マオ「habit」インタビュー|「素っ裸のマオで音楽をやってみたい」奔放に表現した自分の“habit” (2/2)

支えてくれたファンに共有したかった気持ち

──「青い雨」については、X(Twitter)で「辛かったあの日々を無駄にしたくなくて、この曲を作りました」とポストされていましたね。

つらかったというのは、声が出なかった時期のことなんです。自分に全然興味がない人とか、俺をちょっと知ってるぐらいの人が外からいろいろ言ってくるのはまったく気にならなくて。そもそもメンタルが弱いタイプじゃないので「言わせておけ」と思うんですね。なんですけど、あの時期は距離が近い人間から、向こうは悪気なく言ってるものの「元通り歌えばいいじゃん」とか「なんで新しいことをやるの? 前の感じでやってみてよ」とか、そういう言葉を言われたことで気持ちがえぐられちゃって。相手は俺がそこまで追い込まれていることを知らずに言ってるから、本当のことを言い返せないもどかしさがずっとあった。まだまだ波はありますけど、精神的に回復してきたときに当時のことを闇に葬るのは悔しいなと思って。それを曲に書けるのは実際に経験してる俺だけだから、そのまま書いちゃおうと思って形にしました。

──「青い雨」で歌われていることって、とてもデリケートな心情ですよね。これを歌に昇華されたことによって、つらいことにも蓋をせず「人生の酸いも甘いも音楽にするんだ」という覚悟を感じました。

自分の中だけで留めておくのも別にいいと思うんです。でも、そのときに俺を支えてくれたのはファンのみんなだったから、その子たちに気持ちを共有することが大事かなと思って。そういう理由で曲に残しましたね。

──「青い雨」というフレーズは何から思いついたんですか?

つらかったことを思い出しているときに、冷たい雨のイメージが浮かんで。例えるなら、嵐とか炎とかそういう強烈なものではなくて、近くで降る雨に体温をじわじわと奪われていくような感じ。外からどんどん降ってくる大雨なら、俺はどうとでも跳ね返せる。だけど近くでゆっくり降っていると気付けないし、つらさが違うんですよね。

マオ

昔の自分がやりたかった音楽を形に

──先ほどおっしゃっていたパンクの要素を取り入れた曲は、リードトラックの「ROUTE209」のことですよね。まさに、この曲からはマオさんの衝動を感じました。

俺は高校生のときに初めてバンドを組んだんですけど、もしも中学で始めていたらこんな曲をやっていただろうな、と思って作りました。これまでもシドで昔のことを書いた曲はあるんですけど、それは「今の自分が歌う昔のこと」がテーマだったんです。でも同じ昔がテーマであっても、「ROUTE209」で表現したのは「中学時代の自分がやりたかった音楽」ですね。

──タイトルはマオさんの地元・久留米市の国道209号線からきているんですよね。

うん。小さい町で、国道沿いにお店がいっぱいあって。俺が住んでいた“世界”がそこだったんですよね。

──そこだけだった。

そう。「俺はこの世界で終わりたくないな」とか「この刺激には、もう飽きちゃってるな」とか、そう思う日々が上京する前に何年か続いていて。あの頃はもどかしさのようなものがあったんですね。このルートを外れていけば、もっともっと世界は広がっているのにって。その気持ちがこの曲につながりました。今は地元に対して愛があるし、ソロとして再出発するときに地元の道路の名前を付けるのはいいなと思って「ROUTE209」にしました。

──サウンドはどのように作っていったんですか?

10代の頃に通ってきた音楽を取り入れることを意識しました。そういう意味で単純な曲にしたかったし、バンドキッズがすぐにコピーできるような曲がいいなって。レコーディングには凄腕のミュージシャンに参加してもらったので、ヤバい演奏をしてくれるんですけど「もっと雑に、もっと簡単にしてください」ってずっと言ってましたね(笑)。

──バンドキッズという言葉を聞いて腑に落ちました。「ROUTE209」からは初期衝動が感じられるし、純粋にロックを鳴らすのが楽しくてたまらない感じが強く出ているんですよね。

そうなんですよ。この曲については「CDにするからいい曲を書かなきゃ」という思いがなくて。というか「俺に曲が書けるかどうかわかんない」っていう状況だったので、「曲が書けた!」という喜びですよね。シドのほかのメンバーは「いい曲が書けた」と喜ぶと思うんですけど、俺は「曲が書けた!」で喜んでる(笑)。音楽を始めたてのバンドキッズの感じが詰まってるんです。

──ふふふ。マオさんのキャリアからすると、なかなか味わえない感覚ですね。

うん、ないですね。だから幸せですよね、この歳で初めての経験をできるというのは。この感情はいつかはなくなっていくし、今だけのご褒美なので「この瞬間を楽しんで曲を作ろう!」と噛み締めながら制作していました。

──ちなみに、マオさんはこれまで「私は雨」「青」「アリバイ」「Star Forest」など博多や久留米の地名が出てくる楽曲を書かれてきましたが、「ROUTE209」を書いたことで何か昇華されたことはありますか?

どうだろう? 地元ネタみたいなものはいろんな形で残してきたんですけど、それは歌詞で地元を描くというよりは、昔のことをかなり意識して書いた部分が大きくて。初期衝動を題材にした曲は、今回でしっかり形にできたと思ってます。「ROUTE209」で表現したようなサウンドにはすごく興味があるので、今後もこういう曲は作っていきたいですね。

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癖の集大成としての「habit」

──振り返ってみて、レコーディングで印象に残っていることはありますか?

楽曲の雰囲気がバラバラなので、バンドメンバーだけで10人ぐらいに参加してもらっていて。それぞれが第一線で活躍されている方たちなんですよ。しかも、皆さん仕事が早くて正確だからレコーディングは非常にスムーズでしたね。

──改めてアルバムタイトル「habit」に込めた思いを教えてください。

3つ意味がありまして。1つは、「HABIT」という曲が入っていること。もう1つは、作曲の知識がない自分が全力で作ったアルバムだから、ただの俺の“癖の集大成”であること。メロディの癖もガンガン出ているだろうし、「こういう色を付けよう」みたいな作為的なこともできない状態で作っているので俺の癖が詰まってる。3つ目は、中毒性があって何回も聴きたくなるような癖になる1枚になってほしいという意味ですね。

──「habit」にちなんで、マオさんの中で止められない癖はありますか?

癖というか、常に何かを考えてるんですよね。その様子が傍から見たら異常らしくて。周りに言われるときもあるんですけど、ずっと考え事をしてて。一時期は考えるのをやめようとした時期もあったんですよ。でも……無理でしたね(笑)。何か面白いことないかなって、ずっと考えてるのが癖なのかな。

──考えている内容はその時々で変わるんですか?

いや、大体が音楽活動のことですね。今後のシドはどうしたら面白いかなとか、ソロはどうやったらファンのみんなが喜ぶかなとか。そこから細かいことまで思考を巡らせていくんです。そういう意味では、今の仕事が向いているんですよね。なんですけど……果たしてこんなに考えている人っているのかな?って自分でも思うことがあるくらいで。

──癖というか、考える病かもしれない(笑)。

ハハハ、そうですね。好きでそうしているので、全然苦じゃないんですけど。

──6月29日に始まる計14本のツアー「MAO TOUR 2024 -habit-」に向けてはどんな思いを抱いてますか?

まずは、ずっとソロでツアーがやれていなかったので、みんなのもとへ会いに行けることが楽しみですね。せっかく初めてのフルアルバムを出して、初めて自分で旗を上げてツアーを回るので、いつか振り返ったときに強烈な記憶として残るようなライブをしたいです。このツアーだからこそ生まれるむき出しのパフォーマンスも目指したくて。1つのツアーを通して何カ所も観に来てくれるファンの子も多いので、その子たちが「追いかけて本当によかった」と思えるようにライブごとに進化を遂げていきたいですね。

──パフォーマンスで言うと、マオさんはご自身の著書「ポジティブの魔法」(2021年発売)で「今、夢は何か問われたら、歌を上手に歌いたい」と書かれていました。現在のマオさんは、高音だけでなく中音域の歌声も魅力的ですし、歌い方の引き出しの多さも今作で証明されている。今、当時の夢が叶っているのかなと思うんですけど、どうですか?

声が出なかった頃は、声が出ているイメージを頭の中で持ちつつも、毎日歌って、レッスンや治療を受けながら「実際は出ないな……」というのを繰り返してたんです。でも、ここ数年でようやく頭の中で描いていた声になっている実感があって。

──思い描いていた歌声を手に入れたと。

そうですね。だから、あの頃に練習していたことがここにきて「無駄じゃなかったんだ」と。もしも途中でやめていたら、無駄になっていたから。やっぱり何事も手に入れるまでは続けるしかないんだなと思いましたね。

マオ

ライブ情報

MAO TOUR 2024 -habit-

  • 2024年6月29日(土)埼玉県 HEAVEN'S ROCK さいたま新都心 VJ-3
  • 2024年6月30日(日)神奈川県 新横浜 NEW SIDE BEACH!!
  • 2024年7月7日(日)宮城県 darwin
  • 2024年7月12日(金)福岡県 久留米ウエポン
  • 2024年7月13日(土)福岡県 DRUM Be-1
  • 2024年7月15日(月・祝)鹿児島県 SR HALL
  • 2024年7月20日(土)北海道 cube garden
  • 2024年7月27日(土)石川県 Kanazawa AZ
  • 2024年7月28日(日)新潟県 GOLDEN PIGS RED STAGE
  • 2024年8月3日(土)岡山県 YEBISU YA PRO
  • 2024年8月10日(土)京都府 京都FANJ
  • 2024年8月11日(日・祝)大阪府 BananaHall
  • 2024年8月17日(土)愛知県 ElectricLadyLand
  • 2024年8月31日(土)東京都 Spotify O-EAST

プロフィール

マオ

10月23日生まれ、福岡県出身。2003年に結成されたロックバンド・シドのボーカリスト。2008年にメジャーデビューし、「モノクロのキス」「嘘」「ANNIVERSARY」などのヒット曲を生み出す。シドの楽曲ではほぼすべての作詞も担当。2016年よりソロプロジェクト「マオ from SID」を始動し、リリースやライブを重ねる。2024年5月にマオ名義による1stアルバム「habit」をリリースした。6月よりライブハウスツアー「MAO TOUR 2024 -habit-」を行う。