初音ミク「マジカルミライ 2020」特集 ピノキオピーインタビュー|恩人の目線で作る“初めて”の公式テーマソング

11月から12月にかけて大阪および千葉で、「初音ミク」たちバーチャル・シンガーの3DCGライブと、創作の楽しさを体感できる企画展を併催したイベント「初音ミク『マジカルミライ 2020』」が開催される。

今年のテーマソング「愛されなくても君がいる」を提供したのは、「すろぉもぉしょん」「すきなことだけでいいです」といった楽曲で知られるピノキオピー。ライブでボーカロイドの歌声に自身のボーカルを重ねるスタイルを築くなど、ボカロPでありながらボーカロイドというソフトウェアと独特の距離感を取り続けてきた彼は、どのような思いを持ってイベントのテーマソングを完成させたのか。「マジカルミライ」という初音ミクたちの祭典を彩るテーマソング制作の裏側に迫った。

取材・文 / 倉嶌孝彦

ボカロと歌う理由

──音楽ナタリーではこれまでも「マジカルミライ」の特集を何度か組んできたんですが、テーマ曲を担当した方々の多くがボカロの声に自分の声を重ねて歌っているんですよ。その手法をいち早く取り入れてライブをしていたのがピノキオピーさんだなと思いまして。

ピノキオピー

確かにそうですね。2014年頃からライブでは積極的に初音ミクの声と自分の声を合わせて歌ってました。ただ僕が最初に始めたわけでもないので、あまり偉そうには言えないんですが(笑)。

──ライブに限らず、ピノキオピーさんの「HUMAN」(2016年11月発売の3rdアルバム)という作品では積極的にご自身のボーカルとボカロの歌声を重ねていますよね。アルバムタイトルも含めて、ボカロとの距離感の捉え方がすごく特殊なクリエイターであるという印象を持っていました。

「HUMAN」を出した当時は「ボカロ」というだけで拒否反応がある人が多かったというか、ボカロを前面に出すと音楽が届かない可能性があることにすごくもったいなさを感じていたんです。それとボカロとのデュエットってBUMP OF CHICKENの「ray」とか、安室奈美恵の「B Who I Want 2 B」とか、界隈の外の人は意欲的にやっていたのに、界隈の内側の人があまりやってなかったんですよね。僕はそれに対して違和感があったから、だったら自分でその線引きを超えてやろうと思っていました。

──その考えは、今年に入ってピノキオピーさん自身が歌う「工藤大発見」というソロプロジェクトをスタートさせたことにも関係があるのでしょうか?

工藤大発見を始めたことに関してはあまり深い理由がなくて(笑)。シンプルに10年のキャリアでやってないことはなんだろうと考えたとき、自分がソロで歌うことだなと思ったからなんです。30歳を超えてきたあたりで、どうせやるならある程度若いうちにやっとかないとなと思って、歳のことを考えて始めました。

──なぜ新しい名義を用意したんでしょうか? もともと自身の声を曲に入れていたので、ピノキオピー名義でも成立すると思いますが。

僕の中では「ピノキオピー=ボカロを使ったアーティスト」というイメージが強くて、ボカロを使わないのであれば新しい名義が必要だと思ったんです。まだ曲数が少なかったらピノキオピーとしてやっていたかもしれないんですけど、すでに相当数の曲を発表してきて、ソロで歌い始めるにはもう曲を作りすぎてしまったので(笑)。ピノキオピーとは切り離した存在として工藤大発見を始めました。

奇跡のバランスで生まれたボカロ

──「マジカルミライ」のテーマソングのオファーがあったとき、率直にどう思いましたか?

最初は耳を疑いました(笑)。まさか公式のオファーがあるとは思ってもみませんでしたから。でもシンプルにうれしかったですね。10年前にボーカロイドを使って曲を作り始めたとき、僕は曲の作り方もコードも、ミックスのことも何もわかってなかったんですよ。初期衝動だけで曲を作り始めた僕がある程度曲をちゃんと作れるようになって、公式からテーマソングのオファーをいただくようになったわけですから、本当に喜ばしいことだなと思いました。

──ピノキオピーさんに白羽の矢が立った理由はなんだと思いますか?

なんでしょうね。長い間ボーカロイドで曲を作っていたことと、それと僕はほとんどボカロを変えずに初音ミクを使い続けてきたんですよね。「こんなにミクの曲を作っているなら1回やらせてみるか」と思ってくれたんじゃないですかね。長いことボカロPをし続けてきたことに対するギフトかなと勝手に僕は思っています。

──いろいろなボーカロイドがある中で、ピノキオピーさんが初音ミクを使い続けてきた理由は?

ピノキオピー「愛されなくても君がいる」MVのワンシーン。

誤解せずに聞いてほしいんですけど、初音ミクの声ってちょっと間が抜けているんですよ。その気が抜けた感じが僕はすごく好きで。カッコよくないし、かわいいだけでもない。でも人が歌うと出せないニュアンスを表現できるのが初音ミクだと思っています。ほかのボカロはもっと得意がハッキリしているんですよね。するどい声とか、カッコいい声とか、ちょっと切ない声とか。初音ミクは何かに特化しているわけじゃなくて、奇跡のバランスで生まれたボカロなんですよ。Mitchie Mさんとか、すごい調声技術を持っている人はもちろんちゃんと歌わせることができるけど、普通に使うだけだと間抜けというかユーモアのある歌声になっちゃう。でもみんなから「歌姫」として祭り上げられてしまっている感じ。そのギャップに僕は惹かれている部分もあって。

──今ピノキオピーさんにはソフトウェアとしての観点で語っていただきましたが、もしかしたらキャラクターとして初音ミクを見たときの観点が入ることでそのギャップが生まれているのかもしれませんね。

そうだと思います。キャラクターの造形としてはすごくよくできていて。丸を書いて長いツインテールを付けるだけでミクっぽくなるんですよね。その造形をどんなにデフォルメしてもミクに見えてくる。そこも含めて初音ミクは奇跡のような存在なんだと思いますね。