真心ブラザーズが2年ぶり通算17作目となるオリジナルアルバム「Cheer」を10月14日にリリースした。アルバムには濃密なバンドグルーヴが押し寄せるリード曲「炎」や同調圧力への違和感を歌った「不良」など、「Cheer」というタイトルの通り“機嫌よく生きよう”というメッセージが伝わる全10曲が収められている。
音楽ナタリーではYO-KINGと桜井秀俊にインタビュー。「Cheer」の制作エピソードを中心に、コロナ禍による自粛期間をどう“ご機嫌に”過ごしていたかを語ってもらった。
取材・文 / 森朋之 撮影 / トヤマタクロウ
2兆40曲あります
──ニューアルバム「Cheer」、素晴らしいです。2020年の世相を映し出すような楽曲もあり、今の時代にふさわしいアルバムだと思いますが、お二人の手応えはどうですか?
桜井秀俊 僕はかなり手応えがありますけど、YO-KINGさんはそうでもないみたいですよ(笑)。
YO-KING あはは(笑)。もちろんいいアルバムなんだけど、「FLOW ON THE CLOUD」(2017年発表)、「INNER VOICE」(2018年発表)もよかったから。全部同じくらい素晴らしいと思ってます(笑)。
──なるほど(笑)。
YO-KING こういうオーソドックスな音楽がどう聴かれるのかはちょっとわからないけどね。そもそも真心ブラザーズ自体がどう思われてるかよくわからなくて。どれくらいの知名度で、どれくらい人気があるんだろう?とか、アルバムを出すたびに思いますね。まあ、それほど積極的にわかろうともしてないんだけど(笑)。
桜井 オーソドックスっていうのは、確かにそうかもね。真心ブラザーズがやってることって、普通っちゃ普通なので。
YO-KING 新機軸もないしね(笑)。
桜井 「がんばってこれをやってみました」みたいなものはないね。ただ神の見えざる手が後押ししてくれた感じがあるんですよ、今回のアルバムは。何年かに1回あるんだけど、そのバイオリズムみたいなものをいいタイミングでつかめたというか。今年の2月くらいから本腰を入れて曲を書き始めて……ほら、今年は時間があったでしょ? 「飲みにも行けないから、曲でも作るか」という感じでやってたら、自分が思った以上にいい曲がどんどんできて。YO-KINGさんはもともと多作なんだけど、僕もだいぶ調子がよかったですね。バンドと一緒にアレンジしてるときも、レコーディング中もずっといい調子で、マスタリングのときにいい音で聴いたら「これ、ハジけてるな!」と思って。
──コロナ禍による自粛期間中、調子を落としていたミュージシャンも多かったようですが、桜井さんはそうじゃなかったと。
桜井 そうですね。「みんなも曲をたくさん書いているだろうし、今年の秋以降、日本の音楽業界は豊作なのでは」と勝手に思っていたんだけど、「曲なんか作ってる気分じゃない」と言ってる友達もけっこういて。僕は違ったみたいです。
──YO-KINGさんはどうでした?
YO-KING 俺はね、「1日10分制作する」って決めてるんですよ。
──10分って短くないですか?
YO-KING 短いね(笑)。ただ「やりたかったら、いくらでも続けていい」というルールもあって。曲を作るのは楽しいから10分じゃ終わらないし、ずっとやってることもけっこうありますね。大変なのはやり始めることなんです。俺は1日にやることを細かく決めていて、「次はこれ、その次はこれ」って感じでロボットのようにこなしていくんです。そのタスクの中に「10分制作」も入ってるから、毎日決まった時間に機械のようにやり始める(笑)。そうすると「やっぱり楽しいな」と思って続けちゃうっていう。もう30年やってますから、初動を起こす方法がわかってるんだよね。実際、2月から4月あたりで40曲くらい作ったから。
桜井 ストックは2兆曲あるしね。
YO-KING そうそう。だから今はストックが2兆40曲あります(笑)。
──(笑)。それだけストックがあっても、曲作りのモチベーションは落ちない?
YO-KING うん。もともと飽きっぽい性格だから、それがいいのかもね。俺、本を30冊くらい同時に読むんだよ。
桜井 え、どういうこと?
YO-KING 読んでる本が30冊くらいあって、ちょっと読んで飽きたら違う本を読むんだよ。本って、面白い部分とつまらない部分があるでしょ? つまらない部分は1ページでやめちゃう(笑)。でも少しずつ読んでいたら、とんでもなく面白いところが読めるのも知ってるから。
桜井 なるほどね。
YO-KING 今って楽しいことがいっぱいあるから「これは違うな」と思ったらどんどん次に行って、そのときの自分に合うものを選べばいいと思うんだよね。そういう意味では、俺の時代が来たのかもしれない(笑)。
──音楽に関してはどうですか? 最近はイントロが短かったり、すぐにサビが来たり、聴き手を飽きさせない工夫を施している曲も多いですが。
YO-KING うーん……そこまでビジネスとしてやってないからなあ。
桜井 あはは!(笑)
YO-KING 8割くらいは趣味だからね。
──ほとんど趣味じゃないですか。
YO-KING じゃあ6割くらいかな(笑)。かなりの部分が遊びだし、ファンの皆さんもそういうところを好きでいてくれると信じてるので。もちろん売れたらうれしいけど、まずは自分がいいと思うことをやってますからね。「飽きさせないようにイントロを……」みたいなことはまったく考えない。
──トレンドも意識しない?
桜井 そうですね。10年くらい前、ヒャダインさんの曲を初めて聴いたときに「これに張り合ってもしょうがないな」と思ったんですよ。じゃあどうするか?って言えば、自分たちが好きなものを突き詰めるしかなくて。ももクロの音楽が好きな人が何かのきっかけで真心ブラザーズを聴いて、「このユルい音楽は何?」と思ってもらったほうがお互いにいいだろうなと。
YO-KING スッカスカだからね、真心のサウンドは(笑)。古いブルースばかり聴いてるからかな。
今、機嫌いい人はラッキーです
──「Cheer」というアルバムタイトルについても聞かせてください。普段からYO-KINGさんは「機嫌よく生きよう」と言ってますよね。ライブのMCでも「不機嫌な奴らに負けるなよ」とか。
YO-KING そんなこと言ってました? つい出ちゃったんだな。あんまり本音は言わないようにしてるんだけど。
──「Cheer」というタイトルは、YO-KINGさんの価値観がズバッと出てますよね。
YO-KING うん、本当にそのままですね。「機嫌がいい」って英語でなんて言うのかなと検索したら「Cheer」だったから、そのままタイトルにしました。自粛期間中、不機嫌な人が増えたでしょ? 周りに機嫌悪い人が増えたから機嫌よく生きてる人はさらに目立って、いいことがたくさんあると思いますよ。今、機嫌いい人はラッキーです(笑)。
──確かに、不機嫌になってイライラを他者にぶつける人が増えている印象はありますね。こんなときだからこそ、ご機嫌キープで生きたいですけど。
YO-KING そうだよね。機嫌がいい人って、それだけで偉いんだよ。生きてると自然に機嫌が悪くなっちゃうのが人間だから。機嫌をよくしようと思ったら、最初はがんばらないといけないしね。俺は小3くらいでそのことに気付いたから、もう相当やってますよ(笑)。でも、全然がんばったつもりはなくて、ずっと幸せでしたけどね。
桜井 いい人生だねえ(笑)。
YO-KING ただ俺が楽しそうにしてることで、誰かを傷付けたことはあったかもね。表現するってことは、誰かを傷付ける可能性があるから。そんなことは百も承知で曲を作っているわけだけど、鈍感さや強さはやっぱり必要でしょうね。かと言って、繊細な部分も残しておかないと表現できないこともあるし……ただ繊細なだけの表現はこれから弱くなる気がする。
──桜井さんもやはり「真心の音楽を聴いて、ご機嫌になってほしい」という気持ちはありますか?
桜井 もちろんありますよ。生きていれば切実なこともあるけど、そうでもないことを深刻に捉えすぎて、体が固まってうまくいかなくなるのはつまらないから。例えば洗いものをしながらこのアルバムを聴いて、「こうすればスムーズに洗えるかも」ってアイデアが浮かんだりしたら最高じゃないですか。それもクリエイトするってことだし、そういうお手伝いができたら素晴らしいなと。いろんな表現があるけど、音楽って、そういう力が断トツで強いと思うんですよね。
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桜井曲を歌うときは“無”