まらしぃ|今だからこそ立ち返れた活動の原点

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で家にいる機会が多くなったまらしぃは、春から夏にかけて毎日のように自宅でピアノ演奏の生配信を行い、数多くの視聴者たちとコミュニケーションを取ってきた。そんなコロナ禍の中で制作された「シノノメ」には、kemu(堀江晶太)とのリモートセッションで生まれた「十年越しのラストピース」、霜降り明星・粗品が作詞で参加した「とある霖雨」、maras kとして活動を共にするkors kとの共作で生まれた「シノノメ」「夢色七色」など、さまざまなクリエイターとのコラボ曲を多数収録。さらに今作には収録曲すべてをグランドピアノ1本でセルフカバーしたピアノ盤も用意されるなど、まらしぃの制作意欲を存分に感じさせるアルバムとなった。今回のインタビューではアルバム制作の背景を探りながら、彼が毎日のように配信をし続けるモチベーションの源泉に迫る。

取材・文 / 倉嶌孝彦 撮影 / 竹中圭樹(ARTIST PHOTO STUDIO)

原点回帰の生配信

──YouTubeを開いているときにまらしぃさんが生配信をやっていることがあって、まらしぃさんのピアノを聴きながら仕事をすることがたまにあるんですよ。

そうなんですか! ありがとうございます。

──しかも最近はけっこう頻繁に配信をされてますよね?

配信のモチベがすごく高いんですよ。もともと僕はニコニコ生放送で毎日のように配信をしていたので、時間があるならいくらでもやりたいタイプなんです。ただ数年前からはライブの本数が増えたり、曲作りをしなきゃいけなかったり、いろんなお仕事が重なっていてスケジュール的に配信ができる日が限られていて。もちろん忙しく過ごすのはありがたいことではあるんですが、新型コロナウイルスの感染拡大があって、いろんなスケジュールがなくなって自粛期間で家にいなきゃいけないときにやりたいことが、僕の場合は生配信だったんですよね。

──ある意味、原点回帰のような感覚ですね。

ニコ生を毎日のようにやってた頃のモチベに近いものがありますね。当時はニコ生しかなかったけど、今はYouTube Liveもあって、どちらも違ったよさがあるので、最近はニコ生でやる日とYouTubeでやる日、どちらでも配信する日を気分で選びながら配信しています。

──まらしぃさんが感じるニコ生とYouTubeの違いはどんなところにありますか?

ライトな人からディープな人までいろんな方が聴いているのがYouTubeで、熱心でコアなファンが多いのがニコ生だと思っています。「ピアノを聴きたい」という熱があるのはYouTubeのような気がしますね。ニコ生にもピアノに興味がある人はいるんですけど、ピアノよりも僕のほうに興味がある人が多い気がして(笑)。「ピアノが弾きたいな」という日はYouTube、みんなとワイワイやりたい日はニコ生、みたいに使い分けています。

──自粛期間中の生配信で何か感じたことはありましたか?

とにかく自粛期間中は視聴者数が増えましたね。緊急事態宣言が発令されて、いろんな方が配信をやったり、オンラインでセッションをしたりしていたので、YouTubeやニコ生といった配信媒体が改めて注目されたタイミングだったと考えていて。僕の配信をひさびさに観た方もいたみたいで「まだやってるんですね」というコメントをもらう機会も多かったです。僕は以前からずっと配信でピアノを弾いていたので、そうやって言ってもらえるとうれしくて。僕は今も昔も、きっとこれから先もピアノを弾いているから、気が向いたときにまた聴きに来てほしいですね。

まらしぃ

堀江くんと野良でセッション

──それともう1つ、6月にまらしぃさん主催のイベント「まらフェス」がオンラインで開催されました。

今年の「まらフェス」は大阪での開催を予定していたんです。僕の地元が愛知なのもあって、大阪で大きなイベントを開催したことがなかったんです。個人的に大阪は大好きな街で、文化も食べ物も好きなんですよ。でも今年は皆さんを会場に呼んでライブをすることができなくなってしまいまして……。

──新型コロナウイルスの影響で、大阪での「まらフェス」開催は叶いませんでした。

チケットも全部売れていて、大阪公演に向けてしっかり準備していた中だったので非常に残念だったんですが、すぐに頭を切り替えて配信でイベントを開催することにしたんです。いい音で皆さんに聴いてもらいたかったので、ちょっと大きめなレコーディングスタジオを借りて、コラボをする予定だった皆さんにも声をかけて。その頃、僕は毎日配信をやってたので、配信ライブでもちゃんと「まらフェス」を届けられる自信はあったんですよ。

──結果として多くの視聴者の方に楽しんでもらえる配信ライブになりましたね。

まらしぃ

ゲストの方々にもご協力いただけて、来てくれた人にも楽しんでもらえたようなので、これはこれでいいイベントができたと思っています。こんなことを言うと誤解を生むかもしれませんが……新型コロナウイルスの感染拡大は確かによくないことだけど、悪いことばかり見るんじゃなくて、こうなったからこそできることもあったのかなと捉えるようにしていて。配信という形で「まらフェス」を開催できたこともそうですし、僕が毎日のように生配信ができるようになったのも、こういうことがなかったらできなかったかもしれない。それと「シノノメ」の1曲目に入っている「十年越しのラストピース」は自粛期間がなかったら生まれなかった曲なんですよ。

──それはどういうことですか?

6月にリアルタイムで遠隔セッションができる「SYNCROOM」というアプリケーションがリリースされたんですよ。それが面白くて個人的に遊んでいたら、ある日堀江晶太(PENGUIN RESEARCH)くんから「SYNCROOMやってる?」という連絡があって。それがきっかけでよく堀江くんとオンラインで遊んでいたんですよ。それこそ、その場でマッチングしたベースを弾く人とか、ボーカリストを入れて即興のセッションを楽しんでました。

──知らないうちにまらしぃさんとkemuさんが参加したセッションがオンライン上で繰り広げられていたんですね(笑)。

そういうことになりますね(笑)。けっこうな頻度で遊んでいたので、思い切って「アルバム作ってるんだけど、一緒に1曲作らない?」と切り出してみたんです。堀江くんはすぐにそれを快諾してくれて。

──以前から交流はあったものの、曲作りを一緒にしたことはなかったんですよね?

そうなんです。それこそ、以前ナタリーさんで対談させてもらったときも「今度一緒に」みたいな話をしてたんですが、実現まではしていなくて(参照:初音ミク10周年特集|まらしぃ×kemu対談)。知り合ったのが10年ぐらい前だから「十年越しのラストピース」は曲名の通り、本当に10年越しの願いが叶った曲ですね。

──資料には「リモートセッションで曲を作った」とありますが、具体的にはどのように?

リモートでつなぎながら「Aメロから作っていこう」みたいな感じ。「キーどれにする?」とか「このコードを弾いたら、次は上にいくか下にいくか」みたいに会話しながら作りました。堀江くんはこういう曲の作り方に慣れてるようでしたけど、僕は初めてだったので新鮮でした。この曲は歌詞もすぐ書けたんですよ。

──これまでのインタビューでは「作詞は苦手」と話していましたよね。

珍しく1日で完成させてすぐ堀江くんに送ったら、彼も驚いてました。10年貯め込んだエネルギーがあったからかもな。すごく楽しかったので、またこうやって一緒に曲を作りたいんです。もしかしたらそれはまた10年後かもしれませんけど(笑)。

kors kさんの大人の魅力を……

──改めて「シノノメ」というアルバムのテーマについて伺います。ジャケットアートワークには「雨」のイラストが描かれていますが、「雨」はまらしぃさんのオリジナル曲でたびたび登場している言葉でもありますよね。

実は僕かなりの雨男なので、いつか雨をフィーチャーした作品を作ろうと考えていたんです。ただ、今回のアルバムをそうしようと決めたのはkors kさんに「シノノメ」という曲を挙げてもらったのがきっかけなんですよ。

──「シノノメ」はまらしぃさんが作曲して、kors kさんが編曲を担当した曲ですよね?

そうです。これまでkors kさんとはmaras k名義で「Beat Piano Music」というアルバムシリーズを3枚作っていて。これまではkors kさんの真骨頂である音楽ゲーム由来のアッパーチューンを作ってもらっていたんですけど、僕ももう30歳になったので、ちょっと落ち着いた曲も作ってみたいなと思いまして……。「kors kさんの大人の魅力をちょっと分けてほしい」みたいな感覚でちょっとバラードっぽいサウンドをお願いしたんです。それでいい感じにアレンジしてもらったのが「シノノメ」でした。

──「シノノメ」が生まれることで、アルバム全体のイメージが固まったんですか?

「シノノメ」を聴いたときにビビッときて、アルバムの表題曲にしようと決めて。すぐにkors kさんに連絡して「『シノノメ』がすごく素敵だったので、大人びた路線でもう1曲お願いします」と伝えて完成したのが「夢色七色」なんです。この曲はちょっとシティポップぽい、「シノノメ」とは違う大人びた空気感の曲になりました。

──「シノノメ」というアルバムの特徴として1つ、バンドサウンドという要素があると感じたんですが、実際はどうですか?

自分でも気付いていなかったけど、確かにバンドの曲が多いですね。僕から「バンドっぽいサウンドに」というようなオーダーをしたわけではないんですよ。おそらく最近僕が「まらおバンド」を結成したこともあって、皆さん各々が僕のやりたい方向性を汲み取ってくれたんだと思います(笑)。

──バンドサウンドが軸にあるんじゃないかと思ったのはkors kさんの「夢色七色」を聴いたときだったんですよね。ダンスミュージックを得意とするkors kさんが「夢色七色」でシティポップ調のバンドサウンドを手がけていたので。

音楽ゲーム出身ということもあって、普段はすごく速い曲とか、ハードコアな曲を求められることが多いみたいなんですよね。本当は大人びたおしゃれな曲もけっこう好きなようで、今回はkors kさんが普段出せないような側面を出してほしいと思って依頼してみたんです。kors kさんの普段のイメージとはちょっと違う曲をいただいて、僕にとっても大切な曲になりました。