東方好きなら使いたくなる「霖」
──「とある霖雨」の作詞を霜降り明星の粗品さんが手がけていて驚きました。どういう経緯で作詞をお願いすることになったんですか?
去年の夏に開催された愛知県のイベント「AICHI IMPACT! 2019」に霜降り明星さんが出演なさっていて、そのときにご挨拶させていただいたんです。もともと粗品さんは「東方Project」のファンだったようで、僕のことも動画で知ってくださっていたみたいなんです。今年の5月に粗品さんがボカロ曲を公開されていたので、「もしかしたらアルバムでご一緒できるかもしれない」と思い、ダメもとで作詞のお願いをしてみたら「ぜひやらせてください」というお返事をいただいて。まさか粗品さんと楽曲を一緒に作ることになるなんて、人生何があるかわかりませんね(笑)。
──まらしぃさんが曲を作ってから作詞をお願いしたんですか?
はい。アルバムのコンセプトだけが決まっていたので「雨とか天気とか、そういうイメージでお願いします」というオーダーだけさせていただきました。曲のタイトルから全部お任せしたら、僕では絶対に思い付かないような、ただならぬ詞が返ってきて。本当になんでもできる方だなと思いました。曲名の「とある霖雨」にある「霖」という漢字、実は僕が作った曲の「霖と五線譜」と被っているんです。これには理由があって、東方Projectに「森近霖之助」というキャラクターが登場するんです。東方好きだったら、このキャラクターに使われている「霖」の字が使いたくなるんですよ(笑)。粗品さんには「タイトル変えましょうか?」と言ってもらったんですが、この被りは必然だと思うので変えずに収録しました。
雨から晴天に、最後は“ざざぶり”
──「シノノメ」という言葉は「夜明けの白んできた東の空」という意味ですよね。アルバムの8曲目「シノノメ」を経て9曲目「青く駆けろ!」では晴天が表現されているのも素敵だと思いました。
お、さすがですね! 雨の曲だけで構成するのではなくて、最後にはちゃんと晴れるようにしているんです。ただ、そのあとに3曲ボーナストラックが入っているんですが、12曲目が「ざざぶり大作戦」で、最後の最後に大雨が降るという(笑)。
──ボーナストラックの収録曲も天気にまつわる楽曲で統一されているんですね。
「Okini」は今年の「まらフェス」のテーマソングとして用意していた曲で、野外での開催を予定していたので雨が降らないことを願って書きました。タイトルは大阪開催を意識して「おおきに」とかけています。「アマツキツネ」は日本の古い言い方で「流れ星」を意味する言葉なので、夜空、もっと言えば夜の晴れみたいな意味合いで再録しました。「ざざぶり大作戦」は大雨の中で披露することも想定して作った曲です(笑)。
──「青く駆けろ!」「ざざぶり大作戦」の2曲は、まらしぃさんが昨年から始めた「まらおバンド」による演奏で、これまではピアノ、ベース、ドラムのスリーピースでしたが「青く駆けろ!」にはギターが加わっています。
ボカロ曲のアレンジをギタリストのKOUICHIさんにやってもらっていたこともあって、今回はアレンジだけじゃなくてまらおバンドにも参加してもらったんです。特に意識したわけではないんですが、ろじえも(logical emotion / まらしいとベーシストのdrm、ドラマーのタブクリアによるインストトリオバンド)でもギタリストがいなかったので、今回はすごく新鮮で楽しかったですね。編成の変化もあって、アルバム全体の表情がすごく豊かになった感じがするんです。コラボ相手もさまざまですし。なので、いろんな方に聴いてほしい1枚になりましたね。
ピアノの性格と相性
──これまで伺ってきたのは「シノノメ」の“ボカロ盤”についてのお話で、今作にはさらに“ピアノ盤”が存在します。正直、ボカロ盤だけでも立派なアルバム作品だと思いますが、なぜピアノ盤も制作したんでしょうか?
なんだかんだ言っても僕はピアノを弾く人なので、いろんな人に力を借りて作り上げた曲たちを自分で表現するとどうなるか、ちゃんとアピールしておいたほうがいいと思ったんです。単にピアノでカバーしただけじゃなくて、いろんなパターンがあるんですよ。完成した曲を元にピアノアレンジしたものもあるし、ラフの状態の曲を元にブラッシュアップしたものもありますし。ピアノ盤に関してはすべて自分に責任があるので、自由にやらせてもらいました。
──自分のオリジナル曲をカバーするのと、アニソンなどほかのアーティストの曲をカバーするのではどういう違いがありますか?
アニソンとか自分の好きな曲をカバーするときは、自分が好きなポイントはもちろん、ファンの方の目線も考えて、やっぱり普遍的に好かれているポイントを詰め込む必要があるんですけど、自分の曲をカバーするときは余計なことを気にしなくていいんですよね。いい意味で開き直れるというか。ただ「十年越しのラストピース」は、堀江くんとピアノの連弾をしているようなミックスにしてもらっているんですけど、それをピアノ1本で表現するには手が足りなくて(笑)。再現すればいいというものでもないので、シンプルにしたほうがより映えると考えながら弾いています。
──今回はグランドピアノがあるスタジオで取材をさせてもらいましたが、今作のレコーディングもすべてこのスタジオで行われたと聞きました。
ここのスタジオに置いてあるSteinway & Sonsは久石譲さんが選ばれたものというのもあってすごくいいピアノですし、僕との相性もいいんです。これは僕のイメージなんですけど、ピアノを弾き始めたとき、自分の中で鳴ってほしい理想の音と実際に鳴る音って、最初はちょっと差があるんですよ。「ここを鳴らすときはこれぐらい力を入れなきゃいけない」とか、「ペダルの押す力はどれくらいがいいか」とか、まずは弾き心地を探るところから始まるんです。
──インタビュー前の撮影中にまらしぃさんが30分くらいピアノを弾き続けていたのは、それらを確認していたんですね。
そうなんです。相性がいいピアノであればあるほど、いきなり理想に近い音が鳴るし、僕の性格と少し違うピアノだと、理想の音を鳴らすためにどうすればいいか、格闘する時間が長くなるんですよね。感覚としては、革靴履いて50m走を全力で走る感じというか(笑)。
──ライブのときも「会場によってピアノの性格がある」といったMCをよくされていますよね。
僕が感じているのはピアノの良し悪しじゃなくて、あくまでピアノの性格だと思っているんですよね。じゃじゃ馬的なピアノと格闘する中で、バチっとハマってすごくいい音が出るケースもありますし。弾き慣れたピアノでも僕の弾き方が変わっていたり、湿度とかの関係でピアノの鳴りが変わったりすることもあるので、確認のために少なくとも30分ぐらいは時間をもらってドカドカ弾いてます。
──撮影中、けっこうな勢いで弾いていたので疲れちゃうんじゃないかなと思っていました。
ピアノ弾いてるのって、普通にただ座ってるのとあんま変わんないんですよ(笑)。最近は毎日のように配信もやってますしね。夜の配信ライブに向けて、取材が終わったらもうちょっと弾かないと落ち着かないくらいですから。
10年前に使ったピアノでライブ
──10月からは「marasy piano live tour 2020 online」と題したライブツアーが開催されます。もちろんこのツアーは、まらしぃさんが普段行っている自宅からの配信とは異なるライブが楽しめるわけですよね?
グランドピアノがある会場を借りて、普段の配信よりもいい音でみんなに楽しんでもらおうと思っています。まだ計画段階ではあるのですが、普段のホールを回るツアーではできないような、オンラインならではの演出を盛り込みたいなと思って、スタッフの方々に相談しています。
──3公演あるうち、ツアーファイナルのみチケットが必要なんですね。最後は特に特別なライブになるのでしょうか?
ツアーファイナルでは、僕が最初にアルバム(2010年発売の「V.I.P」)を作らせてもらったときに使ったピアノが置いてあるホールでライブをしようと思っているんです。ちょうど1stアルバムから10年の節目でもあるので、アニバーサリー的な内容にしたいですね。残りの2公演はどちらも無料ですが、会場も演出も変えたライブになるので、全部観てもらっても楽しめる内容になると思います。
──配信で満たされている欲求がありつつ、ちゃんとホールでライブを開催することも大事にしているんですね。
欲を言えば、早くお客さんを会場に呼んでライブをしたいですね。なんだかんだ言ってライブという空間は自分にとって大切な時間だったというのを改めて思い知らされたんです。それは自分のライブだけじゃなくて、例えばコミックマーケットのような即売会のようなイベントも同じ。人を目の前にして直接お礼が言える機会、応援してもらえる機会というのがなくて少し寂しいんですよ。ただライブができるようになって、忙しすぎて配信ができなくなるのはちょっと嫌だな(笑)。
──改めて配信者としてのやりがい、楽しみに気付いたわけですね。
自分の活動の原点に戻れた感覚があるんですよね。配信をやって「今弾いたこれ、気に入ったから動画にします」と言って、次の日に動画を投稿する、みたいな。観てくれる人と交流しながら動画を通じてやり取りしていたのが自分の原点だし、それが今たくさんできるからめちゃくちゃ楽しいんですよ。夜遅いかもしれないけど、気が向いたときに配信を観に来てくれたらうれしいですね。僕はいつでも皆さんと遊びたいので。
ライブ情報
- まらしぃ「marasy piano live tour 2020 online」
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- 2020年10月24日(土)※ゲスト:まらおバンド feat. yuji yono
- 2020年11月26日(木)
- 2020年12月19日(土)