松尾太陽|10の歌が紡ぎ出す僕だけのものがたり

難しい局面を難なく笑顔で乗り越えたい

──ここからは収録曲のお話を。1曲目は1月に配信リリースされた「Magic」ですが、なぜこの曲をアルバムの冒頭に?

2021年のスタートを飾ってくれた曲ですし、最初に置くと「ものがたり」という作品を華やかにしてくれると思ったので、1曲目にしました。入口が暗い“ものがたり”はあまり求めていなかったから、最初は楽しくしたいなって。この曲は、自分が歩いていくとその道に沿って花が咲いていくイメージというか。きれいな道筋を作ってくれるのかなって思います。あと「Magic」は全英詞の曲なので、広い視野でいろいろと挑戦していきたいという気持ちも込めてますね。

──なるほど。そんな入り口から一気にディープな世界が広がるような2曲目の「Smile Game」は、カメレオン・ライム・ウーピーパイの提供曲です。

いろんな受け取り方ができる、複雑な曲ですよね。「知りたいか バグから起きたゲームを」というフレーズから始まるんですけど、この「ゲーム」という言葉に対して自分はどういう捉え方をするかなって、まず考えました。僕、普段ゲームはやらないんですけど、その理由は機器もソフトもゲームの中身もいろんな種類や世界観がありすぎて、複雑すぎてわからないからで(笑)。なんだか、今の世の中そのものというか……自分の中では、世界の混沌とした感じと重なるイメージがあるんです。なので、この曲にもそういうイメージを重ねて、いろんなトラップが張り巡らされた世界でどうやって生き延び、岐路を選択していくか?ということを考えていました。難しい局面を難なく笑顔で乗り越えていきたいなという思いも投影して。

──淡々と進んでいきますけど、その水面下にはパンキッシュな精神を宿しているような、内に秘めた熱さみたいなものを感じる曲でした。

歌もしっかりとリズムに合わせて、基本起伏はないんですけど、その中で自分の心の動きは意識していたかなって思います。「ここでこういうふうに歌い方を変えて……」みたいなことは考えないほうがいいかなって。

──前もって歌のプランを構築しすぎず、曲に心を委ねる感じ。

そうですね。なんというか、部屋で1人で歌っているみたいな。そんな自由なイメージでした。

松尾太陽

いい意味で裏切られた「anemone」

──3曲目の「橙」はBIALYSTOCKSの提供で、ブラスアレンジが華やかな曲です。

自分の中でこの曲は前作の「うたうたい」に入っている「Sorrow」に近い印象がありました。一聴するとさわやかな曲ですけど、トラックには細かなギミックもふんだんに入っているし、歌詞では現実的なメッセージを伝えたりしていて、ただひと言「さわやかな曲」ではくくれないなと思います。今のコロナ禍の状況……いつまで続くかわからないけれど、自分自身のことを大切に、これからを信じてしっかりと歩いていきたいという思いを込めています。聴けば聴くほど、世界観に入り込める曲だなと思います。

──ちなみに、制作の過程でBIALYSTOCKSの皆さんとやりとりはされたんですか?

松尾太陽

はい、させていただきました。今回、どのアーティストさんとも対面する機会をいただいて、曲についてや詞のメッセージ性、どのような思いを込めて作ってくださったのかということをお聞きしました。そういったやりとりの中で受け取ったものを踏まえて、曲を自分の中で噛み砕いてレコーディングに挑んだという感じです。BIALYSTOCKSさんとは直接お会いして、先ほどお話したような「橙」のメッセージについて、共有したんです。

──「橙」のバンドサウンドから、続く「anemone」で打ち込みのサウンドへ変化する流れも楽しいですね。「anemone」はmacicoが手がけた楽曲です。

タイトルを見た時点では「さわやかなラブソングなのかな」と思ったんですけど、いざ聴いてみると世界観が強く、かつしっかりとしたメッセージ性のある歌詞だったので、いい意味で裏切られました。これは実際にmacicoさんとお話したことなんですけど、例えば友達とメッセージのやりとりをしてて「また今度ね」と送っても、「その『今度』っていつなんだろう?」みたいな。会いたくても会えない現状、大切な人と疎遠になったりして不安な感情に陥りやすいけど、そういうときにこれまで自分が築き上げてきた自信だったり歩いてきた道筋だったり、形のないものの確かさに支えられるというか。「anemone」ではそんなことを歌っているんです。自分らしく自信を持てることはすごく大切だって思いますし、macicoさんとそういった話をして、よりこの曲を好きになりましたね。

──浮遊感があって心地よいサウンドですが、このサウンドに歌声を合わせるみたいなことは意識しました?

はい。この曲、実は難しくて。しっかりとしたビートがなかったりするので、自分でグルーヴを作っていく感じだったんです。どういうグルーヴを作りだすかという作業には、すごく念入りに取り組みましたね。

さかいさんが与えてくれた課題

──5曲目の「マンションA棟」は作曲をさかいゆうさん、作詞をフレンズのおかもとえみさんが手がけた曲で、入りのベース音からググッっと世界観に引き込まれますね。

めっちゃいいですよね……。最初にいただいたデモは、今のような世界観ではなかったんですよ。ピアノが目立つ、さかいさんらしいボサノバ風のアレンジだったんです。そのアレンジも素敵だったんですが、「もっと挑戦してみてもいいんじゃないか」ということで歌詞や曲調を改めて考えた結果、アレンジを変えて、歌詞もフレンズのおかもとえみさんにお願いすることになって。そうしたら、おかもとさんから届いた歌詞はすごくいろんな捉え方のできる、抽象的で面白い歌詞で……「これ、本当におかもとさんが書いてくださったのかな?」と思いました。すごくカッコよくて面白い曲ができたなって思います。

──この曲は一筋縄ではいかない複雑な展開やメロディラインで、歌いこなすのが難しそう……なんて思ったのですが、太陽さんはこの曲にどうやってアプローチしたんですか?

どれだけ曲の世界観に入り込めるかが勝負だと思いました。なので、繊細さをより意識してレコーディングに臨みましたね。歌詞が女性目線なので、歌声の女性らしさはもちろん気にするんですけど、僕はその女性がどういう人間性なのかというところにスポットを当てました。僕的には、けっこう感情の起伏が激しめの方なのかなと思えて。「Smile Game」のように淡々と歌うアイデアも考えたんですけど、やっぱりそれは違うなと。歌い出しはローな感じで入りつつ、「夢から醒めたアタシ綺麗?」というフレーズとかは笑いながら歌ってみたりとか。自分なりの工夫でいろんな感情を入れてみた感じですね。

松尾太陽

──ずっと憧れの存在だったさかいゆうさんに曲を提供してもらった心境についてはいかがでしょう。

なんというか、僕に課題を与えてくれたのかなと思っていて。

──というのは?

楽曲提供をしてもらうことって、音楽の“スタイリング”をしてもらう感覚というか……自分にフィットするものを渡してくれることもあれば、逆に「サイズ感は違うけど、きっと似合うと思うから着てみて」と曲を渡されることもある。さかいさんは今回、“着けてみたことはあるけど、そんなになじみのないアクセサリー”を僕に渡してくれたような感覚なんです。「普段はこういうの着けへんけど、でも意外と似合うな」と、新しい発見があった感じで。

──簡単には自分のものにできないような曲で、太陽さんの新たな一面を引き出したような。

はい、ホントにそうで。だからすごくありがたいなと思います。今は、いつかまたご一緒できたらうれしいなという気持ちでいっぱいですね。さかいさんに関しては、ご本人との直接のやりとりがなかったこともあって。だから余計に課題感があったし、自分の中で曲を噛み砕く作業をふんだんにできたことはよかったなと思います。


2021年9月10日更新