マオ「habit」インタビュー|「素っ裸のマオで音楽をやってみたい」奔放に表現した自分の“habit”

“シドのボーカリスト”という鎧を脱ぎ、1人のアーティストとしての第一歩が刻まれたマオの1stソロアルバム「habit」。本作には彼が得意とするジャジーなナンバーや歌謡テイストの曲はもちろん、パンク、ハードロック、ジャズなど、シドではあまり表現されてこなかったジャンルの楽曲も収められている。

「素っ裸のマオで音楽をやってみたい」。そんな思いから作られたアルバムでマオは作詞だけでなく、プロデュースと全楽曲の作曲も担当。“純度100%マオ”ともいえる1枚を携えて、6月からはライブハウスツアーに乗り出す。シドとしてのリリースやライブも続く中、マオがソロアーティストとして新たな挑戦を続ける理由と原動力とは?

取材・文 / 真貝聡

自分が着たい服を着て、歌いたいことを歌う

──先日アルバム収録曲の「ROUTE209」のミュージックビデオが公開されましたが、リスナーの反応はいかがですか?(取材は5月中旬に実施)

「habit」はマオ名義で作った初めてのアルバムだし、ミュージックビデオを公開するときはすごくドキドキしました。どういう反応が来るのか想像できなかったんですが、反響が大きくてよかったです。

──楽曲はもちろん、モッズコートを着て歌唱されている姿も新鮮でカッコよかったです。

うれしいですね。マオとしてのプロジェクトは、自分が着たい服を着て、歌いたいことを歌うということがコンセプトとしてあって。今までのソロよりさらに尖っていくイメージなんです。

──これまでソロで活動する際はマオ from SID名義でしたが、今回マオとして活動を始めた経緯は?

“やりたいことをやる”というところにフォーカスして音楽を作ってみたいと思ったときに、「じゃあ、今まではどういうスタイルだったかな?」と振り返って。これまでは、シドの中でどのように自分のよさを生かそうかとか、マオ from SIDをきっかけにシドのお客さんが増えてくれたらうれしいとか、何事も“シドありき”だったんです。その気持ちをなくすわけではないけど、より自由に音楽を作ってみたいなと。例えば、個人の活動がきっかけでシドを好きになってくれるとか、ソロでのライブパフォーマンスのクオリティが上がってシドのパフォーマンスも向上するとか、そういう“自然と”の流れはいいんですけど、ソロでシドを見据えながらやっていくのは一度やめてみようと思って。素っ裸のマオで音楽をやってみたかったし、「habit」が初めて自分で全部プロデュースして作ったアルバムなのでマオ名義で打ち出したいなと思ったんです。

マオ

──そのアクションを起こすうえで、何かきっかけはありましたか?

ふとライブハウスツアーをソロでやりたいと思ったときに、フロアのお客さんがスタンディングでぐちゃぐちゃになっている画が浮かんだんです。ただ、今までのソロライブとはまったく逆の方向になるなと。それで急いで曲を作ろうと思ったんです。やりたいことに向かっているときって、すごい力を発揮できるというか。どんどん曲ができていって、アルバムにつながりましたね。

──今作にはハードロックの曲もあればジャズを取り入れた楽曲もあって、サウンドや歌詞も含めて幅広い内容になっていますが、コンセプトやテーマとして考えていたことはありましたか?

テーマを設けて制作したわけじゃないんですけど、完成した楽曲を1曲1曲聴いていくと、自分がこれまでの人生で影響を受けてきた音楽や、中学生や高校生の頃にやりたかったけど表現できなかったサウンドなんです。

──マオ from SIDとの差別化は意識されました?

マオ from SIDとマオが2つに分かれたというよりは、形態が変わったイメージですね。いかに差別化をするか?ということではなく、新しいものとして捉えています。大きな違いで言うと、自分で書いた曲に詞を乗せてることですね。初めての経験だったんですけど、やってみたらすごく書きやすかった(笑)。

──作曲はどのように進めていったんですか?

鼻歌でメロディを考えて、そこからキーを確認しました。キーに関してはすごくこだわっていて。シドでは絶対に出さない低音を入れて、今の俺にしか歌えない部分をどうやって出すか考えたり、俺が何も考えず楽しく歌えるキーはどこなのかを探ったり。とにかく、自分が歌いたいキーを探してわがままに作りました。

──シドでは作詞とボーカルに従事されていますが、全10曲の作曲を通して見えたご自身の作家性は?

そういうのはまだ全然見えてなくて。勢いで書いた10曲をそのままアルバムに突っ込んだ感じですね。多くのミュージシャンは高校生ぐらいで曲を書き始めてデモテープを作って、若いうちにどんどん曲を溜めてアルバムを出すのが普通だと思うんです。俺の場合はキャリアを重ねてきた分を一気にこのタイミングで放出するという。だからこそ作家性とかは全然なくて、とにかく「やっとできた」という感覚です(笑)。

「あそこからよくちゃんと形になったな」

──今作は新曲だけでなく、これまでマオさんとファンとの間で育まれてきた楽曲も入っています。中でも「最後の恋」が音源化されたのが個人的にうれしくて。

ああ、よかったです! 「最後の恋」の音源化はファンのみんなも喜んでくれていますね。

──2019年のファンクラブ向けの軽井沢旅行(「Welcome to mao's resort 2019」)で披露されていましたよね。

そうそう、そのときが初披露でした。

──MCで「初めて自分で作った曲」と言っていました。

うん、自分が作曲した曲を人前でちゃんと歌ったのはあれが初めてでしたね。そもそも曲の作り方が全然わかってなかったから、全部が手探りでした。自分のやり方が合っているのか間違っているのかもよくわからない状態で書いたんですよ(笑)。「最後の恋」の原型は誰かにお聴かせできるようなレベルじゃなくて、本当にヤバかったので「あそこからよくちゃんと形になったな」と思うぐらいです。とにかく作るのに時間がかかりましたね。

マオ

──「最後の恋」をアルバムのラストに配置されたのは、どんな思いがあったのでしょう?

自分が“初めて書いた曲”を経て、「やっとアルバムまでこぎつけることができた」という思いがあったんです。何曲目に入れてもおかしくはないけど、思い入れがあったので最後に置きたかったというのが大きいです。

──「最後の恋」以外のすでにライブで披露されている楽曲で言うと、「Closet」「恋の泡」「深海」もそうですね。ロックサウンドが多い中、昭和歌謡やジャズテイストの3曲がアルバムに入ることで、作品に振り幅が出ていて。

うんうん。アレンジもわりとアルバムに寄せたところがあったので、曲調は全然違うんですけど、あまり違和感はないというか。ただ聴いていて心地いい曲調というのは、それぞれの曲で意識しましたね。

“あの感じ”をマオがやってみたら?

──マオ from SIDの頃からライブで披露されている4曲と比べて、新たに書かれた6曲はたぎっている感じがして。明らかに作曲するモードが違うんだろうなと思いました。

そうですね。今挙げてもらった4曲を作っていたときは、ライブハウスツアーをやろうとは思っていなかった。

──新曲で言うと、どの曲を最初に書かれたんですか?

3曲目「縄と蝶」ですね。去年のクリスマスライブ(「Mao's Room Member's X'mas Party!! 2023」)の最後に「来年ライブハウスツアーをやります」と告知したんですけど、実はそのときにBGMとして「縄と蝶」のデモを流していたんですよ。そこで新曲の雰囲気を匂わせていたけど、さすがに誰も気付いてなかった(笑)。

──ハハハ。「縄と蝶」はヘビーなリフが印象的なラウドロックで、今までにないマオさんの一面を感じました。

ソロではまさにこういう曲がやりたかったんです。この曲はいいメロとかきれいなメロとかはあまり意識せず、ライブのノリだけをイメージして作りました。洋楽っていい意味で「メロが乗っかっているだけ」みたいな曲も多いじゃないですか。そういうほうが実は歌が乗りやすいと思ったので、そのへんを意識しましたね。

──歌詞は「花開いた 醜態 スローモーションで 鏡越しの 淫ら」をはじめ、ドキッとするフレーズが多いですね。

けっこうハードな歌詞ですけど、そこはライブをイメージして書いていて。ライブハウス特有のムンムンとした空気の中で、エロティックで攻撃的な曲を歌っている状況を想像しました。

──同じく強度のあるサウンドで言うと、僕はメロディアスなハードロックナンバー「最低」も好きです。

90年代って、ハードでメロディアスなサウンドのバンドがけっこういたと思うんです。俺もそういう曲は好きなんですけど、自分では作ってこなかったなと。「最低」は「あの感じを今やってみたらどうなるだろう?」という気持ちで書いた曲ですね。「俺が歌ったらどうなんだろう?」「俺が作ったらどうなるんだろう?」って。「絶対に今までの俺がやらないアレンジってどういうのだろう?」ということも考えてました。

──意中の人に愛されたいけど、それが叶わずに違う男で埋まらない愛を満たそうとする破滅的な描写が素晴らしいですね。

許されない恋とか、あまりいいとされていない恋愛とか、そういうものを題材にした小説やドラマって多いと思うんです。でも、音楽だとそこまで多くない気がして。最終的にいい恋愛に落ち着くか、一方的に責めるとかね。複雑な人間の心情を描いた歌詞ってあまり見ないなと思ったので、じゃあ自分で書こうと。

マオ

──「最後の恋」は純愛の曲ですけど、それと対照的なのが「縄と蝶」と「最低」ですよね。美しい世界観だけでなく、艶やかなヒリヒリするラブソングも書けるのがマオさんの特異なところだなと。

今になって思うのは、自分はバンドに限らずソロシンガーの曲も聴くし、ロック、ジャズ、R&Bなどジャンル問わずなんでも聴いてきて、その全部に影響を受けてきたんですよね。特定のジャンルやアーティストだけを聴いていたら、いい意味でも悪い意味でも幅が狭くなると思うんです。周りはバンドの曲ばかり聴いてたんですけど、俺はジャンルレスにいろんな音楽を通ってきた。そのことや、シドでたくさん歌詞を書いてきたことが今に生きてますね。

──アルバムの収録曲で言うと、どんな影響が強く表れていますか?

日本の80年代後半から90年代のパンクはいっぱい聴いていたので、そのへんの影響は大きくて。あと「恋の泡」の世界観に関しては、女性の切ない心情を歌うaikoさんの影響がかなり大きいと思います。今回のアルバムだとそのエッセンスは出ていないですけど、小沢健二さんも好きなんですよ。

──「縄と蝶」に関しては?

この曲の詞は、以前から本を読んでいたのが大きく影響していますね。エロスの匂いがする表現って、ついついストレートになりがちだと思っていて。一方で比喩ばかりだと、なんのことを歌っているのかわからなくなる。そのさじ加減って、頭の中にどれだけ言葉を持ってるのかで変わってくる。「縄と蝶」は本を読んでいないと出てこなかった歌詞だと思います。