歌はずっと昔から、新しいことに挑戦してる音楽と一緒にあった
──さっきの荒内くんの話で、新宿を起点にして、前野さんから今のジャズまで発想がつながるっていうのも、面白いです。
前野 そこにつながってくれたのは、本当にうれしかったですね。荒木一郎さんはジャズから入って歌の世界に向かった人だし。僕が好きな俳優の殿山泰司さんも新宿のPIT INNによく行ってて、エッセイとかでジャズの話ばかりしてたし。ジャズって自分の歌や演奏からは遠いけど、自分が好きな人がジャズと関わってるっていうことにすごく興味があったので、荒内くんが僕から最新のジャズをイメージしてくれたというのはよかった。
荒内 今回のアルバムでほかの3曲をアレンジしてる岡田拓郎くんも何かのインタビューで「ジャズの人が叩くエイトビートがやっぱり違う」って言ってたけど、本当にそうなんです。岡田くんは石若駿(CRCK/LCKS)くんのエイトビートを例に出してたけど、僕も同じことを考えてて、今回のレコーディングは「松下マサナオさんにエイトビートを叩いてもらったらいいだろうな」って思ってました。本当にちょっとしたニュアンスでジャズっぽさが入ってくるんですけど。逆に言うと、今回の曲を聴いて、メンバーたちがオーセンティックなアプローチにしようとしていたので、「もっと自分のフィールでやってください」ってお願いはしました。
──参加メンバーはみんなスキルがあるから職人的にもできるけど、そうではなく自分の持ち味でやってほしい、と。
荒内 そうなんです。ただのビンテージっぽくなるのはいやだったんで。
──前野くんも、今回のプロデューサーの人選(荒内佑、岡田拓郎、武藤星児、石橋英子)には何かしらこだわりがあったんですよね。アプローチとしては歌謡曲を意識しての分業かもしれないけど、その色に染まりきりたいわけではなかったと言うか。
前野 それだったら荒内くんには頼んでないでしょうね。やっぱり新しい音楽を目指してる人にプロデュースをお願いしたかった。歌ってずっと昔から、新しいことに挑戦してる音楽と一緒にあったはずで、これからも新しい音楽と共にないといけない。そういう気持ちが自分にはあるんですよ。それと、ここ何年かの僕は、ジャズのフィーリングで歌うっていうのがすごくクールでカッコいいなと思うようになっていて、荒内くんにお願いしたのはその影響がすごくあるかもしれないですね。この4年半アルバムを出してない期間にいろんな歌を聴いて、自分の好きな歌も変わっていったし、歌の乗せ方の細かい技術にわりと耳が行くようになってきたんです。例えばちあきなおみさんは、ちょっとだけリズムを遅らせて発声したり、さらっとそういうことをやってて、めちゃくちゃうまいんですよ。
──そういう志向をより実現しやすいキャンバスを用意してくれる存在が、今回の人選なんですね。
前野 相棒探しの旅、みたいなことですかね。新しい歌はいくらでも書いて作りたいので、「相棒がいたらどんどんできるのにな」という気持ちで選びました。
──その相棒として、まずceroを思い付いたと。
前野 ceroにお願いしたいと思ったのはLIQUIDROOMのライブを観たときだけど、「ユリイカ」のcero特集号(2017年8月号)に文章を書いたときにも、街を歩きながら改めてceroの作品全部を聴き直して、「今の時代を肯定してる感じがすごいな」と思ったんですよ。普段、自分が都会を憎らしいと思う瞬間も、ceroの音楽を聴きながらだとすごく肯定できるようになる。そういうことにワクワクしましたね。聴いていると街がうねうねと踊り出すと言うか。僕は言葉でそれをしようとしていたけど、音楽でこんなに街と絡み合うことができるなんてすごいなと思って。そのときにお願いしたい気持ちがさらに強くなりました。
──奇しくも、2人とも街を歩きながらお互いの音楽を確認したという。
荒内 最初の打ち合わせのときにも前野さんは今みたいな話をしてくれたんです。ひさしくそういう感想を人から聞いてなかったからすごく新鮮で。最初は冗談かなと思ったけど(笑)。
前野 冗談っぽくなっちゃうんだよね、顔が(笑)。
荒内 でも途中からこれはマジだと思って、うれしくなりました。
前野 「ユリイカ」に僕が書いたエッセイはceroへのラブレターですから。
次は全曲トータルプロデュースしてみたい
前野 「今の時代がいちばんいいよ」のアレンジは意外でした。あんまりもとの弾き語りのリズムから変えようとしてなかったよね。ガラッと変えてくるのかと思ってたけど。
荒内 ソングブック(2015年12月発売の「今の時代がいちばんいいよ」。CD+歌詞集という形態で発表された)に収録したほうの「今の時代がいちばんいいよ」があるじゃないですか。あのときの3拍子でやってるバージョンがすごく好きだったんだけど、今回前野さんから来たデモは4拍子になってたんですよ。それはそれでよかったんですけど、前のほうが言葉と歌が生きてると思った。さらにキーも変わってたんでそれもお願いして元に戻してもらいました。半音の差ですけど、ギターの鳴りが瑞々しくてそのほうが曲に合ってたので。そのときに「このリズムで歌を一番生かせるのは、ジャズメンたちを入れた編成だな」と思ったんです。ロック的なアプローチじゃない方向で、なおかつ勢いがあるもの、と。今思えば、そこも今回の僕のアレンジの起点でした。
──「今の時代がいちばんいいよ」は「ceroを聴いて今の時代を肯定してる音だと感じた」という前野さんのエピソードと交錯するフレーズですよね。
荒内 いや、すごいですよ。「今の時代がいちばんいいよ」って言えるのは。「今の時代が最悪だ」って言うのはたやすいですから。
前野 俺も、ceroの新作(2018年5月発売のアルバム「POLY LIFE MULTI SOUL」)を聴かせてもらったんですけど、すごくスポーティで、オリンピックを見据えててさすがだなと思ったよ(笑)。「魚の骨、鳥の羽根」って曲が特にスポーティでした。人の体の中にある動物的な感覚を音楽で突っつくっていうのは本当に理想的ですよね。人は魚から進化したという説があるじゃないですか。この曲を聴いていると自分の中にあるはるか昔の起源を想起させると言うか、「俺の中にも魚の部分がどこかに残ってるんだな」って気持ちになる。今のceroはすごいところに行ってるなと思える曲ですよ。「肉体はポエジーなんだ」と思わせるのがceroの音楽。この感想は俺しか言えないかな。
荒内 すごいですね。考えてきたんですか?
前野 勝手に出てきちゃうんでね……いや、本当はちょっと考えてきたけど(笑)。
──今の話ももっと広がりそうだし、何よりこの2人の仕事を今回の2曲だけにしておくのはもったいないですね。
前野 今までもそんなに遠い関係なわけじゃなかったし、もっと昔に荒内くんにお願いしようと思えばできたんだろうけど、自分にいろんな音楽や歌を聴く期間がなければお願いできなかったと言うか。今は“歌うたい”として荒内くんにプロデュースをお願いできるところまで自分がやっと来たのかな、という自覚があるんです。だから荒内くんに歌をいっぱい渡したいですよ。なんならもう僕は歌詞だけでもいい。曲も作ってほしい。そのやり方で荒内くんがどういう曲を作ってくるのかも試してみたいですね。
荒内 前野さんもすごいメロディメーカーじゃないですか。すごいキャッチーな曲を作るし。でも実は、僕も荒木一郎が好きで、人前には出してないですけど昔、荒木一郎を意識して作った曲もあるから、そういうのでよかったら。
前野 本当? 歌詞はいっぱいあるんで。今すぐにでもまた荒内くんとやりたいですね。
荒内 すごい楽しかったから、次は全曲でもやりたい。僕は本当はアートワークとかミュージックビデオとかなんでも口出ししたい人だから、全部トータルでプロデュースしてみたいです。
- 前野健太「サクラ」
- 2018年4月25日発売 / felicity
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[CD]
2700円 / PECF-1150
- 収録曲
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- 山に囲まれても
- 今の時代がいちばんいいよ
- アマクサマンボ・ブギ
- 嵐~星での暮らし~
- 夏が洗い流したらまた
- マイ・スウィート・リトル・ダンサー
- 大通りのブルース
- SHINJUKU AVENUE
- 虫のようなオッサン
- 人生って
- いのちのきらめき
- ロマンティックにいかせて
- 防波堤
- 「初恋 横浪修×前野健太 写詩ン集」
写真:横浪修 / 詩(うた):前野健太 - 2018年5月31日発売 / スペースシャワーネットワーク
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[書籍] 2700円
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アルバム「サクラ」のジャケットを撮ったフォトグラファー・横浪修が撮影した写真に、前野健太が書き下ろしの詩を寄せた写真集。
公演情報
- 前野健太 ニューアルバム 「サクラ」 発売記念ツアー ~開花宣言~ <バンド篇>
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- 2018年5月20日(日)東京都 WWW X <出演者> 前野健太バンド(前野健太、伊賀航、石橋英子、ジム・オルーク、ジョータリア)
- 2018年5月31日(木)福岡県 BEAT STATION <出演者> 前野健太バンド / ハンバート ハンバート
- 2018年6月1日(金)広島県 広島CLUB QUATTRO <出演者> 前野健太バンド / ハンバート ハンバート
- 2018年6月2日(土)大阪府 Shangri-La <出演者> 前野健太バンド / シャムキャッツ
- 2018年6月3日(日)愛知県 伏見JAMMIN' <出演者> 前野健太バンド / シャムキャッツ
- 前野健太 ニューアルバム 「サクラ」 発売記念ツアー ~開花宣言2~ <ソロ対バン篇>
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- 2018年6月7日(木)宮城県 Rensa <出演者> 前野健太 / 竹原ピストル
- 2018年6月22日(金)北海道 BFHホール <出演者> 前野健太 / スカート
- 2018年7月7日(土)沖縄県 桜坂劇場 ホールA <出演者> 前野健太 / 大森靖子
- 2018年7月12日(木)京都府 磔磔 <出演者> 前野健太 / 吉澤嘉代子
- cero「POLY LIFE MULTI SOUL」
- 2018年5月16日発売 / カクバリズム
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初回限定盤A [CD+DVD]
3400円 / DDCK-9008 -
初回限定盤B [CD2枚組]
3400円 / DDCK-9009 -
通常盤 [CD]
2900円 / DDCK-1055
- CD収録曲(共通仕様)
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- Modern Steps
- 魚の骨 鳥の羽根
- ベッテン・フォールズ
- 薄闇の花
- 溯行
- 夜になると鮭は
- Buzzle Bee Ride
- Double Exposure
- レテの子
- Waters
- TWNKL
- Poly Life Multi Soul
- 初回限定盤A DVD収録内容
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- (I found it) Back Beard:Live at STUDIO COAST
- Yellow Magus(Obscure):Live at STUDIO COAST
- Roji:Live at STUDIO COAST
- ロープウェー:Live at STUDIO COAST
- わたしのすがた:Live at STUDIO COAST
- FALLIN':Live at STUDIO COAST
- Orphans:Live at 日比谷野外大音楽堂
- Summer Soul:Live at 日比谷野外大音楽堂
- Wayang Park Banquet:Live at 日比谷野外大音楽堂
- Elephant Ghost:Live at 日比谷野外大音楽堂
- 我が名はスカラベ:Live at 日比谷野外大音楽堂
- Narcolepsy Driver:Live at 日比谷野外大音楽堂
- 街の報せ:Live at 日比谷野外大音楽堂
<Extra Session>
- Waters
- 魚の骨 鳥の羽根
- 初回限定盤B BONUS DISC収録内容
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「POLY LIFE MULTI SOUL」Instrumental全12曲
- 前野健太(マエノケンタ)
- 1979年埼玉県生まれ。2000年頃より作詞作曲を始め、都内を中心にライブ活動や自宅録音を精力的に行う。2007年9月に1stアルバム「ロマンスカー」をリリース。2009年には松江哲明監督のライブドキュメンタリー映画「ライブテープ」で主演を務め、同作品は第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞する。2011年12月には同じく松江監督・前野主演による映画「トーキョードリフター」が公開された。2013年には「FUJI ROCK FESTIVAL」、2014年には「SUMMER SONIC」に出演。2016年12月より劇場公開されたみうらじゅん原作、安斎肇監督による映画「変態だ」では主演を務めた。2017年2月に、子供が書いた台本をプロが演劇化するコドモ発射プロジェクト「なむはむだはむ」に岩井秀人、森山未來と共に参加。2018年4月よりNHK Eテレ「オドモTV」にレギュラー出演。同月アルバム「サクラ」をリリースした。
- cero(セロ)
- 2004年に髙城晶平(Vo, Flute, G)、荒内佑(Key)、柳智之(Dr)の3人により結成されたバンド。2006年には橋本翼(G, Cho)が加入し4人編成となった。2007年にはその音楽性に興味を持った鈴木慶一(ムーンライダーズ)がプロデュースを手がけ、翌2008年には坂本龍一のレーベル・commmonsより発売されたコンピレーションアルバム「細野晴臣 STRANGE SONG BOOK-Tribute to Haruomi Hosono 2-」への参加を果たす。2011年にはカクバリズムより1stアルバム「WORLD RECORD」を発表。アルバム発売後、柳が絵描きとしての活動に専念するため脱退し3人編成になった。2015年5月には3rdアルバム「Obscure Ride」、2016年12月には最新シングル「街の報せ」をリリース。2017年4月には2度目の東京・日比谷野外大音楽堂ワンマン「Outdoors」を成功に収めた。2018年5月に4thアルバム「POLY LIFE MULTI SOUL」をリリース。