音楽ナタリー Power Push - 牧野由依

「So Happy!!」な10年と次に続く道

正解はたくさんあっていいんじゃないかな

──アンコールでは、牧野さんが出演されたミュージカル「うたかふぇ」(2015年7月上演)からの1曲「わたしのオモチャ箱」も披露されました。10周年の直前にミュージカル出演という新しい挑戦もあり。

節目のタイミングで新しいことに挑戦させていただいたので、ライブに集まってくれた皆さんにも、その一部分だけですけどぜひお見せしたいなと思ったんです。

──その場面のMCでは「10周年を迎えてもまだまだやりたいことはあるし、目標にしている自分の姿もある」とおっしゃってましたよね。思い描いている自分の姿というのはどのようなものでしょうか。

牧野由依

いろんなことをやらせていただく中で、「私はこうじゃなきゃいけない」という考えが昔は強かったんです。例えば「こういう歌を歌うのなら、こう歌わなければいけない」とか。でも10年間を振り返ったときに、考え方はいろいろあってもいい、正解はたくさんあっていいんじゃないかなって。これはやっちゃいけないと決めてしまうよりも、できることをなんでも一生懸命やってみると言ったほうが楽しいんじゃないかなと思ったんです。歌とピアノと声優のほかにまた新しいことにチャレンジできる、フットワークの軽い人間になりたい。「多岐に渡りすぎたら浅い人間になってしまう」という気持ちよりも、「可能性がいっぱい見える人でいたい」という気持ちのほうが今は大きいんです。……それってコンプレックスだったんですよね、ずっと。幼少期からのプロフィールがすごくとっ散らかってるという印象が自分の中にあって。

──子役時代やピアニストとしてのキャリア(牧野は8歳にして岩井俊二の映画「Love Letter」の劇伴でピアノを担当。以降「リリイ・シュシュのすべて」「花とアリス」と続けて岩井作品の劇伴を担当した)を含めると、確かに幅広いですよね。

「なんの人なのかわからない」と思われてるんじゃないかなって。そういう迷いを持っていたままだったら、「ワールドツアー」の歌唱はもっと悩んだと思うんですよね。自分の中に今までなかった歌い方にどうやってチャレンジしたらいいのか。ないものを生み出す難しさにがんじ絡めになってたと思うんですけど、「楽しく歌えばいいんじゃない?」というすごくシンプルな答えに行き着いて。そうやって考え方が変わってきた自分がちょっとずつ反映されているのが「タビノオト」というアルバムなんです。プロデューサーの矢野(博康)さんと作業を進めていくうちに「こういうこともできるのか」と、遅まきながら自分の中でたくさんの発見ができた作品になりました。

プロデューサー矢野博康と最新アルバム「タビノオト」

──話の流れでアルバム「タビノオト」についても聞かせてください。矢野さんをプロデューサーに迎えたのは誰のアイデアだったんですか?

私からダメもとでお願いしました。土岐麻子さんの音楽からCymbalsにさかのぼったり、南波志帆さんの楽曲とかいろいろ聴かせてもらっていて。矢野さんが手がける作品は、矢野さんご自身の世界が色濃くありつつも、ボーカリストの声の特徴やチャーミングな部分は決して壊されることなく共存しているなあと思っていたんです。サウンド的にも、キャッチーで掴まれる部分と新しい世界を見せてくれるワクワク感が同時にあって。矢野さんが手がけた皆さんの作品を聴いて「すごいなあ」と思うけど、すごいと思ってるだけではくやしいので(笑)。

──いつかは自分の作品でも、と。

はい。よく「特徴がある」と言われる自分の声で、矢野さんの世界に飛び込んでみたいなと思って。「例えばアルバムを作るときに、矢野さんにお願いするというのは……」と恐る恐る意見を出してみたら、けっこうスルスルスルっと話が進んで。

──矢野さんはもともと牧野さんの音楽を知ってたんですよね。

ご本人と初めてお会いしたとき、矢野さんは今まで私がリリースしたアルバムを全部持ってきて「ずっと聴いてたよ」って言ってくださいました(笑)。

牧野由依

──これまでに牧野さんが発表してきた音楽の流れを汲みつつネクストを提示する上で、矢野さんをプロデューサーに迎えるというのはすごくいい采配だと思ったし、「タビノオト」は実際“牧野由依の新しい音楽”が詰まっているという印象でした。

やっぱり矢野さんとしても、今までの流れを継承しつつ、これまでとはまったく別の新しい世界も取り入れたいとおっしゃっていて。「どんなのがいいんだろうなあ」ってすごく悩まれてましたね。シングルなどの既発曲もある中でバランスを取るのも難しくて。でも「タビノオト」で1つの形を作ったあとで、矢野さんは「このあとは完全に新しい要素だけのコンセプトアルバムもやってみたいよね」って次の展開まで見据えてくださってました。

──先ほど「ワールドツアー」の歌唱がチャレンジだったとおっしゃってましたが、確かにどの曲もポップなんだけどメロディや展開が難解な曲が意外と多いですよね。

長く歌っていれば大体はこういうコードならこういうメロディが来るかな?という想像が付くことも多いんですけど、今回のアルバムはその考えが通用しない曲が多くて、何度も歌わないと体に入ってこないという感覚があって。でも、デビューしてからの何年かは毎日その繰り返しだったんですよね。その感覚を再び味わう戸惑いと同時に、楽しさがあって。もしかしたら音楽に対しては少しMなのかもしれない(笑)。

亀井先生の登場に思わず号泣

──ライブの話に戻りますが、アンコールではトイピアノを演奏しながら「オムナマグニ」を歌う場面もありましたよね。

ライブの前に「タビノオト」のジャケット撮影があって、そのときにたまたま撮影でトイピアノを使ったんです。それを思い出して「あのトイピアノ、ライブで使うのはどうかな?」って。「オムナマグニ」はグランドピアノで弾くと、あの危なげな感じがどうしても出しにくいんですよ。でもあのとき撮影で使ってなかったら、トイピアノで演奏するというアイデアは浮かばなかったかもしれないです。

──あとは最後の最後に学生時代の恩師が花束を持って駆けつけるというサプライズもあったり。

泣いちゃいましたね。高校の体育の先生なんですけど……。

──あ、ピアノのほうの恩師ではないんですね。

牧野由依デビュー10周年記念公演「Yui Makino 10th Anniversary Live~So Happy!!~」の様子。(撮影:ヨシダヤスシ)

音大付属だったので基本的に先生はみんな音楽の先生なんですけど、保健体育だけは別で。体育と生活指導は1年生のときからその亀井先生だったんです。高校ではまだ子役からの流れで仕事を続けてたので、なかなか学校に行けないときは相談に乗ってくれたり。先生のご家族も芸能関係のお仕事をされていたのもあって、ほかの先生方よりも仕事に対しての理解があったから、いつも相談に乗ってもらいました。しかも3年生のときは担任になって、なぜか大学でもエスカレーターでそのままお世話になって(笑)。大学の頃には今の仕事を始めたから、よく体育準備室に行って相談したり愚痴を聞いてもらったりしてました。

──あははは(笑)。音楽漬けの学生生活の中にあって、体育教師という距離感がまた特別な関係を生んでいたのかもしれないですね。

亀井先生はいつも「絶対に仕事は辞めちゃだめだし、ピアノも辞めちゃダメだ」と言い続けてくれて、苦しいときにも「がんばれ」とは言わずに見守ってくださっていました。でも、まさかライブに来ているとは思ってもおらず。お世話になったいろんなことや、お会いしていなかった時期に話したかったたくさんのことを顔を見た瞬間に一気に思い出して、紹介するのも忘れて号泣するという(笑)。

ライブDVD「Yui Makino 10th Anniversary Live~So Happy!!~」
2016年2月17日発売 / [DVD2枚組] / 5500円 / IMPERIAL RECORDS / TEBI-55376
DISC 1 収録内容
Yui Makino 10th Anniversary Live~So Happy!!~
  1. 夏休みの宿題
  2. 88秒フライト
  3. もどかしい世界の上で
  4. 碧の香り
  5. 春待ち風
  6. たったひとつ
  7. ウンディーネ

<クラシック・コーナー>

  1. 剣の舞(バレエ「ガイーヌ」より)
  2. 序奏と獅子王の行進曲(「動物の謝肉祭」より)
  3. 水族館(「動物の謝肉祭」より)
  4. 化石(「動物の謝肉祭」より)
  5. 終曲(「動物の謝肉祭」より)
  1. きみの選ぶみち
  2. ワールドツアー
  3. 囁きは"Crescendo"
  4. お願いジュンブライト
  5. ふわふわ♪
  6. Cluster

<クラシック・コーナー>

  1. わたしのオモチャ箱(ストレートプレイ・ミュージカル「うたかふぇ」より)
  2. 星に願うなら
  3. 今日も1日大好きでした。
  4. オムナマグニ
  5. アムリタ

収録:2015年8月22日赤坂BLITZ

副音声には牧野由依自身によるオーディオコメンタリー収録

DISC 2 収録内容
メイキング・オブ・Live~So Happy!!~
  • リハーサル映像やステージ裏の貴重な映像を収録(約23分)
最新アルバム「タビノオト」 / 2015年10月7日発売 / IMPERIAL RECORDS
初回限定盤 [CD+DVD] / 3564円 / TECI-1466
通常盤 [CD] / 3024円 / TECI-1467
ライブ情報
Yui Makino 30 Selection
2016年3月27日(日)東京都 恵比寿ザ・ガーデンホール
OPEN 16:00 / START 17:00
料金:全席指定 6480円(ドリンク代別)
一般発売:2016年2月20日(土)
ライブDVD「Yui Makino 10th Anniversary Live~So Happy!!~」リリースイベント
2016年3月13日(日)大阪府 アニメイト大阪日本橋
2016年3月18日(金)東京都 アニメイト池袋本店
2016年3月20日(日)愛知県 第3太閤ビル
牧野由依(マキノユイ)
牧野由依

7歳で岩井俊二(映画監督)に才能を見出され、同監督の大ヒット作品「Love Letter」「リリイ・シュシュのすべて」「花とアリス」3作品に、8歳から17歳にかけてピアニストとして参加。2005年にシンガーデビューを果たし、同年には声優としての活動もスタートさせた。デビュー10周年を迎えた2005年8月にはアニバーサリーライブ「Yui Makino 10th Anniversary Live~So Happy!!~」を実施。同年10月には通算4枚目となるオリジナルアルバム「タビノオト」を発表した。2016年2月には10周年ライブの模様を収めたライブDVD「Yui Makino 10th Anniversary Live~So Happy!!~」をリリース。3月には東京・恵比寿ザ・ガーデンホールで単独公演「Yui Makino 30 Selection」を行う。