音楽ナタリー Power Push - マキシマム ザ ホルモン「Deka Vs Deka~デカ対デカ~」特集

マキシマムザ亮君が惚れ込んだサラリーマンの独白 ~中2以下の脳内どころじゃない。連れて行かれたのは胎内だった。~

本当のマキシマム ザ ホルモンとの出会い

翌日、大阪に戻った僕はパスワードを入力♫ ……あれ? 再生できない。商品ごとにパスワードが違う? ならば東京の会議室でゲットしたパスワードと、今、手元にあるディスクのパスワードは違うやんけ! なので、最初からもう1度始めなければなりません。この時点で僕はタナケン(呼び捨て)と亮君に殺意を覚えました。

しかもBlu-rayディスクを視聴するためには前のアルバム「予襲復讐」が必要……おい、いいかげんにしろよ。タワレコで買ってきましたよ、「予襲復讐」。ネット上ではこのことが賛否両論になっています。とはいえ、絶対に買わなくてはいけないというわけでもないようです。

公式サイトにはこんなお助けページもできています。

しかし、僕にとっては今更ながら「予襲復讐」を手に入れたことは、むしろ最高の出来事でした。僕はこのアルバムをプレーヤーに入れ、再生ボタンを押した瞬間、動けなくなりました。

あなたは、「ロックアルバム」を聴いて涙が涸れるほど泣いたことがありますか。聴いた瞬間、雷に打たれたように動けなくなり、スピーカーで、ヘッドフォンで、ひとりぼっちの部屋で、電車の中で、繰り返し繰り返しそれだけを聴き、そのメロディと、ビートと、何よりその言葉が全身の細胞に沁みてゆき、すべての「意味」がわかり、気が付いたら嗚咽しているレコード。いいオッサンが鼻水を垂らして聴く、そんなレコード。

僕にはそんなアルバムが3枚だけあります。それは、THE BLUE HEARTSの「THE BLUE HEARTS」、中村一義の「金字塔」、サンボマスターの「サンボマスターは君に語りかける」です。「予襲復讐」は、僕にとって、その4枚目のアルバムになりました。恥ずかしい告白です。でも、構うものか。

今更でしょう。にわかにもほどがあるでしょう。でも、「17年前からファン」も「今日からファン」も同じファンなんです。後者のほうが山のような歴史を一気に楽しめるから特権的なんです。

僕はまたタワレコへ走り、「糞盤」も「ロッキンポ殺し」も買い、元から持っていた、たった1枚のアルバム「ぶっ生き返す」も頭がおかしくなるまで聴いて、今日が20日目です。20日目に頭がおかしくなって書いているのがこの文章です。

もう1度プレイしたスタートアップDISCは、ただの面倒くさいゲームではありません。すべての「意味」が頭に入ってきます。亮君は、「『ぶっ生き返す』でホルモンという物語は完結している、だから『予襲復讐』はエピソード・ゼロなんです」と言っている。となれば、このスタートアップDISCはもう、「エピソード・マイナス」です。なぜこのディスクがここでは書けないあるモノの形状に吸い込まれる描写から始まるのか。その奥にいる「へこみん」とはいったい誰なのか。全編に流れ続け、あふれ続ける「液体」のイメージはなんなのか。私たちが求めてやまないあの、あるモノの形状の中心にあるパックリと口を開けた暗黒の深淵はなんなのか。

そうです。この作品は「胎内」なのです。僕はこのスタートアップDISCに触れている間中、アラーキーこと荒木経惟の写真集「エロトス」(1993年)を思い出していました。

この荒木の写真群はどれも「女陰的なるもの」への強烈な欲求で切り取られた瞬間です。

それはフロイトが有名な論文「不気味なもの」(1919年)で述べたように「母体内生存の空想の変形されたもの」であり、強烈に欲求しても、結局その中心は「空虚な暗闇」なのです。僕は、亮君が創ったこのスタートアップDISCという迷宮はまるで「神社」みたいなものだと思いました。皆、この世の何かを手に入れるために階段を昇り、詣でるが、神社の本殿の奥には実は何もありません。そこには私たちが生まれる以前にいたであろう、光も音もない無があるだけです。

「ドキュメントオブ暴君。~今、明かされる真実の与田マコ~」場面写真

そう考えると、なぜメインDISCに亮君の子供時代を家族や友人のコメントでたどる「ドキュメントオブ暴君~今、明かされる真実の与田マコ~」が収められていて、彼らの曲の根源である「中2」よりもっとさかのぼる必要があるのか、どうしてBlu-rayディスクにわざわざ「ナヲ出産密着ドキュメンタリー」が入っているのか、だんだんわかってきます。亮君は、人間が、無明の闇からこの世の光を見るまでの道程を明らかにしたいのです。そういえば、この映像作品のジャケットの絵、でっかい赤ん坊じゃないか?

「~ナヲ出産密着ドキュメント~私が、ママになるまで…」場面写真

これは「忌々しい、あの過去の痛みを」「許すだけ」だった亮君がさらにさかのぼって「ぶっ生き返す」ためのロックです。一度、胎内まで戻ってロックし直すためのロックです。

だから、あのまさかの「小さな君の手」も、1周回って、さらにもう1周回って、赤ん坊のところまで来るんです。そう、何周したっていいんですよ。これは美しい転調です。マキシマム ザ ホルモンは、楽曲の「転調」の美しさが類をみないバンドです。それは「耳噛じる 真打」で、亮君がロックの快楽の何を知り尽くしているかを聴いて、耳で感じたことでもあります。今なら「人間エンピ」の転調の意味と、そこから受け取るメッセージは、唾を吐いているのか、それとも本気で願っているのか、受け取り方は何周したってきっと構わないんだということがわかります。そして今、亮君自身の肉体が「転調」に挑んでいます。僕は、ここからのホルモンの音の変化がとても楽しみです。ちょっとダイエットの方法も教えてほしいんですけど。

今思い返すと、とてもじゃないが川北亮という男と2度とサシ向かいでなんか飲めません。知らないって恐ろしい。彼の音に浸かった20日間を思うと、遠い雲の上の人のようです。あの日あんなにそばに座れたこと自体が、狂っているのです。

これはホルモンのことを書くと言いながら結局、僕の話です。このクソ長い文章は、わけのわからない不思議な1日と、そしてマキシマム ザ ホルモンの道のりを無我夢中で辿る20日間と、あの1日の意味と、初めて会った男の輪郭をなぞる、心の旅の記録です。今年の3月に生まれて初めて長い文章を、それも頼まれて映画評みたいなものを書き始めたら、11月に東京で狂気の聖者に呼ばれた物語です。言葉が僕を運んだのです。僕の人生に新しい1ページが加わり、マキシマム ザ ホルモンという世界が刻み込まれ、このあとの人生をともに生きていくことが決まった物語です。

腹ペコ諸君、おまえらスゲーわ。今やっと気が付いた俺と違って、ずっと前からホルモンのことを、亮君のことを好きなんだな。にわかな僕に、どうか優しくしてください。怖い顔しないでください。一緒にライブに行ってください。ヘドバンのタイミングを教えてください。「恋のスペルマ」のノリ方を教えてください。「耳噛じる」が廃盤になっててめっちゃ高騰してるから安く譲ってください。飲み屋で僕と語ってください。亮君とサシ向かいで飲んだ僕には分子レベルで亮君を構成していた物質が付着しているはずなのでありがたがってください。そして、もしも僕がいつか君と出会い話し合うなら、そのときにはこの狂った「デカ対デカ」のスタートアップDISCを最後まであきれながらやった日のことを話してください。

THE BLUE HEARTSもBeastie Boysも、MetallicaもMegadethもレッチリもKornもRage Against the Machineもリアルタイムで通ってきたのに、くたびれた46歳になってしまった僕に言わせてください。今更ながら大発見のように叫ばせてください。マキシマム ザ ホルモンこそ音楽だと。オレの音楽だと。オレ、今まで何をやってたんだ。まるでサラリーマンみたいじゃないか。いや、実際サラリーマンです。46歳にしてロックぶちかまされて勃ちました。どんだけロッキンポだったんや。

ごめん、この原稿では各ディスクを解説してってことでしたけど、それはみんな楽しんでくれとしか言えません。人が命削って作ったもんを偉そうに評論するとかやっぱりできないわ。オレ、自分のことしかわかんねえし、書けねえわ。よく考えたらそもそも自分のことすらよくわかってなかったわ。

でも、最後になったんですけど、今回の依頼、「なぜホルモンが今、このような作品を出したのか」、今なら一行だけ書けます。

オレのためだと。

あ、今テレビ観てたら「グラスホッパー」って映画の予告編やってて、なぜだか急に思い出したんですけど、あの隣に座ってたすげえ男前、ホルモンのメンバーとフライデーで話題になってた人に似てたなぁ。

マキシマム ザ ホルモン 映像作品「Deka Vs Deka~デカ対デカ~」
[DVD3枚組+Blu-ray+CD] 2015年11月18日発売 / 7256円(税抜) / VAP / VPBQ-19093
「Deka Vs Deka~デカ対デカ~」ジャケット
MAIN DISC 収録内容
  • ドキュメントオブ暴君。~今、明かされる真実の与田マコ~
  • マキシマム ザ ホルモン林間学校
  • 地獄絵図
  • MASTER OF TERRITORY~俺たちにマスはある!~
OFF SHOT DISC 収録内容
  • 2008年USツアー&EUツアー、ダイスケはん声帯手術後お見舞い、その他
  • 「小さな君の手」MV、箱男インタビュー、ホルモンお泊まり会、その他
  • ホルモン東北灯油大作戦、予襲復讐レコーディング&ツアー、その他
  • KNOTFEST USA2014、NY公演、南大沢東北こども応援大作戦、マッキンソープランド新作、その他
Blu-ray DISC 収録内容
  • “予襲復讐”ツアー
  • MV集
    爪爪爪 / maximum the hormone / 鬱くしき人々のうた / え・い・り・あ・ん / 予襲復讐
  • 野外フェスMV
    恋のスペルマ(野外フェス映像ver.) / my girl(“CHITSU "ジャンプver.)
  • スペシャル裏コンテンツ
    ~ナヲ出産密着ドキュメント~私が、ママになるまで… / 時空のはざま~消えたケータイ電話~ / 【R-18指定!?】実録!缶詰男~あの缶詰を開けるとき~ / 豪華共演!バンドマン総勢111名によるラジオ体操リレー / 検証!マキシマムザ合法トリップ~トリビュートオブOH!MYコンブ~
CD「耳噛じる 真打」収録曲
  1. 握れっっっっっっっっ!!
  2. ジョニー鉄パイプIII
  3. アバラ・ボブ <アバラ・カプセル・マーケッボブ>
  4. 薄気味ビリー ~濃気味再録編~
  5. 人間エンピ(2015mix)
  6. もっとポリスマンファック
  7. パトカー燃やす ~卒業~
マキシマム ザ ホルモン

1998年八王子にて結成。日本語を独自の語感表現で操り、意味不明に見えて実は奥深いメッセージ性を持つ強烈な歌詞と、激しいラウドロックにポップなメロディを融合させたサウンドスタイルが特徴で、マキシマムザ亮君(歌と6弦と弟)、ダイスケはん(キャーキャーうるさい方)、上ちゃん(4弦)、ナヲ(ドラムと女声と姉)の4人からなるロックバンド。2011年3月にリリースしたトリプルA面シングル「グレイテスト・ザ・ヒッツ 2011~2011」はオリコン週間ランキングで2週連続の1位を獲得(同年9月をもって廃盤)。6月にはフランス最大のメタルフェス「HELLFEST」へ出演し、自身がヘッドライナーとなるヨーロッパツアーを全会場ソールドアウトさせるなど海外からの評価も高い。「SUMMER SONIC 2011」ではRED HOT CHILI PEPPERS、X JAPANらと並びメインステージに出演し3万人を魅了。2012年は「矢沢永吉デビュー40周年イベント ‐BLUE SKY」や東北で開催されたHi-STANDARD主催「AIR JAM 2012」などの国内FESに多数出演している。2013年5月にはオジー・オズボーン主催の「Ozzfest Japan 2013」でBLACK SABBATH、SLIPKNOT、TOOLらと共演。同年7月にアルバム「予襲復讐」をリリースし、2015年11月に映像作品「Deka Vs Deka~デカ対デカ~」を発表した。2015年6月よりナヲ(ドラムと女声と姉)の妊活のため5月末日よりライブ活動を一時休止している。