松尾太陽|10の歌が紡ぎ出す僕だけのものがたり

松尾太陽が、1stフルアルバム「ものがたり」をリリースした。

「超特急のボーカリスト」からさらに自身の表現の幅を広げ、昨年9月にミニアルバム「うたうたい」でソロデビューした松尾。活動開始から1年、初めてリリースされるアルバムにはカメレオン・ライム・ウーピーパイ、BIALYSTOCKS、macico、さかいゆう、おかもとえみ(フレンズ)、OHTORA、THREE1989、山口寛雄、阿部広太郎とさまざまなアーティスト、クリエイターが参加し、松尾が紡ぐ“ものがたり”に個性豊かな楽曲を提供している。

音楽ナタリーでは、今作について松尾にインタビュー。1つひとつの楽曲についてのエピソードを尋ねたほか、ソロデビューから1年経った今、胸に抱く思いをじっくりと聞いた。また、特集の最後には松尾自身が彼の“ものがたり”を語るエピローグを掲載しているので、最後の1ページまでお見逃しなく。

取材・文 / 三橋あずみ撮影 / YURIE PEPE

「板についてきた」感覚

──2020年9月にソロアーティストとしてデビューして、ちょうど1年が経ちますね。近況はいかがですか?

ソロアーティストとしての自分がだんだん板についてきた感じはあるかなと思います。今は常日頃から音楽のことを考えて、「僕はどんなスタイルを確立できるだろうか」と探している状態というか。

──そうなんですね。

それもあって、今は好き嫌い関係なしにいろんな音楽を聴いてます。勉強を兼ねて人気のある曲を弾き語りしてみたり、曲調をあえてオマージュした曲を作って構成を研究したり。そういうことを1人で黙々とやっていますね(笑)。勉強になります。あくまでも独学なんですけど。

松尾太陽

──作曲の勉強はDTMで?

はい。今年に入ってDTMを始めたんです。それまではPCすら持っていなかったんですけど、やっと購入して。今は仕事の空き時間なんかにいいフレーズを思いつくと、とりあえずバッと入れておいて帰宅後に仕上げたりすることもあります。

──先ほど太陽さんがおっしゃっていた「だんだん板についてきた感じ」というのは、どういったときに感じます?

気持ちが動揺したり不安になったりすることがなくなってきたというか……素直に今の活動を楽しめている感覚があって、それが「板についてきた」ということになるのかなって。少し前までは「自分がデビューしてもいいのだろうか」とか、マイナスな思いが浮かびがちだったんです。でも、自分には応援してくださる方がいるから。自分がそういう思考でいるのは失礼だったなと今は思う。今は未来に向けて明るく、ポジティブな活動ができているなと思います。超特急の活動との両立も、全然無理がない感じなんです。

歌に対してより繊細になれている

──では、この1年間の活動についてはいかがでしたか?

活動内容については、ほとんどが水面下でのものだったなと思います。「うたうたい」のリリース後に配信ライブを一度やりましたけど、そのライブで見つかった反省点に向き合ってみたり……あとは、リリースとは関係のないレコーディングや自作曲の制作もしていました。表立った活動は少なかったけど、常に何かしらで動いていましたね。この1年がそういう期間だったからこそ、自分なりの構想やアルバムへのアイデアをしっかりと温められたんじゃないかなって思います。

──コロナ禍にあって大々的なことはできないながらも、有意義な活動ができていたんですね。

そうですね。もちろん今のような事態はないほうがありがたいけど、準備を整えたうえでアルバムリリースやツアーができることはよかったなと思いました。いろいろなことを考える中で、自分には今何が必要なのかということもしっかり判断できた気がするし。自分には何が足りないのかは、すごく考えましたね。もう、キリがないくらい出てくるし(笑)。そのうえで優先的に補完したい要素を、今も日々意識して補おうとしている感じで。

──その、今太陽さんが意識して強化しようとしている部分について、具体的に教えてもらってもいいですか?

松尾太陽

まずは中身。内面です。自分の内面に関しては、この1年かなり考えていました。例えば自分の中で余裕がなくなってしまうと、視野が狭くなって周りをしっかりと見られなくなる。歌のことしか考えられなくて、一緒に演奏してくださるミュージシャンの皆さんやお客さんとのコミュニケーションが一方通行になってしまうことがないようにって……周りにいてくれる方に労いの気持ちを持つことの大切さは、日々いろんな方と関わっていく中で気付けたものです。そういう部分と、あとは自分の武器を持つことですね。2月に「LIVE SDD 2021」というイベントに出させていただいたんですけど、そのときにも「観る人に自分のどんなところをいいと思ってもらえるのか?」ということを考えました。振れ幅のある楽曲ジャンルが僕の持ち味なのか、曲のメッセージ性なのか、はたまた人柄なのか、歌声なのか……いろいろ考えましたけど、じゃあ自分が「何を一番見てもらいたいか、聴いてもらいたいか」と言ったらやっぱり自分そのものだし、自分そのものから発せられる歌だよなって。フックになるポイントは、いくつかあったほうがいいとも思うんですけどね。

──めちゃくちゃ考えていますね。

いやあ、なんか無意識で考えちゃうんです。「これ、どうしようかな」っていうことがずっと頭の中で回ってる(笑)。家にいるときも、メイク中や着替え中にも。

──太陽さんを少しでも知る人なら、「中身、何も改善しようとしなくていいよ!」と感じるのではと思いますが……。

いやいや(笑)。なんというか、今ある状況が当たり前だと思ってはいけないんだぞと。どうしても慣れが生じてしまいますけど、そうじゃないぞって。「次の日から生活がガラっと変わることもあんねんで」ということを、自分自身にすごく語りかけていますね。

──自分に厳しく向き合って活動していく中で、変化を感じる部分はありましたか?

変わった部分で言うと、以前よりも楽曲の奥のほうまで入り込めるようになってきたかなという感覚があります。曲の世界に入り込んだ中に、自分らしさをスッと入れることができるようになってきたかなって。あとは、レコーディングのときに余裕がなくなると、それがわかるようになってきました。歌っている最中は気付かないんですけど、プレイバックを聴いたときに「あ、全然余裕ないわ」って。そこに自分で気付いて「録り直してもいいですか」とお願いする作業が増えましたね。歌に対してより繊細になれているのは、いいことかなって思います。

──自分自身を知ることはなかなか難しいことだと思いますが、太陽さんはしっかりと向き合えているんですね。

そうですね。自分のことを理解して、今、自分の歌がだんだんと好きになれているので。そういった気持ちがあるからこそ、いろんなことに気付けているのかなと思います。

自分そのもので挑むことができたかなって

──「ものがたり」はいつ頃制作がスタートしたんでしょう?

1月に始まった3カ月連続配信リリースのタイミングでアルバム制作のことは考えていて、「今年中に出せたらいいな」という目標を立てていました。実際に動き始めたのは「Hoopla!」(超特急が6月に行ったライブ)が終わってひと段落したあとですね。どういったアルバムを作ろうか考えたとき、しっかりとしたコンセプトに沿って収録曲やパッケージにこだわった、きれいな作品にしたいなと思ったんです。プロローグとエピローグがあって、1曲1曲に意味があって……という、ストーリー性のあるアルバムを作ってみようと。そこから「ものがたり」をテーマに、どういった曲を入れていこうか、どんなアーティストさんに曲作りをお願いしようかという話をスタッフさんと進めていきました。

──前作「うたうたい」のように、今作にもたくさんのアーティスト、クリエイターの皆さんが楽曲制作で参加されています。

さかいゆうさんに関しては、自分がシンガーとして活動する前からずっと曲を聴かせてもらっていて……純粋にカッコよくて大好きなアーティストさんだったので、正直ダメもとでお願いさせていただきました。そうしたら快く承諾してくださって。すごくうれしかったですし、OKをもらった時点で「絶対にいい作品ができあがる」と自信が湧きました。

──太陽さんは曲ごとにキャラクターや表情ががらりと変化する歌声を評されることが多いかと思いますが、今回のアルバムを1枚通して聴かせてもらったとき、そういった声色の変化よりもまず、太陽さん自身の素の歌声がすべての曲の芯を貫いているように感じて。

ああ、本当ですか。

──そういった“自分らしさ”の濃度について、意識するようなことはありましたか?

ありました。超特急の曲を歌うときは、デモを聴いたときのファーストインプレッションで自分の歌声の方向性をざっくりと決めるんですけど、ソロでの活動に関しては、そういう“キャラ付け”をそこまでふんだんにしなくてもいいかなと思っていて。なので今作でキャラを入れてみたのは、女性目線の歌詞の「マンションA棟」くらいです。いろんなキャラになりきって歌うことも必要だけど、今は自分の内面、自分自身の歌を磨いていきたいという思いが第一にあるから、こういう形になったんだと思いますし、しっかりと自分そのもので挑むことができたかなって。

──「超特急タカシ」の歌声とは、ハッキリと色が違いますね。

超特急の曲では音にバチッとハマる、みんなのダンスが映える歌を目指していたりもするんですけど、ソロには僕にしか作り上げられない世界があると思っているので、自分の空間を大切にしています。全体を通して、音に歌を合わせることよりも、実際にライブをしている臨場感みたいなものを大切に、レコーディングに臨みました。


2021年9月10日更新