ラストシーンに2つの解釈
──ミュージックビデオの制作に関して、ピノキオピーさんはどういうオーダーを出したんでしょうか?
僕はMVのイラストを自分で描くこともあるんですが、今回はアニメーションを描いていただけることになったので、キャラクターデザインの原案を描いてお渡ししたんです。僕の曲によく登場する「アイマイナ」というキャラクターがいるんですけど、アイマイナの髪飾りに似たミクを描いてもらえたら、僕のミクっぽくなるかなと思って(笑)。MVの冒頭でミクのフィギュアが割れて中から僕が原案を描いたミクが出てくるんですが、このミクはクリエイターやファン、それぞれのミクが出てくるという意味なんです。これは僕の曲だからMVでは僕のミクが出てきますけど、ライブで聴いたときにはみんながそれぞれ思い描くミクが出てくるようになればいいなあと思って。
──MVの中で初音ミクの映像に時折ノイズが入りますよね。MVの中でタピオカが描かれているシーンもあって、「流行り廃り」みたいなメッセージも込められているのかなと思いました。
2020年のテーマソングだから、最近流行しているものを入れることを提案していただいて。確かに数年経ったときにテーマソングのMVを見返して、「ああ、そういえばあのときタピオカが流行っていたね」みたいに思い出してもらうのもいいかなと思ったんです。流行り廃りというキーワードに関してはボカロも一緒で、これは当然のことなんですけど、初音ミクというものに飽きてしまう人もいると思うんです。それだけじゃなくて、表現の手法として初音ミクが必要なくなる方もいると思いますし。そういった方々にとって初音ミクが必要となくなる日が来るかもしれないから、最後のシーンでは初音ミクのフィギュアが棚から消えているんです。ただここにはもう1つの解釈を用意していて、もしかしたらフィギュアだった初音ミクが実態として動き出したのかもしれない、というようにも受け取れるんです。観た人が感じたほうで解釈していただけたら幸いですね。
──これまで何度も語られてきたと思いますが、ボーカロイドの流行り廃りについて、ピノキオピーさんはどう考えていますか?
僕が活動してきた10年の中でもボカロ界隈でいろいろな流行り廃りがあったと思うんですけど、あまり渦中にいた感覚がないんですよね。曲を上げるペースも好き勝手にやっていたし、BPMが速い曲の再生数が伸びる傾向にあったというのがわかったとしても、そういう曲ばかり作りたいわけじゃないから自分が書きたい曲も作るけど案の定再生数が伸びない、みたいなことを繰り返してましたから(笑)。僕は好きなものがたくさんあって、それを曲として生み出しているだけなので、やっぱりムーブメントの中心にいた感じはしないんです。でもこうやって今公式のお仕事をいただけているのは間違いなくムーブメントがあったからだし、イベントを盛り上げたいという気持ちは僕自身も持っているので、ムーブメントとまったく関係ないところにいるわけではないという感覚ですね。
惑星ですらなかった
──歌詞の中に「惑星ですらない デブリの海で」という一節があって、SNSではハチさんが手がけた「砂の惑星」を意識していると触れられています。実際どうなんですか?
まず誤解しないでほしいのが、僕はハチさんの曲も米津玄師さんの曲も大好きなんです。だから「ディスっている」とかでは全然なくて、もっと言えば「砂の惑星」に対するアンサーとかいうつもりでもないんです。どちらかと言うと「砂の惑星」より僕のほうがひどいことを言ってますから。「砂の惑星」に関しては賛否両論ありましたが、僕はもともと「惑星すらなかったじゃん」と思っていたので、惑星があったと考えてもらっただけで優しいなと思って(笑)。僕のイメージではボカロとか動画の文化って、デブリのようなものが散り散りにあって、それが集まって、それぞれにとって都合のいい惑星が見えていただけなんじゃないかと思うんです。特にボカロが出始めた初期の頃は自由にメチャクチャやってる人がたくさんいて、本当に有象無象という感じだったから。
──確かにボカロが出始めた頃は、ただ言葉を発するソフトとしてネタ的な動画を公開する人も多かったですよね。
そうそう。でもちゃんとした曲を歌わせる人が増えていくことで、自分の作風というものをボカロに託す人が増えていった。それと並行して、自分を表現したいというより自分の名を知らしめたいという人もけっこう増えたなあと思っています。それはそれで、ボカロという文化がそれなりに注目されて、人が集まるような土壌ができた証拠だとも思います。ただ僕はニコニコ動画のような場所でキワッキワな表現をしている人たちが大好きで。「ボカロを使っているのに、この人は何をしてるんだろう」みたいな(笑)。「惑星ですらない」状態もそれはそれでいいことだし、僕にとっては今も昔もボカロ文化の面白いところだと思ってます。
──ちょっと話は逸れてしまいますが、多数のクリエイターがニコニコ動画からYouTubeに表現の場を移していることに対してはどう感じていますか?
YouTubeのほうが再生数が増えて、しかも海外の人に届きやすくなっているんですよね。僕個人としてはそのほうが好ましいんですが、YouTubeには充実したランキング機能がない。ニコニコ動画は各カテゴリごとにランキングが用意されていて、その中でそれぞれのクリエイターが切磋琢磨を繰り返してきた感覚があって。ランキングがあることでボカロの文化、動画の文化がどんどん成長してきたことは間違いないので、これから先どうなるかがちょっと見えにくいなと思っています。
ボカロがなければ出てこれなかった
──ボーカロイドを表現の手法として選んだことで、ピノキオピーさんのアーティストとしての人生はどう変わったと思いますか?
僕はボカロと出会ってなければ、音楽で生活できるようにはならなかったと思うんです。先日、高校時代の友達と10年ぶりに話す機会があって、当時僕が渡した自作CDの音源をその友達が持ってたんですよ。そこには僕が歌った曲が入っていたんですが、それがまあひどくて(笑)。こんな歌で音楽やっていけるわけねえ!ってすごく思いました。バンドも組んだことないし、音楽的素養がゼロだったわけですから、普通に戦ったら僕なんてすぐ終わっていたはずなんですよ。でもボカロで曲を作り始めてそのおかげで成長できて。結果として音楽で生活できるようになったわけですから、僕はボカロがなかったら出てこれなかったという意識がものすごく強いんです。
──今となっては工藤大発見でご自身が歌っているわけですから、感慨深いですね。
1周回って自分で歌うようになれたのもボカロのおかげだと思います。僕、最初はボカロが好きじゃなかったんですよ。バンドとか泥臭い音楽が好きだったから、初音ミクにアイドルソングを歌わせるのが流行っているときは興味がなくて。でもアゴアニキPとかが作る曲を聴いたときにボカロにも泥臭い人間の臭いがし始めて、それで興味を持って界隈に入ってきたんです。だから、僕のことを「ボカロへの愛が深い」と言ってくれる人もいるんですけど、そう言われるとちょっとむず痒くて、まっすぐな愛ではないかなと思います。月日を経て、気付けば僕にとってなくてはならないものになっていったという感じです。
──ピノキオピーさんにとって初音ミクは今、どんな存在ですか?
やっぱり「恩人」ですね。すごく恩を感じています。あ、でもボカロだから「人」は変か。「恩機械」とか「恩ボカロ」になるのかな(笑)。
イベント情報
- 初音ミク「マジカルミライ 2020」
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- 2020年11月27日(金)~29日(日)大阪府 インテックス大阪 3号館・4号館・5号館A
- 2020年12月18日(金)~20日(日)千葉県 幕張メッセ国際展示場 9~11ホール