

眉村ちあき

日本音響研究所・鈴木創所長。

日本音響研究所・鈴木創所長。

眉村 うれしい。口の周りの筋肉がついてるのは、いっぱい笑ってるからかな(笑)。

鈴木 それもあると思います。発声のための筋肉は表情筋とほぼ同じ。表情豊かに生活されている方のほうが、滑舌がいい傾向もあると思います。眉村さんの歌声を分析していて、もう1つ私が驚いたポイントがあって。「誘いを断って 机に向かう夜 まだ折れない まだ折れない もう少しだけ この挑戦 この挑戦」の部分なんですけど。

眉村 「未来の僕が手を振っている」のDメロですね。

鈴木 この部分はささやき声に近い発声から始まり、メロディにとらわれずに語りかけるような声、さらにダイナミックなシャウトに変化しています。24秒間の中で発声方法がどんどん変化している。つまり、表現力の幅が非常に大きいんです。最初に聴いたときは、私も鳥肌が立ちました。

眉村 ありがとうございます。

眉村ちあきのボーカルの分析結果。

眉村ちあきのボーカルの分析結果。

鈴木 ささやき声で発音されると、聴いている人は「なんだろう?」と耳を傾ける。そこで語りかけるように歌い、最後にシャウトで感情をぶつける。この流れがすごいし、演じるように歌うとはこういうことだろうなと思いました。メロディが崩れているところもあって、決して教科書的な歌い方ではないんです。同じような歌い方を取り入れている方はいらっしゃいますが、ワンフレーズでここまでいろいろな歌い方ができる方はかなり稀だと思います。誰にも似ていない、眉村さんのオリジナルでしょうね。

眉村 うれしいです。「オリジナルだね」と言われたくてここまでがんばってきたので……。褒められすぎて気絶しそう。

眉村ちあき

眉村ちあき

眉村ちあき、美空ひばり、宇多田ヒカル、Ms.OOJA、Aimerに共通するもの

鈴木 続いては“倍音”について。声帯が1秒間に100回振動すると100Hz、1000回振動すると1000Hzなのですが、人間の声にはそれ以外に倍音が含まれています。倍音とは、基本となる音の整数倍の周波数の波動。例えば100Hzを基音とした場合は200Hz、300Hz、400Hzの周波数の成分が出ているんです。眉村さんは、かなり高い倍音もしっかり出ています。楽器で例えるとバイオリンなどの弦楽器に似ているのですが、重厚さや温かさを感じられる声なんですよね。つまり眉村さんの歌声には、さわやかさと温かさが両方あるということになります。

眉村 そうなんですか!?

鈴木 はい。こうやってお話していても、きちんと発声されているのがわかりますし、倍音もしっかり出ている。普段から訓練ができてるんだと思います。

眉村 意識はしてないんですけどね(笑)。あ、でも、ライブで歌ってるときに「ちょっとハイが強いな。お客さん、イヤかもな」と持ったら、その部分を出さないようにしてます。

鈴木 倍音を調整しているのかもしれないですね。やはり眉村さんは、ライブでのお客さんの反応を通して、バイオフィードバック(生理的な反応を認知すること)をうまく活用されているんでしょうね。実際に歌うことで学習して、いいものだけを残していくという。

眉村ちあきのボーカルの分析結果。

眉村ちあきのボーカルの分析結果。

鈴木 眉村さんはビブラートもすごくきれいです。ビブラートとは声帯の振動によって、周波数を細かく上げ下げすることで生じますが、その波形が一定なんです。多くの場合は高い音に行けば行くほど波形が乱れるのですが、眉村さんはどの音程でも安定している。また、感情をぶつけるような歌い方をすると、声が裏返るなど不安定になりがちですが、眉村さんはシャウトしていてもビブラートが乱れない。常に歌唱として成立しているのはすごいです。

眉村 ビブラートは高1くらいでできるようになって、そこからずっと定着してるんですよ。本当に感覚でやってます(笑)。「ここからビブラートで歌おう」とか、「ビブラートの波を大きくしよう」みたいなことは考えますけど。

鈴木 それも驚きですね。特に「未来の僕が手を振っている」の最後の部分(「自分を超えるのは今だ 輝け」)におけるビブラートは、眉村さんの特徴がよく出ていると思います。「今だ 輝け」にビブラートがかかっているのですが、周波数が低い「今だ」のところでは約0.19秒間隔で315±25Hz、中心周波数が高い「輝け」は約 0.16秒間隔で467±15Hz。つまり音程が高いところでは細かく、低いところでは大きく揺れていて、これは1/f揺らぎの定義と合致しています。1/f揺らぎにはいくつか種類があって、例えばお寺の梵鐘や小川のせせらぎなどもそうですね。共通しているのは、人が心地いいと感じる周波数の揺らぎが生じているということです。

眉村 びっくりです。私はただ、「低い音は大きい波のほうが気持ちいいな」みたいな感じでなんとなくやっていたので。

眉村ちあき

眉村ちあき

眉村ちあき

眉村ちあき

鈴木 気持ちよさを感じ取って、それをパフォームできてるのはすごいことだと思います。私たちが分析させていただいたアーティストでいうと、美空ひばりさん、宇多田ヒカルさん、Ms.OOJAさん、Aimerさんの歌声にも1/f揺らぎがありました。

眉村 確かに心地いいですよね。

鈴木 ただ、1/f揺らぎが生じるかどうかは、その人の状態によっても変わってくるんです。例えば政治家の演説にしても、調子がいいときは気持ちよく聞けるんですが、政権末期、辞める直前になると声から気持ちよさがなくなってしまう。つまり心の余裕や充実度が発声に反映されてしまうんです。

眉村 そこまでバレちゃうんですね。確かに「未来の僕が手を振っている」を録ったきはめっちゃご機嫌だったし、おなかもいっぱいでした(笑)。これからも歌う前はスタッフさんにいっぱい甘やかしてもらおうと思います!

鈴木 精神状態をコントロールするのは大事ですよね。

眉村 私、興奮しすぎちゃうんですよ。ライブ前に「今日は落ち着いてやろう」と思っていても、ステージに出てお客さんを見ちゃうと「イェー!」って爆アゲになっちゃって、全部忘れちゃうんです。マネージャーさんに「この告知をしてくださいね」と言われてもすぐ抜けちゃって、デスボイスでMCしたり、余計なことばっかりやっちゃう(笑)。アンガーマネジメントという言葉がありますけど、自分のテンションのマネジメントをやらないとダメですね。

鈴木 それが眉村さんの魅力でもあるので、すべて変えてしまうのはもったいない気もしますけどね。年齢によっても変わってくると思うんですよ。美空ひばりさんは子供の頃から歌がうまかったんですが、1/f揺らぎを安定して出せるようになったのは40歳くらいだったと言われていて。彼女も分析しながら歌っていたわけではなく、気持ちいい歌唱を自分なりに構築した結果だったんじゃないかなと。

左から眉村ちあき、日本音響研究所・鈴木創所長。

左から眉村ちあき、日本音響研究所・鈴木創所長。

眉村 なるほど。私ももっとがんばります!

鈴木 眉村さんは本当にいろんな表現をお持ちだし、似ている方がなかなか見つからないんですけどね。強いて言えば、Queenのフレディ・マーキュリーに近いかもしれないです。

眉村 ええっ?

鈴木 「ボヘミアン・ラプソディ」のオペラ風の歌唱もそうですが、歌の表現の幅が広いですし、同じ歌い方は二度とやらないくらいの姿勢が感じられて。眉村さんにも同じような印象があります。

眉村 うれしいです。私、映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観て、めっちゃ感動したんです。走って家に帰って、一気に作った「Queeeeeeeeeen」という曲があるので、よかったら聴いてください。

鈴木 わかりました。眉村さんにはぜひ、枠にとらわれることなく、いろいろなことにチャレンジしてほしいと思います。

眉村 絶対そうします! こんなふうに自分の声を分析していただいて、全部バレるんだなと思ったし(笑)、今まで無意識でやってきたことが間違ってなかったこともわかって。自分の感覚を大切にしようと思えたのもよかったです。こんなに褒められることはないし、今日のお話を思い出せば、3年くらいは余裕でがんばれそうです(笑)。