この7月にデビュー15周年を迎えたMay J.が、ポストダブステップ / オルタナティヴR&B / エレクトロニカを現代的な音像で構築する4人組バンド、yahyelの篠田ミル(Sampler, Cho)をプロデューサーに迎えた新プロジェクトをスタートさせた。
2006年7月にR&Bシンガーとしてデビューして以降、J-POP界の歌姫としてメインストリームを歩んできたMay J.と、国内外を問わずコアな音楽リスナーに鮮烈なインパクトを与えてきたyahyelの篠田ミル。これまで交わることのなかった2人が出会い、どんな音楽を求め合ったのか。そしてここで生まれたサウンドに、May J.はどんな歌詞を乗せたのか。5月12日にリリースされた第1弾配信シングル「Rebellious」を皮切りに、4カ月連続でデジタルシングルをリリース中のMay J.に、新境地に挑んだ心境を聞いた。
取材・文 / 永堀アツオ 撮影 / 堀内彩香
イジられづらいキャラになっている
──本筋に入る前にお伺いしたいんですが、この春いろんな場面でMay J.さんをお見かけして、すべて違う面を見せているなと感じました。ミュージカルやテレビのバラエティ番組への出演、あとYouTubeの公式チャンネルもスタートさせましたよね。
そうですね。去年は本当に何もできなかった印象が強くて、ずっとモヤモヤしていました。準備の期間が終わって、やっとやっと表に出るものが増えてきたというか。準備してた期間は孤独だったんですけど、今、すごく楽しいですね。
──4月にオープンさせたYouTubeの「May J.のはしもっちゃんねる」(参照:May J.がYouTubeチャンネル開設、“はしもっちゃん”としてWikipediaに物申す)は、ご自身にとってどんな場所になっていますか。
素の部分を皆さんに届けられる唯一の場所だと思っています。これまではテレビに出ているときの自分と普段の自分とのギャップを、自分の中ですごく感じていたんです。テレビではあまりしゃべらずに歌うだけのことが多いので、本当の自分を伝えられない気がして、いつももどかしかったですね。だから私の素の部分をちゃんと出せる場所ができないかなと思って。YouTubeで出すのは“May J.”じゃなく、“はしもっちゃん”(本名:橋本)の素の部分だけ。歌も歌うんですけど、はしもっちゃんの素の部分を見ていただいて、May J.のことをもっと知ってもらえたらいいなと思って。きっと皆さんが私について誤解している部分もあるんじゃないかなと。
──テレビで歌っているところしか見たことがない人にとっては、May J.さんは「ザ・歌姫」というイメージかもしれないですね。素の部分を見せたくないわけではなかったんですか?
全然ですよ。逆にイジられづらいキャラになっているなって今も感じていて。本当はもっと面白い感じで絡んでほしいし、はしもっちゃんとしてイジってもらいたいんだよなという気持ちもあるので(笑)、皆さんが抱いているイメージが変わったらいいなと思っています。
──反響はどうですか?
ファンの人はライブのときのMCで知っているから、「いつものMayちゃんのキャラが出ていてうれしい」って言ってくれてますね。知らなかった人たちは、「え? あれが素なの?」って。でも、「親近感が湧きました」って言ってもらえるとすごくうれしいです。
今までの音楽と違うことをしたい
──そして、5月からは新プロジェクトを始動させ、4カ月連続でのシングルの配信リリースがスタートしました。このプロジェクトはどんな意図で始めたんですか?
デビュー15周年を迎えるタイミングというのもあるんですけど、今までの音楽と違うことをしたい気持ちがありました。そこで、去年の3月くらい、緊急事態宣言に入る直前に、レコード会社さんがyahyelの篠田ミルさんを紹介してくれて。私は普段、自分が聴いている洋楽のような曲をやりたいと思っていたし、ミルくんは私のようなJ-POPの人とコラボしたいっていう思いがあって、2人の間では気持ちがピッタリ合いました。ただ挑戦するのはいいんだけど、私としては自分がこれまでやってきた音楽とはガラッと変わるし、ファンはどう思うんだろうって恐怖しかなかったんですよ。
──May J.さんはずっとファンのことを気にしてますよね。
そうですね。でも、ミルくんが「Mayさんが今やりたいことをやらなかったら、もったいないです。やりましょう」って背中を押してくれて。それからずっと2人だけで作りました。
──2人だけというのもこれまでとの大きな違いですよね。ミュージシャン同士のリレーションシップだけで作っていくっていう。
めっちゃ自由でした!(笑) 今まではタイアップがあったり、テーマがあったり、自分のファンや、リスナーのターゲット層を考えるところから始めていたんですね。でも、今回はまったく何もなしで、本当に自由に、自分がやりたいことをやらせてもらえた。でも、だからこそ、心配や不安もありましたけどね。本当に大丈夫かな?って。自由=責任が全部自分にあるっていうことだから。私、できるかな?って思ったんですけど、ミルくんが「いや、いいんですよ。これは自分のための曲にしてもいいと思いますよ」と言ってくれて。
──なるほど。ただ「自分のための曲を作る」という点は納得してできたようですが、先ほども言ったようにMay J.さんが気にされるのは、ファンがどう思うかですよね。
そうですね。今まではずっと、「自分のため」と「ファンのため」の2つのバランスをどううまく取るかっていうことを考えながらやってきて。でも、今回は振り切って、自分のやりたいことをやらせてもらったんですね。特に歌詞はすごくパーソナルなことを書いたんです。自分が癒されたっていうくらい、歌詞を書くことが自分のセラピーになっていて。それも、「果たしてそれでいいのかな?」っていう相談をミルくんにしたら、「音楽は本来そうあるべきだから」って言ってくれて。「Mayさんのセラピーになったなら、それはMayさんの音楽でいいと思う。それに、パーソナルであればあるほど普遍的になっていくので、共感する人は必ずいると思います。別に全員に好かれるような音楽を作ろうとしてなくてもいいと思います」という言葉に勇気をもらえました。
──じゃあ、振り切って制作できたんですね。
できあがったものはすごく満足だったけど、実際にリリースするまではずっと不安でした。でも、初めて第三者の目線で聴ける曲ができたというか。
──それはどういうことですか? 歌詞は極めてパーソナルなものであるけど、曲自体は俯瞰で聴けるというのは。
歌い方かな。最近、自分が聴く音楽とか、世の中で流行ってる音楽に、歌い上げる曲がなくなってきたなと感じていて。私も暑苦しく歌い上げる曲はあまり聴かないし、そういう気分でもなくて。だから今回はウィスパーで歌ったり、トラックの音と一体となるような歌を目指したんですね。歌い上げてないから、自分の歌唱力で気になる部分がなくなったっていうのかな。自分の声も楽器の一部みたいになった感じなので、すごく聴きやすいなって思いました。
テーマは「裏May J.」
──ここまでに何度も出てきた「私がやりたい音楽」というのは具体的にはどういうものですか?
もともと10代からR&BやHipHopを中心に聞いていましたが、最近ではSpotifyでいろんなトップ100を聴いてるんです。その中から気になった曲でプレイリストを作って、ミルくんと共有して、ミルくんは「Mayさん、こういう系がいいんだな」って把握してくれて。彼は頭がいいから、全部ロジカルに考えるんですよ。要素と要素を組み立てて、新しい音楽を作ってくれる。何も会話しなくてもやりたいことが伝わっているので、彼が仕上げてくれるトラックを聴いた瞬間に、毎回「これだよ!」と思えるものが来てました。
──Spotifyではどんな音楽を聴いてますか?
いわゆるアメリカの今のポップスですね。ホールジー、ビリー・アイリッシュ、カミラ・カベロ、エリー・ゴールディング、カーディ・B、アデル、ロザリア、アリアナ・グランデ、アリシア・キーズ……その中でもマイナー調でダークなトラックの曲が好きなので、そういう曲調や質感をJ-POPに落とし込めたらいいなと思ってました。
──2人の中ではテーマを設けました?
私は「裏May J.」って思ってました。音も変わるし、ちょっと尖ったようなマニアックで攻めた音になるので、それに合わせて、歌詞ももっと攻めたことを言っていいなって。だから、今まで自分が言いたかったけど言えなかったことを思い切って書きました。
──言いたかったけど、言えなかったこととは?
1曲1曲にそれぞれ違う思いを込めてるんですけど、第1弾の「Rebellious」(参照:May J.、4カ月連続リリース第1弾楽曲「Rebellious」リリックビデオ公開)は、トラックを聴いたときにより力強いメッセージが必要だなと思って。自分が今にも泣きそうになる話題をテーマにしないと歌えないな、それはなんだろう?と考えたら、父親のことだったんですね。ちょうど父親がガンになって。もしかしたら死ぬかもしれないって思ったら、父親がすごく愛おしくなったというか。お互い音楽が好きだというのもあって音楽のことでいろいろぶつかってきたけど、今はその愛情に本当に感謝してる、というシリアスな歌詞になりました。
──May J.さんにも反抗期があったんですね。
ありましたねー。14歳のときかな。何カ月も口をきかない時期もありました。例えば「ピアノをもっとがんばりなさい」って言われていたんだけど、練習が嫌いでサボった日があったんです。それがバレて、めっちゃ電話とメールがきて「やべー」みたいな(笑)。今振り返ってみると全部自分が悪いんですけどね。「コードの勉強をしなさい」って言われても「でも、今、必要ないし」って感じで。若いときはそう思ってたけど、今こうして曲を作るときにコードの知識が豊富であればもっと複雑なコードで遊んだりできたはずだから、「ああ、そういうことだったんだ」って。
──「Rebellious」はギターのリフが印象的なトラックで、歌詞も「sorry」を繰り返してますね。
タイトルも「sorry」にしたかったくらい「ごめんね」の曲なんですよね。でも私はこの曲で、「あのとき叱ってくれたのは愛情だったんだね」って気付いたことを教えたかったんです。だから、本当は「ありがとう」なんです。ありがとうに気付いた瞬間に、あの頃の自分を責めてしまう。父に「消えてしまえばいい」と思ってしまったことに対して、本当に罪悪感を感じているから「sorry」になったんです。
──でも「Rebellious」=「反抗期」は、誰しも一度は経験してると思いますよ。
それはきっと甘えからくるものなんですよね。軽く出てきてしまった一瞬の感情なんですけど、「父がいなくなれば楽なのに」と思ってしまったことを鮮烈に覚えていて。今はすごくsorryな気持ちなんです。
──お父様には聴かせました?
うん。でも、「これ、あなたのことを歌ったよ」とは伝えてないです。さりげなく聴かせて。「どう思った?」って聞いたら「いい曲だね」って、それくらいでした。
──あはははは。じゃあ「昔の失恋の話かな?」と思ってるかもしれない。
いや、SNSで書いたりしたので、自分のことだと気付いてると思うんですけどね。でも、何も言われてないです。普通に笑顔で接してます(笑)。
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火に油を注ぐことになるから当時は言えなかった
2021年7月14日更新