TikTokが持つメディアとしての価値
──マットさんは、YouTubeだけではなくTikTokやInstagramといったSNSを使って音楽を発信している印象も強くあります。
SNSは、自分が思うことをアートにして広めることができる、ベストなツールだと思うんです。僕はTikTokを最近よく使っているんですけど、すごく価値があるメディアだと思っていて。数秒で自分のストーリーをほかの人に伝えられるのはすごいなと思います。
──2021年11月にリリースした「超チルなラッパー(feat. とびばこ)」は、TikTokerのとびばこが発して、関連動画が1億3000万回再生を突破した言葉をサンプリングして作った曲でした。
あれはスタッフからアイデアをもらったんです。「今、こういうセリフがバズってるんだけど、サンプリングしたら面白くない?」と言われて。最初は「えー、あっしの夢っすかー?」というフレーズが早口すぎて、なんと言ってるかわからなかったんですけど(笑)、「夢」という部分に共感できたからサンプリングしてみようと思ったんです。
──TikTokには、どのような価値があると考えていますか?
僕はTikTokで音楽の聴き方が変わっていくと思っているんです。最近も「真夜中のドア」(松原みき「真夜中のドア~Stay With Me」)という70年代の曲がTikTokでバズってましたけど、時代を超えて広がる力がすごいですよね。しかも、音楽だけではなくてTikTok動画全体が1つの作品になっていて、曲はその一部になっているという。1人ひとりのCMというか、1人ひとりの世界を発信できるSNSになっていて、そこに価値があると思っています。
Matt CabとZ世代の親和性
──マットさんは、さまざまな企業とコラボされていますが、NTTドコモのプロジェクト「Quadratic Playground」のティザー音楽も手がけられました。このプロジェクトは、デジタルネイティブに向けたさまざまなコンテンツを生み出していくというものですが、その構想を聞いたときにどのようなことを思いましたか?
音楽だけじゃなくてスポーツや映像、VR技術など、いろんな要素がかけ合わさっているので、最初は「これ、どういうこと?」と思いました(笑)。自分のフィールドに収まらないぐらいスケールが大きいし、すごいことになりそうだなって。とにかく新しい試みだと思ったので、それにふさわしい新しい音楽が必要だなと考えました。
──ティザー音楽は具体的にどのようなことをイメージして作られましたか?
プロジェクトの持つインパクトの大きさを表現したかったので、ワクワク感がありながらブッ飛んでる音を作ろうと思いました。ティザー映像を観たときに映画音楽のようなイメージが浮かんだので、シネマティックな展開にして、そこにヒップホップなどのストリートカルチャーの要素も入れて。
──ティザー音楽を手がけるうえで、デジタルネイティブやいわゆるZ世代といったターゲットは意識しましたか?
僕は昔からSF映画や近未来といったイメージなど、デジタルなものに興味があるんです。例えば90年代の映画「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」も観ていたので、今回はそういうフィーリングを入れてもいいかなと思いました。Z世代の皆さんは、レトロなものもリスペクトしている気がするんです。「新しいけど懐かしい」という感覚を大切にしているというか、僕が子供の頃に流行っていたカルチャーが今またアツくなっている気がするので、意識しなくても自然とそういう世代に向けたものになったのかなと思います。
──近年、音楽やファッションでは1990年代~2000年代のものがリバイバルしていますし、日本のZ世代の一部には「昭和レトロ」や「大正モダン」が人気とも言われていますね。
僕が昔好きだった音楽からインスピレーションを受けて作品を作っていると、10代や20代の方が気に入ってくれるので、ちょっと不思議な感覚ですね(笑)。
──今回のティザー音楽に限らず、普段からZ世代や若年層への発信は意識していますか?
僕はいろんなものをマッシュアップするのが好きなんですけど、それは好きな音楽をコラージュするような感覚なんです。それが今のZ世代の志向と似ているように思います。デジタルネイティブ世代は、情報が全部ネット上にあるから簡単にアクセスできて、メディア自体がコラージュになっていると思うんです。「こっちからこれを借りてきて、こっちからはこれを借りてきて、それを合わせて新しいものを作る」という考え方が、Z世代では当たり前のことになっていると思うし、それって僕がいつもやっているスタイルと近い気がするんです。
──マットさんは、「Quadratic Playground」プロジェクトでも使用されているYOASOBIの「大正浪漫」をリミックスしてYouTubeにアップしています。なぜこの曲をリミックスすることになったのでしょうか。
2年前に作ったYOASOBIとダベイビーのマッシュアップの反応がよかったので、「『大正浪漫』のリミックスをオフィシャルでやれないかな?」と先方に相談してみたら、快諾してもらえて。この「Quadratic Playground」プロジェクトで制作された「『大正浪漫』VR Special Movie」を観たときに、バーチャルと現実の世界の描き方がすごく面白かったので、YOASOBIの曲をマッシュアップする感覚で作ればカッコいい作品になると思ったんです。
──原曲は疾走感があって、時空を一瞬で駆け抜けるような印象がありますが、リミックス版はチルな雰囲気で、周りの景色を眺めながらゆっくりタイムスリップするような印象を受けました。リミックスの音作りでは、どのような部分にこだわりましたか?
音楽は少しテンポを変えたり、ピッチを変えるだけでまったく違う雰囲気になると思っているので、今回もそこを強調したかったんです。あと、MVの「タイムスリップ」というコンセプトが個人的に響いていて。今は時代や時間にとらわれる必要がないし、音楽のジャンルにもとらわれなくていいと思っているので、ヒップホップもポップスもJ-POPもリンクできちゃうんだ、ということを意識して作りました。
──このNTTドコモ「Quadratic Playground」のコンセプトは、「正解よりも、楽しいを答えに。」ですが、マットさんなりの“楽しい”を教えてください。
そのコンセプト自体、僕にぴったりで。僕も普段から正解はないと思っているんです。特にアートに関してはフィーリングが大事で、それぞれの正解がある。マッシュアップもリミックスも、身近な音をサンプリングして作るPLAYSOUNDも、かなり自由にやっているし、自由じゃなければ何も生まれない。なので、自由であるということ自体が“楽しさ”だと思います。
大切なのは作る人間と聴く人間のリレーションシップ
──最後に、プロデューサーとしての目標や、今後の展望を教えてください。
一般の人でも僕みたいに音楽を作れる、ということを広めていきたいです。それがどういう形かはわからないけど、今回のUBER BEATSもそれを伝えるための1つです。音楽はテクノロジーとともに進化しているから、音楽の新しい在り方、音楽の新しい道を見つけていく活動をしていきたいなと。10年後、20年後は想像以上に世の中が変わっていくと思っていて。音楽の聴かれ方だけじゃなく、人がどうやって情報を得ていくかということが大きく変わっていくと思っています。
──AIもますます発達するでしょうしね。
そう。昔は、音楽は自分のためにあると思っていたんです。音楽を作ることがセラピーにもなっていたし、自分を表すものになっていた。だけど今は、音楽が自分を伝える道具であると当時に、僕自身が音楽の道具になっていることに気付いたんです。
──音楽との関係性が変化してきたと。
最近すごく思うんですよ。自分的に「この曲はヤバい!」という、世界で一番だと思える曲を作っても、その曲が誰にも聴かれなかったら意味がないんじゃないかなって。だったら、自分が作った曲を聴いて、人がどう感じるか、どう共感するか、そっちを大事にしていきたいなと。それこそ海外ではリアクションビデオが流行っていて、人気のリアクションビデオは本家のMVよりバズることがあるくらい。だから、作品も大事だけど、それを作る人間と聴く人間のリレーションシップも大切だと思うんです。その作品が聴いている人の人生に、どうコネクトしているのか。その部分にポイントを置いて活動していきたいと思っています。
プロフィール
Matt Cab(マット・キャブ)
サンフランシスコ出身、日本で活動する音楽プロデューサー兼アーティスト。2013年にYouTube Music Awardsで「世界のクリエイター50人」に日本から唯一選出され、アメリカ・ニューヨークで開催されたアワードに出演。またアリシア・キースが全世界で開催したリミックス・コンテストでグランプリを獲得しグラミー賞に招待されるなど、ワールドワイドな活躍を見せている。近年はBTS、安室奈美恵、AI、JP THE WAVY、Awich、BE:FIRSTといったアーティストへの楽曲提供を行っており、RADWIMPS「天気の子 Complete Version」の英訳など多岐にわたるプロデュースも手がけている。また自身のニュープロジェクト・PLAYSOUNDでは、街にあふれる音やアニメの効果音をサンプリングしてビートを新たに構築し、TikTokをはじめとしたSNSで話題に。NIKE、JALといった企業や、富士サファリパーク、全日本空手道連盟などとのコラボレーションを展開している。2021年1月にリリースされた、MIYACHIとのコラボシングル「Famima Rap」はSpotifyのバイラルチャートで1位を獲得した。