松尾太陽|ソロデビュー作に刻まれた 1人の“うたうたい”が歌う理由

超特急のボーカル・タカシが松尾太陽としてソロデビュー。9月2日に1stミニアルバム「うたうたい」をリリースする。

彼がソロライブを行う際のライブタイトルである「うたうたい」という言葉を冠したデビュー作のテーマは「City pops」。松尾の自作曲のほか、Vaundy、大塚愛、堂島孝平、浅田信一、She Her Her Hers、山口寛雄、ノマアキコといったアーティスト / クリエイターによる提供曲が収められ、1つひとつの楽曲が表現するシティポップを松尾は色鮮やかな歌声で表現している。

なぜ松尾は1人の“うたうたい”として今デビューすることを決めたのか。作品にはどんな思いを込めたのか。音楽ナタリーでは彼にインタビューを行い、新たな一歩を踏み出した松尾の今の思いをじっくりと聞いた。

取材・文 / 三橋あずみ 撮影 / 草場雄介

もっと成長したい、もっと強くなりたいな

──まずは、今回こういった形でソロデビューするに至った経緯と理由を教えていただけますか?

松尾太陽

去年の9月に「Utautai」というソロライブをやらせていただいたんですけど、1人でライブをするのが2年ぶりくらいだったんですね(参照:超特急タカシ「最高の誕生日でした!」ソロ公演で自作曲に刻んだ“歌うたい”の決意表明)。そのときに改めて「歌を歌うことって楽しいな」と思ったんですけど……大きく気持ちが動いたのは今年に入ってから。新型コロナウイルスの感染拡大という大きな出来事があって、自粛期間が2カ月くらいある中、大半の時間1人でいろいろと考えていたんです。そのときに……超特急の活動で音楽を届けていくことも大事だけど、こんなにもエンタテインメント業界が追い込まれていて、やれることも少なくなっている中、自分には何ができるんだろう?と思ったんですよ。少しでも活動の幅を広げれば、自分発信の音楽やエンタテインメントはもっと増やすことができるんじゃないかなって。その可能性にかけてみようと。

──そうだったんですね。自粛期間中は、太陽さん自身も音楽に励まされることがあったんでしょうか?

少なからずありました。ライブ前は超特急の曲しか耳に入れないくらいなんですけど、家の中でBGMとして邦楽洋楽問わず流していたからいろいろとインプットできましたし、そういった音楽に感化された部分もあると思います。ギターを練習したりもしていましたね。

──なるほど。そうしてソロデビューを決めたとき、松尾太陽という本名を選んだことにはどういった思いがあるのでしょう?

超特急のタカシとしてソロデビューすることもできたとは思うんですけど、それは僕自身許せなくて。なぜかというと、超特急には「メインダンサー&バックボーカル」という編成があって、メインダンサーがいるからバックボーカルの僕が存在しているんです。5人でやっと成り立つものだと思っているんですよ。

──超特急の「タカシ」は、あくまで5分の1の存在だと。

そうなんです。ほかのメンバーがいないと成り立たないんですよ。それプラス、僕にとって超特急はすごく居心地のいい場所なんです。だから超特急タカシという名義を使うのは、めちゃくちゃ保険をかけている気分になってしまう。自粛期間中にも、「自分は超特急に甘えまくっているな」と思っていたんですよ。だけどずっとそのままでいいのか?と。言ってしまえば、僕のわがままでもあるんです。「もっと成長したい、もっと強くなりたいな」という思いも込めて、本名でソロの活動をやらせてもらうことにしました。

僕のアイデンティティは「全力でやること」やから

──太陽さんが歌うことを始めたのは超特急に入ったことがきっかけだと思いますが、今、シンガーとして自分の人生を歩んでいることにはどういった思いがあるのでしょう?

松尾太陽

現時点で自分が立っている場所は10年前の自分がまったく想定していなかった場所ですし、未だに不思議な感覚はあります。でも、この環境に慣れたらいけないなとも思っているんです。環境に慣れて行動がマンネリ化してしまったらきっと楽しみがなくなってしまうと思うし……そう、それこそさっき。朝起きて、ここに向かっているときにも考えていたんですよ。

──どんなことを?

「こうやってインタビューを受けに行くっていう行動も、普通はなかなか経験できないことなんだよな」って。すごく当たり前なことかもしれないですけど(笑)。だから、未だに変な感覚ではあるんですよね。だけど、そうやって予想できないことが続くからすごく楽しかったりもする。次々に起きる新しい出来事を1つずつ全力で取り組めなくなったら、僕はダメになってしまう気がするんです。僕のアイデンティティは「全力でやること」やから。だから、これからも想像できないことが続いてほしいなとも思います。

──太陽さんはずっと初々しい感覚を持ち続けているんですね。とはいえ、約8年間の歌手活動の中には「自分はシンガーなんだ」としっかり感じられるような瞬間もあったのでは?

これも、自分が今いる環境が当たり前だと思っていないからなんとも……というのも、超特急のメンバーになったとき、自分は歌もダンスも初心者だったから、その当時の「自分は誰よりもがんばらなきゃダメなんだ」という焦りみたいなものが、未だに根付いているような感覚があるんです。そういった“1つの種”が自分の中にずっとあるから、歌もダンスもできるところまでやりきりたいなと思うし。

──私たちが見ている太陽さんの表現を“花”とするなら、その花はきれいに咲き誇っているけれど、見えない部分には泥臭い思いが根を張っているんですね。

そうですね。もちろん、表には絶対に見せないけれど。そういう部分があるからこそ、今の自分がいることは間違いないから。

──原動力にもなっている?

はい。めちゃくちゃなっていますね。

──では、自分の歌に自信を持てた瞬間はありましたか?

うーん……自信を持てたというよりも、歌が楽しくなったのはここ最近かもしれないです。もちろん、活動の中でいろんな楽しさは常にあるんですけど、今までとはちょっと考え方が変わったかなと思っていて。今、これまで以上に歌を届けにくい環境だからこそ、「もっと誰かに届けたい」っていう気持ちがある。だけど、自信を持っているか?と問われると、まだ「はい」と即答できないんです。ただ、自信をなかなか持てないことが、自分にとってのエネルギーになっているのかなと思ったりもするんですよ。正直、自分の歌声にもまだ納得できていないけど、それでも理想に近付けることはできるから。自分の思う理想の姿に近付けるように、勉強や練習、シミュレーションをしていますね。

めちゃくちゃ面倒くさい性格で、プライドはあるんですよ

──そうやって研鑽を積む太陽さんの、特にここ数年の進化や変化は周囲も感じるところで、超特急メンバーも頻繁に口にされていますよね。そういった声を太陽さん自身はどのように受け止めているんですか?

すごくうれしいですし、そうやって言ってもらえるためにがんばっている感覚も正直あります。ほめられて伸びるタイプなので(笑)。でも、自分が成長しているという自覚はまったくないんですよ。自分の中身は変わっていないから、周りに言われて「そうなのかな」と思う感じです。

──ここ数年の太陽さんを取り巻く環境の変化の中には、否が応でも成長・進化せざるを得ないタイミングみたいなものもあったのではと思うのですが、そういうときに太陽さんはどんなことを考えていたのでしょうか?

松尾太陽

そうですね。そのときに考えたのは自分の力のなさと……葛藤もめちゃくちゃありました。でも、同時に「マジで最強になったろ!」とか(笑)、そういう気持ちも強くなった。僕、めちゃくちゃ面倒くさい性格で、プライドはあるんですよ。

──太陽さん、負けず嫌いですよね。

そう。ある程度のプライドはあるから……例えば誰かから厳しい評価を受けたり、「悔しい」と感じてしまうような声をもらってもすべてを聞き流さず、自分のモチベーションにつなげていたのは事実です。むしろ、そういう声が自分のガソリンになっているかもしれないです。負けず嫌いやから(笑)。

──普段の太陽さんは控えめで、メンバーと一緒にいるときもニコニコみんなを見守っているような印象だけど、ステージに立つとすごく堂々と歌声を響かせていて、そこのギャップも面白いなと感じます。太陽さん自身、ステージ上では違う自分になっているといったような自覚はあるんでしょうか?

それはめちゃくちゃありますね。正直な話、ステージに立つときは「自分は誰よりも歌がうまいんだ」と自分に思い込ませています。普段の自分はステージに持っていけるほどの器の人間じゃないから、楽屋に置いていく。ステージに立っているのは、自分の思い描く理想の型にはめた自分なんです。でも、理想の型にはめるために無理をしたらいけないから(笑)、リハーサルへの向き合い方やボイトレといった準備も重要になってくるんですけどね。そう、だからステージの上だけは、自分に自信を持つようにしています。ある意味自分を騙すというか、ハッタリをかますのも大事かなって。