松尾太陽|10の歌が紡ぎ出す僕だけのものがたり

“ディープな夜”を体現してみたい

──「マンションA棟」からOHTORAの楽曲提供による「デジャヴの夜」へつながる流れは、どんどんアルバム全体を通しての情景が深まっていくような雰囲気がありますね。

そうですね。ここまで道を進んできて、気付いたら夜になっていた……というようなイメージで作った流れなんですけど、どんな夜の景色かを考えたとき、ロマンティックできれいな夜を歌うのは、“ものがたり”の展開的にはありきたりかなと思ったんです。新しい見せ方、聴かせ方として“ディープな夜”を体現してみたいなと思いながら作っていったのがこの曲です。だから、ボーカルにオートチューンをかけてみたり。

──ほかの曲にはないラップパートも異色さを強調しているなと思いました。松尾太陽名義でラップを披露するのは、この曲が初めてですよね?

そうですね。ラップは以前から取り入れたい思いがあって。自信を持ちきれない部分も正直あったんですけど、今回必然的にチャレンジできる機会をもらえてうれしかったです。だからこの曲も、かなり気合いを入れて取り組みました。

──そして、7曲目の「体温」は2月に配信リリースされた曲ですが、アルバムの1曲として置かれることで、また違った印象になるというか。

シンプルに、「デジャヴの夜」から「体温」への流れがきれいですよね。さらに深いところに入っていくというか……。

──「体温」の温もりをより深く感じられる流れと言いますか。

そうですね。この「体温」で、ふわっと灯りがともる感じ。これは何度でも言いたいんですけど、この曲は歌えば歌うほどに「いい曲だな」と思えて大好きで……普段から、夜寝る前に聴くのが好きだったりするんです。

──そうなんですね。

ここでまた1つ、流れががらっと変わっていいなと思います。今回のアルバムはサウンドが多彩で曲ごとに変化を遂げるけど、そこを貫く自分の意志みたいな部分はブレさせたくなかったので、つなげ方には本当にこだわりました。

全貌は言わないけど、楽しいことができてるよ

──8曲目の「Time Machine」はTHREE1989の提供曲です。歌詞は、不安を抱えた過去の自分を今の自分が明るく鼓舞しているといった内容で。

THREE1989さんは楽曲提供をお願いしたらこれ以外にも候補曲を出してくれたり、本当に手厚くやりとりをしてくださって。素晴らしい方たちだなと改めて感じました。皆さんとお話したとき、この曲はShohey(Vo)さんの実体験から生まれたということを聞いたんです。Shoheyさんは学生の頃にアーティストになりたいという夢があったけど、周りからはその夢をバカにされて「本当の自分ってなんなんだろう」と悩んだそうなんです。でも今はこうして音楽活動ができているよって、曲を通して過去の自分に語りかけてる。デモを聴かせてもらったときに曲のストーリーは理解していたけれど、ご本人の口からそういったお話を聞けたことによって理解がより深まって、曲に対する思いが強くなりました。

──そんなやりとりがあったんですね。

松尾太陽

はい。あと、今回の「ものがたり」という作品に対して、僕の中で裏テーマがあって……。自分が、1つひとつの楽曲の“ストーリーテラー”になりたいという思いがあったんですよ。この「Time Machine」はその思いをすごく叶えてくれる曲だったと思います。

──ピアノ伴奏のみで歌う冒頭パートから、キュルキュル……というテープの巻き戻し音を合図にTHREE1989らしい鮮やかなサウンドが一気に広がっていくという展開もドラマティックですよね。曲のイメージもよりふくらむと言いますか。

今おっしゃった冒頭のパート、実はデモの時点ではなかったんです。そのあとの「現在はまだ 瞳閉じて」というところから始まっていたんですけど、最初のデモが送られてきた数日後に「新しく入れてみました」と提案してくださって。まるで別の曲のようなパートが頭に入っていて、ビックリしました。このパートがあることによって、言ってくださったように曲のストーリーがイメージしやすいなって。一気にタイムスリップする感じがありますよね。

──歌詞についてはどうですか? 太陽さん自身、主人公に共感する部分があったりするのでしょうか。

けっこうありました。超特急のメンバーになって、歌を始めたのが15歳のときだったので……。

──歌詞に登場する“15歳の自分”と同じ年齢ですね。

そうなんです。葛藤することも迷うこともあったよなと思います。Shoheyさんが「チームメイトが笑っている話題に自分は笑えず、ほかの人とズレがあることにコンプレックスを感じていたけど、今となってはそれもいい思い出」とおっしゃっていたんですが、そこにも共感を得られました。

──太陽さんだったら、過去の自分に対してどんなメッセージを伝えますか?

そうですね……当時の自分はまだまだ未来が見えていなかったと思うんですけど、「全貌は言わないけど、楽しいことができてるよ」って言いたいですね(笑)。

松尾太陽

終わりではない。これからもしっかり歩いていく

──そして、太陽さんの自作曲である「ハルの花」が、ラストナンバーの前に。

こんなにたくさんの素敵なアーティストさんからいただいた曲の中に自作曲を入れることは、本当にありがたいなという思いです。「春という始まりの季節に、みんなに歌ってもらえるような応援歌を」というテーマで作った曲なんですけど、季節関係なく、これから何かを始める人の背中を押したいという気持ちはずっと自分の中にあります。「掌」(「うたうたい」に収録の自作曲)以上に時間をかけて作った、思い出深い曲です。

──そこから、ラストには「起承転々」という新曲が収められました。「起承転結」ではなく、「起承転々」なんですね。

山口寛雄さんが作曲してくださり、コピーライターとしても活躍されている阿部広太郎さんが歌詞を付けてくれました。エピローグ的な楽曲なので、普通だったら「転結」にするところだと思うんですけど……自分自身の“ものがたり”をたどっていくと、つまずいたり立ち止まったり、本当にいろんなことがあって。それに、デビューしてまだ1年、これからしっかりと自分の道を作り上げて歩いていきたいという気持ちがあるので、そういった思いを込めたタイトルになっています。結果を出すタイミングは、自分で決めたいと思うので。

──誰にとっても共感できる歌詞だと思いますが、やはり太陽さん自身のストーリーを連想しました。

1人になったときに自分が考えることと歌詞がリンクしましたね。先へ進んでいくことに対しての不安でネガティブな気持ちになることもあるけど、自分で決めた道だからこそ、胸を張って歩いていきたいと思う……自分のことをすごい見抜かれているなって思いました(笑)。

──「ものがたりをつづけよう」という歌詞で曲が締めくくられますが、これはアルバム全体のメッセージにもつながっているのでしょうか。

まさにそうですね。起承“転々”だから、終わりではない。これからもしっかり歩いていくぞ、という決意を持って歌いました。


2021年9月10日更新