まらしぃ|再び向き合ったクラシックへの“ちょっとつよい”思い入れ

まらしぃがクラシック楽曲をリアレンジしたアルバム「ちょっとつよいクラシック」を12月18日にリリースした。

今作でまらしぃは、「エリーゼのために」「天国と地獄」など、自身にとって思い出深いクラシックの名曲をセレクトし、大胆なリアレンジに挑戦。定番クラシックのピアノカバーを中心に、yuji yono(Dr)を迎えた“まらおバンド”による「運命」や、BULL ZEICHEN 88とRayflowerで活躍するIKUO(B)とyonoの3人でレコーディングした「カノン」など全13曲が収められている。アニメやボカロの楽曲をカバーする機会の多いまらしぃが、なぜクラシックの名曲をアレンジするに至ったのか。今回のインタビューでは、楽曲にまつわる少年時代のエピソードなどと共にその理由を聞いていく。

取材 / 倉嶌孝彦 文 / 寺島咲菜 撮影 / 竹中圭樹(ARTIST PHOTO STUDIO)

苦い経験乗り越え、再びクラシックと向き合う

──クラシックの名曲をリアレンジしたアルバムを作ろうと思った理由はなんだったのでしょう?

まらしぃ

僕は4歳でピアノを習い始めて、13歳ぐらいのときに一度ピアノを辞めているんです。昨年まらしぃの活動10周年を迎えたときに、いつの間にか幼少期のピアノを弾いていた期間よりも、再開してから現在までの期間のほうが長くなっていたことに気付いたんですよね。合わせると20年近くもピアノを弾いていたことになるし、そろそろクラシックと向き合った作品を作ってみてもいいんじゃないかなと思ったんです。それに、これまでも「エリーゼのために」とかをちょこちょこリアレンジして弾いていたので、少しずつ溜めていたストックが増えてきたのも理由の1つですね。

──子供の頃に通っていたピアノ教室の指導は厳しかったとか(参照:まらしぃ 3rdアルバム「V-box」インタビュー)。

先生から「お前はそんな弾き方をしてショパンに申し訳ないと思わないのか」と怒られたこともありました(笑)。まらしぃとしてピアノを弾き始めてから数年の時期って、いろんなメディアにも出させてもらった頃でもあって、ピアノを弾くのが楽しくて仕方がなかったんですよね。だから、当時のインタビューでは過去のクラシックの経験を苦々しい感じで語っていたんです。レッスンで習っていた時期のピアノの経験を思い出したくなくて、あまりクラシックの曲も弾いていませんでした。でもピアノを再開してから10年も経つと、考え方も変わってきたというか。改めてクラシックに向き合ってみるのも面白いかなと思うようになったんです。

クラシックをどうキャッチーにするか

──クラシックにルーツがあるとはいえ、ご自身でアレンジするにあたっては原曲の譜面を読むわけですよね?

はい。昔使っていた楽譜を引っ張り出してきたり、見当たらないものは改めて買ったりして、全部の楽譜を読み直しました。例えばベートーヴェンの「運命」に関して言えば第4楽章まであって、第1楽章だけでも7分くらいあるんですよ。CDにまとめるにあたって、ピアノ1本でどこをどうアレンジするかはけっこう悩んだところでした。

──アルバムの収録曲はどの曲も5分以内にまとめられています。

まらしぃ

アレンジするにあたって、キャッチーかどうかはかなり意識したところですね。クラシックの曲は小学校の校内放送とかでも流れているので、有名なフレーズを弾くとかなり多くの人が「あの曲だ」とわかってくれるんですよ。いろんな方が聴くことを想定して、有名なフレーズを中心に1曲が長くなりすぎないことを意識して、どの曲も5分は超えないようにしています。もう1つ苦労したのは、オーケストラの曲ではピアノ以外にもたくさんの楽器が鳴っているんですよね。それをどうピアノ1つで表現するかは頭をひねりました。

──いろいろな音が鳴っている曲をピアノ1本で表現する苦労は、これまでまらしぃさんが何曲も弾いてきたアニソンやボカロ曲のカバーと同じですよね。

そうなんです。自分の中ではカバーする曲がアニソンでもクラシックでも“楽しく弾く”という指針に変わりはなくて。だからアレンジの方向性に明確にビジョンがあったわけでもなくて、常に考えていたのは「どう弾いたら楽しいか」ですね。

──いろんな曲をカバーしてきたまらしぃさんが改めて触れてみて感じたクラシックの魅力はどんなところですか?

ポップスはAメロ、Bメロ、サビがあってその流れが繰り返されたりと、構成にパターンがあるんですよ。クラシックにもそういう展開があるにはあるんですけど、ポップスに比べると展開の種類や長さが自由で、世界観がものすごく壮大なんですよね。そこはすごくクラシックの懐の深い部分だと思いました。それにクラシックで使われているコードの中には、今のポップスによく使われているような和音の響きがすでに存在しているんです。何百年前に作られた音楽の中に、今に通じる要素があるのってすごいなと思って。ピアノ教室で弾かされていたときには気付いていなかった魅力を改めて発見することができました。

80点から100点にする作業

──収録曲の中で特に思い入れの強い曲はどれですか?

そうですね。例えば「エリーゼのために」は僕がコンクールで弾いた曲なんですけど、そのときの審査員の方に酷評された記憶があります(笑)。「ノクターンOp.9-2」は当時習っていたショパンを専門とする先生の前で弾いたときに、2秒に1回くらいのペースでダメ出しされた曲ですね。ボコボコに言われすぎて、最後まで弾いたかどうか覚えていません。

──苦い思い出ばかりですね(笑)。

まらしぃ

もちろん楽しい思い出の曲もあって、「スケーターズ・ワルツ」は学生時代にピアノ発表会で弾いて「がんばったね」と先生から褒めてもらえた曲ですね。あと運動会で使われているイメージが強い「天国と地獄」「クシコス・ポスト」の2曲は、僕も小学校のときの運動会の日を思い出す曲なんです。当時、僕は専門的なピアノ教室に通い始めた頃だったので、親の期待を背負いながら練習漬けの毎日を過ごしていたんです。土日も関係なく毎日毎日練習だったんですけど、運動会の日などは学校が終わったら家族みんなでごはんを食べに行く流れがあって。そういうときだけはピアノの練習をやらなくていい日になっていたんです(笑)。だからこの2曲を弾くと「今日はピアノを弾かなくてもいい日だ」みたいな思いが蘇ってきて、すごく解放感があったんですよね。

──当時弾いていた曲を今回改めて弾いてみて、どのような発見がありましたか?

なんだろう……大人になったのが大きいですけど、自分の中で100点の基準が変わったんですよね。これは僕個人が考えている採点基準ですけど、譜面を見ずに弾けるようになったら80点で、抑揚の付け方とか細かい注意点を押さえて曲全体の流れを把握することができるようになって初めて100点に到達できるのかなと思っていて。改めてクラシックの曲と向き合ってみて、100点に持っていく作業には苦労しました。

──当時と今とでは目指す完成形が変わっているわけですよね。

実はこれクラシックに限ったことではなくて、アニソンのカバーとか、普段僕が投稿している“弾いてみた動画”でも同じことなんです。昔はわりと気軽に曲を投稿していたんですけど、最近は自分の納得のいく表現を突き詰めるようになってきて、1曲仕上げるのにすごく時間がかかるようになってしまって……。

──まらしぃさんの場合は80点から100点満点にブラッシュアップするところに楽しさを感じているのかなとも思います。

それはあるかもしれませんね。音ゲーに例えてしまうのも変かもしれませんが、80点のスコアを出すのはそれなりにやり込んでいる人だったらすぐできるんですよ。でも80点を出せるようになってからノーミスかつタイミングをすべて完璧にして打つにはどうしたらいいか、みたいな感じでたくさん練習して自分が上達していくのを感じるのが好きで。ピアノも一緒で、練習を重ねて自分が上達していくことに充実感を得られるんですよね。