ナタリー PowerPush - 牧野由依
ハイブリッドアーティストの本質は? 多彩な光を放つ新作「ホログラフィー」に迫る
牧野由依のEPICレコード移籍第1弾となるフルアルバム「ホログラフィー」が完成した。アルバムに先駆けて発売されたシングル「お願いジュンブライト」が資生堂「エリクシールホワイト」のCMソングに起用されたことで、これまで以上に大きな注目を集めているが、アルバムには「お願い~」をはじめとするキラキラしたポップソングから、重厚なクラシックの要素を取り入れた楽曲まで、バラエティに富んだ13曲が収録されている。
ナタリー3度目の登場となる今回の特集では、アーティストとしてのみならず、声優、ピアニスト、作詞・作曲家などさまざまな顔を持つ牧野由依の個性1つひとつにフォーカスを当て、アルバム「ホログラフィー」の魅力に迫った。
取材・文/臼杵成晃 インタビュー撮影/平沼久奈
手には取れないリアリティ
──4月リリースのシングル「お願いジュンブライト」が資生堂「エリクシールホワイト」のCMソングに起用されたことで、アーティスト牧野由依の存在が大きく広まったように思います。初めて牧野さんを取り上げるメディアでは“声優アーティスト”という部分にフォーカスが当てられることが多いと思いますが、ほかにも作詞家、作曲家、ピアニストとさまざまな側面がありますよね。
そうですね。今回のアルバムでもいろいろなことにチャレンジしています。
──さらには……非常にアーティスティックな作品世界とは真逆を行く「ニコニコ生放送」ではおなじみの“やさぐれ歌姫”の顔もあったり。
アハハハハ。いや、ギャップですよ! ギャップを楽しんでもらいたくて(笑)。
──最新アルバム「ホログラフィー」はまさに、牧野さんのさまざまな側面が詰まったアルバムになっていますよね。今回のインタビューではあらゆる側面をピックアップしながら、アルバムの核心に迫りたいと思います。以前、移籍第1弾シングル「ふわふわ♪」発売時のインタビュー(2010年3月)で、すでにアルバムに向けて少しずつ動いているとお話されてましたよね。
はい。曲を準備し始めたのは結構前なんですけど、実際にアルバムという最終着地点が具体的に見えるまではずいぶんかかりました。移籍のタイミングで「牧野由依とはどんなアーティストなのか」を改めて考えて、これまでになかったタイプの楽曲にもたくさん挑戦させてもらったので、ジャンルがかなり広がったんですね。これを1つのアルバムにまとめるのは、点と点を線で結んでくような作業なので、すごく大変でした。
──確かに、完成したアルバムはこれまで以上に多岐にわたる楽曲が収められています。まさに「ホログラフィー」というタイトルがぴったりなアルバムですが、このタイトルはどの段階で決まったのでしょうか。
アルバム全体のイメージを言葉にするのって、作詞とはまた違うんですよ。すごく迷ったんですが……私、ネイルサロンによく行くんですけど、ネイルにホログラムを使うのが好きなんですね。光の加減や角度によっていろんな色に変わるから、単調に見えなくてすごく面白くて。派手さもあるし、華やかだし、きらびやかだし、「どうなってるんだろう?」って思ったりもするし。なので「このアルバムはいろんな色を放つホログラムが13曲分散りばめられてるような内容だから『ホログラム』というタイトルにしたらどうかな?」と思ったんです。それで、ホログラムを作る技術とか、もうちょっと深く探ってみたときに「ホログラフィー」っていう言葉に行き着いて。
──素晴らしい着地点ですね。ジャケットも含めて1つのコンセプトアートになっているような。
ジャケットにはちょっとサイバー感を出したかったんですよ(笑)。
──サイバー感?
「ホログラフィー」という言葉自体が、心理学の世界で「実際見えているけれどもそこに存在しているかどうかわからない」っていう神秘性を含んだ言葉としてあるそうで。手には取れないリアリティみたいなのをちょっと出したいなと思ったら、サイバー感だなと(笑)。
プロデューサー/ボーカリスト・牧野由依
──そういった見え方、見せ方、曲の選び方まで牧野さん自身のイメージが反影されているという意味では、先ほど挙げたいくつかの顔の中に「プロデューサー」もあるのかもしれませんね。そういうプロデューサー気質は元々持っていたもの?
元々はたぶんなかったと思いますねー。どうなんでしょう。私は偶然のラッキーが重なって歌や声優のお仕事に巡り会えましたけど、最初は正直自分が何をしたらいいのかわからなくて、そこを探り当てるまでにすごく時間がかかったんですよ。子役時代からの考え方だと思うんですけど、周りにいいねと言ってもらえたり、ほめてもらえるからうれしくて歌うみたいな。「物もらえるからいい人!」とか(笑)、笑ってもらえたらOKみたいなところがあって。
──あー、そうか。アーティストとしての活動よりも先に、自我が芽生えるよりも前からお仕事を始めているんですよね。
そうなんですよ。それで移籍のタイミングやアーティストデビュー5周年という区切りの中で「牧野由依ってなんなんですか」って訊かれることも多くて。それはそうですよね。確かにやってることがとっちらかってるので(笑)。コンサートをやるようになってからは、自己紹介の意味もあってクラシックコーナーをずっとやり続けてるんです。いろんな仕事をしながらも「ピアノを弾く人であり続けたい」という思いは強くあって。試行錯誤しながらコンサートを続けるうち、用意してもらったアイデアに「ああしたい、これは嫌だ」とマイナスな消去法のイメージを伝えるよりは、自分でいろいろ提案したほうが早いと気付いたんです。
──自分のやりたいことをやる方法を探しているうちに、自然とプロデューサー気質が身についてきたわけですね。では、ご自身で「ボーカリスト牧野由依」についてはどう考えていますか?
うーん。そうそう、今回のアルバムを作る上で「歌録りをするまでに歌い方を確立させる」という目標があったんですよ。いろんなタイプの曲があるけれど、せっかく声優という仕事もやらせてもらっているのであれば、もっと歌詞を理解してもっとニュアンスを付けられるんじゃないかなとか。かと言ってニュアンスを付け過ぎると今度は自分の歌ではなくなってしまう。キャラクターソングになってしまうんですね。
──なるほど。
改めて自分の歌い方というものを研究しながら、ボイストレーニングに通ってみたり。
──牧野さんのボーカルはすごく独特ですよね。矛盾した言い方かもしれませんが「声量のあるウィスパーボイス」というか。
今回のレコーディングで、エンジニアの方が「日本人に少ない声だよね。その声は作ろうと思って作れるわけじゃないし、なくそうと思ってなくせるものでもないし、自分の財産だと思ったほうがいいよ」っておっしゃってくれたんです。それってありがたい言葉だなって。「この声も牧野由依が持っている武器のひとつとして考えていいのかもしれない」と、やっと思えるようになりましたね。
──「ホログラフィー」の中で、ボーカリストとして今までとは違う一面が出た曲を挙げるとしたら?
「Brand-new Sky」は今までと違う雰囲気が出せたかなと思います。ちょっと冷たささえも感じるようなクールな歌い方というのを意識していて。あと、歌うのがホンットに大変だったのは「hologram」ですね。
──ウィスパーボイスのフレンチポップスとエレクトロを融合したようなサウンドですよね。この曲がアルバムの中心に据えられていることに、何か象徴的なものを感じました。アルバムタイトルとも密接にかかわっている曲ですし、すごく印象に残ります。
ド頭でも良かったんですけどね。1曲目だとすごくインパクトがあるかなと思ったんですけど、遠ざかってく人もいるんじゃないかなって。レコード店で試聴して1発目にこの曲が出てきたら、ちょっとビックリしますよね。私だったらビックリするので(笑)、真ん中に入れたんですよ。
CD収録曲
- 春待ち風
- お願いジュンブライト
- Merry-go-round ~Album ver.~
- ふわふわ♪
- Cluster
- Precious
- hologram
- crepuscular rays
- 二度目のハツコイ
- Brand-new Sky
- 碧の香り
- 未来の瞳を開くとき
- その先へ
初回盤DVD収録内容
- 「お願いジュンブライト」ビデオクリップ
- Yui Makino Concert ~So Peace~@キリスト品川教会 グローリア・チャペル2010.12.16 ライブ&ドキュメンタリー映像収録
牧野由依(まきのゆい)
7歳で岩井俊二(映画監督)に才能を見出され、同監督の大ヒット作品「Love Letter」「リリイ・シュシュのすべて」「花とアリス」3作品に、8歳から17歳にかけてピアニストとして参加。2005年にシンガーデビューを果たし、同年には声優としての活動もスタートさせた。 2008年春に東京音楽大学ピアノ科を卒業し、2009年には事務所およびレコード会社を移籍。アーティストとして新たな第一歩を踏み出した。2010年3月3日にEPICレコード移籍第1弾シングル「ふわふわ♪」をリリース。同年8月には日本青年館でコンサートを行い、1200人の観客を集め大成功を収めた。2011年4月、EPOの作詞作曲によるニューシングル「お願いジュンブライト」をリリースする。この曲は資生堂「エリクシールホワイト」のCMソングとして、幅広い層に彼女の魅力をアピールするきっかけとなった。2011年7月、移籍第1弾アルバムとなる「ホログラフィー」を発売する。