槇原敬之|ほとばしる愛を詰め込んだマッキーの成分表

槇原敬之が10月23日にカバーベストアルバム「The Best of Listen To The Music」をリリースした。

これまでにカバーアルバム「Listen To The Music」「Listen To The Music 2」「Listen To The Music 3」を発表してきた槇原。今回のカバーベストはデビュー30周年プロジェクトの第1弾として発売したもので、既発の3作品からセレクトした13曲に、新録曲2曲を加えた全15曲が収められる。

音楽ナタリーでは、来年30周年を迎える槇原に現在の心境を聞きつつ、カバーベストの収録曲との出会いや楽曲に対する深い愛についてじっくり語ってもらった。

取材・文 / 小貫信昭 撮影 / 吉場正和

LOVEとLIFEをバランスよく

槇原敬之

──槇原さんは2020年にデビュー30周年を迎えられますが、こうした周年に関して「単なる通過点です」とおっしゃる方もいれば、「この機会に珍しい企画を考えています」とおっしゃる方もいます。槇原さんはどのようにお考えでしょうか。

気付けば30年も応援してくださっている方々がいるというのはすごくうれしいことですし、30周年でなければできないことがあるんじゃないか、と思っていますね。槇原敬之というものを、より若い世代の方々にも知ってもらえる機会があればいいんですけどね。

──デビューが二十歳過ぎの槇原さんにとって、この30年間は20代から40代までの軌跡でもありますね。

そうなんですよ。しかも1990年のデビューですから、区切りのいい年齢を迎えると、時代の区切りも、アーティストとしての周年もやってくるという。今年は50歳という区切りでもあるんですが、本音を言いますと「もう少し、まったり過ごせたらな」という気持ちもあります(笑)。でもそんなこと言ってはいけませんね! おかげさまで忙しくさせていただいているのは、本当にありがたいことですから。しかも30周年を迎える2020年は東京オリンピックの年でもありますし「世の中いろいろなことが重なるんだな」と感じています。

──30年間を通じて作風に変化はありました?

あったと思います。特にデビューして最初の10年間と、そのあとの20年間では変わりました。最初は“LOVE”というテーマを掲げて音楽作りに取り組んで、その過程で「ポップスにはもっとできることがあるんじゃないか?」と思い始め、作品の中で“LIFE”ということも意識し始めた。でも“LOVE”がなくなってしまったわけじゃなく、今は「この2つをバランスよくやっていけたらな」という気持ちになっています。

槇原敬之の成分表

──今回、30周年企画の第1弾として「The Best of Listen To The Music」がリリースされます。これまでに槇原さんが発表したカバーアルバム「Listen To The Music」(1998年10月発売)、「Listen To The Music 2」(2005年9月発売)、「Listen To The Music 3」(2014年1月発売)から選曲した13曲に、新録曲2曲が収録されます。

槇原敬之

そもそも「Listen To The Music」シリーズは僕が尊敬する音楽を自分なりに表現した作品で、それを30周年プロジェクトの一環に組み込むというのは面白いんじゃないかと思ったんです。これらはいわば自分の骨子となっているものですし、改めてここで「槇原敬之の成分表を示しておきたい」という思いもありましたから。

──成分表ならば、受け取る我々としてもアーカイブスの第1弾にふさわしいと思います。

そう言っていただけると、こちらとしては本当にうれしいです。

──今さらながらで恐縮ですが、なぜカバーアルバムに「Listen To The Music」と名付けてきたのでしょうか?

僕はミュージシャンとしてやってきましたが、音楽の“いちリスナー”でもあって、それは今でも変わりません。「Listen To The Music」というタイトルには、そういう意味も込めました。ただ僕は詞曲を書いてアレンジもして歌うという、いろいろなことをする立場でもあるので、気付いたらほかのアーティストさんの曲を聴くときに「こういう歌い方をする理由はなんだろう」「なぜこういうアレンジにしたのかな」と分析してしまうんです。で、ともかく素晴らしい曲を聴くと、それを分解して、カバーして「どれほどいい曲なのか?」と確認したくもなるわけです。そのように、客観的に音楽を楽しみながら作ってきたのがこの3枚です。実は未発表曲も含めると、デモ段階でのカバーは、ほかにもたくさんあるんです。勝手にカバーさせていただいて、クリスマスにカード代わりに友人に曲を送る、なんてこともしています。

──3枚を1枚にまとめる際、選曲はどうしたんでしょう。

槇原敬之

曲をおおまかに選んで、スタッフと「なぜこの曲を入れて、これは抜くんだ」みたいな話し合いを重ねましたが、そもそも好きだからこそカバーした曲ばかりなので、その中から際立って好きな曲を選びました。中には当時、初回限定盤にしか入っていなかった曲も収録して、面白い選曲になっていると思います。

──曲順を拝見すると「Listen To The Music」「Listen To The Music 2」「Listen To The Music 3」の収録曲、新録曲と、時系列で並んでいるようですね。時間が経ったものとか、やり直したくなったりはしませんでしたか。

もちろん出し直すにあたって「この曲はもう1回アレンジし直したいな」というのもありました。1曲目の「君に、胸キュン。」などは「あえてYMOの完コピでやり直そうか」なんてことも考えたんですけどね。結局それは、実現させませんでしたが。逆に「月の舟」などは「これはこのまま、いじらないほうがいい」と思って……もともと「Listen To The Music 3」に収録されていた「Hello, my friend」「時代」「Rain」「Missing」のカバーは、「Design & Reason」(2019年2月発売)でもタッグを組んだトオミヨウさんがアレンジしてくれているので、そのまま最近の僕という感じがしますね。

──レコーディング現場はいかがでした?

そもそもスタジオの雰囲気が違いました。「この曲、いいよねー」とか現場でしみじみ言いながらやってましたね。これが僕の新曲となると、そうもいかない。「この曲、いいよねー」と言ってくれるスタッフがいても、あくまで客観的に捉えつつ、曲を仕上げていくことが大事なので。でもカバーなら、みんなで夢中になって、まるでコピーバンドをやっているみたいに作業できますから(笑)。