眉村ちあき「SAI」リリース記念、日本音響研究所・鈴木創所長と対談「歌声はフレディ・マーキュリーに近い」

眉村ちあきがニューアルバム「SAI」をリリースした。

「SAI」にはテレビアニメ「ちみも」のオープニング主題歌「マルコッパ」や、駿台予備学校の受験生応援ソング「未来の僕が手を振っている」といったタイアップ曲に加え、ライブで披露されてきた「肉喰え」「ピカレスクヒーロー」、新曲「平成黎明GAL」「Natto」「ぢごくに落ちて心から泣け」「十二支のアマゾン」など15曲を収録。奔放なサウンドメイク、喜怒哀楽を反映させた歌詞など彼女の才能や生き様がダイレクトに感じられる作品となっている。

音楽ナタリーでは、眉村の武器である表現力豊かな歌声にフォーカスした特集を展開。日本音響研究所・鈴木創所長との対談を通じて、彼女のボーカルに秘められた魅力を5つの観点から紐解く。特集の後半には「SAI」の制作秘話を中心とした眉村のソロインタビューを掲載する。

取材・文 / 森朋之撮影 / 星野耕作

眉村ちあき×鈴木創所長対談

眉村ちあき

眉村ちあき

すばらしい腹式呼吸

鈴木創 日本音響研究所では、さまざまな声のデータベースを集めています。罪を犯した人たちの声の分析も行っているんですが、歌がうまいとされているアーティスト……例えば美空ひばりさんや宇多田ヒカルさんの声の分析を依頼されることも多いんです。今回は眉村さんの「ナントカザウルス」「未来の僕が手を振っている」(いずれも「SAI」収録)を分析させていただきました。

眉村ちあき ありがとうございます。ドキドキする(笑)。

左から眉村ちあき、日本音響研究所・鈴木創所長。

左から眉村ちあき、日本音響研究所・鈴木創所長。

鈴木 分析結果としては、次の項目が挙げられると思います。

  1. 発声の基礎である腹式発声が安定している
  2. 清潔感を感じる周波数成分が顕著に見られる
  3. 歌唱表現のバリエーションが豊かである
  4. 音声の倍音成分が豊かであり温かみのある音声である
  5. ビブラートによる周波数揺らぎが安定して1/f周波数揺らぎになっているところも見られる

眉村 すごい!

鈴木 では、順番にご説明しますね。まず「発声の基礎である腹式発声が安定している」。これはボーカルトレーニングを受けている人とそうでない人で顕著に違いが出ます。低音域は出やすいですが、眉村さんは3000~5000Hzの周波数帯の高い音の成分も強く出ている。これは腹式発声がしっかりできているからなんです。高い音が出ることによって音韻もはっきり伝わる。つまり、歌詞が伝わりやすい、何を歌っているのかが明確にわかるということになります。

眉村ちあきのボーカルの分析結果。

眉村ちあきのボーカルの分析結果。

眉村 なるほど!

鈴木 腹式発声が不安定だと、楽器の音に埋もれてしまい、何を歌ってるのか聴き取りづらくなりがちです。歌手としては基本的なことですが、意外とできていない人も多いんですよ。最近はコンピュータ上で補正することもできますが、今回はまったく加工していないボーカルトラックで分析しているので、眉村さんの腹式発声は素晴らしいと思います。

眉村 恥ずかしい(笑)。私はライブの本数が多くて、ほぼ毎日歌う生活を何年かやっていて。でも、腹式発声を意識したことはないかもしれないです。ボイストレーニングも10代の頃に1年間やったくらいで、誰かに習ったこともほとんどないんですよ。

鈴木 だとすれば驚異的ですね。例えばプロのアナウンサーもそうですが、発声練習を毎日行って、しっかりトレーニングしている方でなければ、これほど安定した腹式発声はキープできないはずなので。おそらくライブを数多くやられたことがよかったんでしょうね。自分が出した声によって観客はどういう反応するか、そのフィードバックによって今の発声を作り上げたんだと思います。

眉村 以前、私がやっているラジオ番組(TOKYO FM「Roomie Roomie!」)に八代亜紀さんが来てくれたことがあるんですけど、八代さんも発声練習はしてないとおっしゃってました。「どうしてそんなにお上手なんですか?」と聞いたら、(腹部に力を込めながら)「“うっ!”って歌います」って(笑)。めちゃくちゃすごい方ですけど、「私と一緒かも」と思いました。

鈴木 とてもレベルが高い“うっ!”ですね(笑)。

左から眉村ちあき、日本音響研究所・鈴木創所長。

左から眉村ちあき、日本音響研究所・鈴木創所長。

声のおかげで炎上しない

鈴木 次に「清潔感を感じる周波数成分が顕著に見られる」についてご説明します。眉村さんの歌声には、1万Hz前後の周波数の成分も非常に強く分布しています。これは子音の成分に伴うものが多く、特に息の成分を主体とするサ行やハ行の発声がきれいな場合に現れるのですが、これが清潔感、さわやかな印象につながるんですよ。例えば毒舌のタレントの方であっても、声の中にこの成分があれば、さらっと聞き流せる。つまり好感度にも関係しているんです。

眉村ちあきのボーカルの分析結果。

眉村ちあきのボーカルの分析結果。

眉村 へー! そういえば私、ライブのMCでお客さんをディスることがあって。でも、みんな笑ってるんですよ(笑)。ときどき言いすぎることもあるけど、「ごめん、気を付ける」って言えば許してくれるし、炎上したこともなくて。声のおかげなのかも。

眉村ちあき

眉村ちあき

鈴木 そうですね。もちろん眉村さん自身のキャラクターもあると思いますが、声によるところも大きいのではないでしょうか。ハスキーな声、ちょっとガラガラした声であっても、1万Hzの周波数が出ていれば、声が通りやすいという特徴もあります。明石家さんまさんもそう。さんまさんの声はかなりガラガラですが、実はすごく通るんです。バラエティ番組で芸人さんたちがワーッと騒いでいても、さんまさんが話し始めるとすぐにわかるし、周りの人たちがスッと引っ込む。だから仕切りがうまいんですよね。桑田佳祐さんの声にも同じような特徴があります。ロックの曲でも何を歌っているのかわかるのは、声の成分によるところが大きいんですよね。

眉村 すごい。ちゃんと理由があるんですね。

鈴木 眉村さんはどちらの曲も1万Hzの周波数帯がきれいに出ていて。歌手としての素養を持っていると思いますし、お客さんの前でパフォーマンスするのは天職なのではないでしょうか。