僕が信じた初音ミクの姿
──そもそもsasakureさんが初音ミクをテーマに据えて曲を書くのは珍しいですよね。
僕がボーカロイドで楽曲を制作するときには「ボーカロイドである」というをコンセプトに曲を作ることが多いですが、確かに「初音ミク」をテーマにして、ここまでクローズアップした曲を書くのは初めてですね。初音ミクが初音ミク自身のことを歌っているというか、僕が見た、僕が信じた初音ミクの姿をみんなに伝えたくて。
──sasakureさんは初期の頃からいろんなボカロを使っていますが、初音ミクの使用頻度が一番高いですよね。なぜ初音ミクを使い続けるんでしょうか?
何をしても許されるというか、どんなクリエイターの要望にも応える初音ミクの在り方がすごく面白いと感じています。初音ミクは表現の幅が広くてどんなジャンルでも、それこそロックでもバラードでも、なんなら面白いネタ曲とかでも歌いこなしてくれる。どんな歌を作られようとも拒まない。すべて受け止められるだけの力を一番持っているのが初音ミクだと思います。大げさに言えば、初音ミクにはすべてを救う存在であってほしい、と僕は考えています。
──「フューチャー・イヴ」の中では「ずっと近くで歌っている」と書かれていますが、それとは対照的に「ずっと遠くの場所にいる」とも書かれていますよね。sasakureさんにとっての初音ミクとの距離感の複雑性を表しているようにも捉えられますが。
クリエイターである僕の思う通りに歌ってもらうことができるから、初音ミクというのはすごく近い存在だと捉えることができる。でも、その初音ミクに触れることはできないし、初音ミクはこれから先もずっと歳を取らずに存在し続けるとするならば、未来の住人のようにも捉えることもできて、めちゃくちゃ遠い存在とも言えるなと。矛盾したようなことかもしれないけど、歌詞に書いたような親近感と距離感、どちらも嘘偽りなく感じることなんです。
──もしボーカロイドというものがなかったらsasakureさんはどうなっていたと思いますか?
そもそも僕が歌詞を書くきっかけになったのがボーカロイドという存在なんです。ボカロがなかったら、“人間以外のもの”に興味を持って歌詞を書くようなことはしなかったかもしれないですね。例えば「*ハロー、プラネット。」のように、世界観から曲を作ることもなかったろうし。そう考えると僕の創作の根幹にボーカロイドというものがあるような気がします。
理想の表情をした初音ミク
──ミュージックビデオはどのように作られたんですか?
僕がけっこう物語から考えるタイプなので、自分で考えたストーリーと要点を伝えて、そこを起点に動画クリエイターの革蝉さんに委ねた形ですね。革蝉さんがこの曲を気に入ってくれて、「レトロフューチャー」というイベントのテーマと僕の「フューチャー・イヴ」という曲をすごく掘り下げてくれて。革蝉さんのオリジナル要素とかもけっこう入っているんですよ。
──例えばどのあたりでしょうか?
MVの随所に登場するビスマス結晶のイメージとか。あと、ロケットを使った演出も革蝉さんのアイデアです。これは意図したことではあるんですが、歌詞にいろんな意味を詰め込んでしまったから、いろんな解釈ができる曲になっているんですよね。そういう曲のMVを1人のクリエイターに委ねることで、映像として1本整ったものになった感覚があって。それと、これはちょっとネタバレになってしまうんですが、長い距離を経て初音ミクがマスターと再会するシーン。ここのミクの表情が、僕が考える一番の理想の表情で描かれていたんですよ。それにビックリして。
──その部分はsasakureさんが要望を出したわけではなかったんですね。
はい。革蝉さんにお任せで描いてもらったところです。個人的にすごく好きなシーンなので、何度もそこを再生しています(笑)。
いろんな世代に広がる「マジカルミライ」
──Vtuberという新しい文化が生まれるなど、インターネット上での流行はここ数年で目まぐるしく変化していますが、長年ネット界隈で活動しているsasakureさんから見て、ここ数年の変化をどう感じていますか?
ボカロに関して言えば、発売から10年以上経っていろんな人に浸透していった感じがあって。例えば「マジカルミライ」の現場で言えば、最近はいろんな年代の方が観に来てくれるようになっていると感じています。親子で応援してくれる人たちもいるし、おじいちゃんがペンライトを振ってくれるところを目にすることもある。それがすごくうれしいですね。それと、これは新たな流行とも言えるバーチャルYouTuberに関して思うことなんですが、Vtuberってボカロ曲と相性がいいと思っています。
──「相性がいい」というのは?
そもそもボーカロイドに歌わせることを前提として歌詞を書いていたから、生身の人間が歌うよりも、バーチャル化された人に歌ってもらったほうが聴きやすい感覚があります。ボカロとは違う形で人間に近い存在だからこそ、表現できることもあるんだな、という発見があって。だから僕も応援させてもらっています。
──最後に、sasakureさんが今年の「マジカルミライ」で特に楽しみにしていることはなんですか?
「フューチャー・イヴ」という楽曲をどういう気持ちで聴いてくれるのかを、観に行けるのがすごく楽しみですね。先ほどMVのところで話したように、いろんな解釈ができるように作ったので、うれしいという気持ちにも、切ないという気持ちにも捉えられる。そんな曲が「マジカルミライ」というイベントでどう響くのか、すごく楽しみです。
ライブ情報
初音ミク「マジカルミライ」10th Anniversary
- 2022年8月12日(金)~14日(日)大阪府 インテックス大阪 4号館・5号館A [ライブ・企画展]
- 2022年9月2日(金)~4日(日)千葉県 幕張メッセ国際展示場 9・10・11ホール[ライブ・企画展]
- 2023年2月4日(土)~5日(日)北海道 札幌文化芸術劇場 hitaru[ライブ]
プロフィール
sasakure.UK(ササクレ・ユーケー)
2007年よりボーカロイドを使った楽曲を投稿しているボカロPであり、映像制作やイラストも手がけるマルチクリエーター。2010年には、1stアルバム「ボーカロイドは終末鳥の夢を見るか?」をリリース。2011年には自身がプロデュースするバンド・有形ランペイジを結成し、自身もメンバーの一員として活動している。2011年には土岐麻子のオールタイムベストアルバム「BEST! 2004-2011」にリミキサーとして参加。また2014年3月には矢野顕子のアルバム「飛ばしていくよ」に楽曲を提供するなど、さまざまなアーティストの音源制作にも携わっている。2022年8月より全国3都市で開催されるイベント「初音ミク『マジカルミライ』10th Anniversary」にテーマソングとして「フューチャー・イヴ」を提供した。