「新宿PIT INNがストリップ小屋だった」って知って、前野さんっぽいと思った
──荒内くんがプロデュースする曲は最初から「山に囲まれても」「今の時代がいちばんいいよ」の2曲に決まってたんですか?
荒内 いや、最初のリストには10曲くらいありました。そのうちの5曲くらいやってほしいという話だったんですけど、僕自身、人のサウンドプロデュースをやるのが初めてだし、ちょっと多いと思ったので、最終的に厳選して2曲で。
前野 僕からは「好きなのをやってください」って言いましたね。
荒内 「山に囲まれても」は前野さんの最新曲で、ディレクターさんからも「ぜひやってほしい」って言われた曲でもあったし。前野さんにしてはけっこうコードが動く曲だから面白いと思ったんですよ。
前野 あの曲は初めてピアノでデモを作った何曲かのうちの1つなんです。ピアノのこととか全然わからずにやってたから普段と違うコード進行になっちゃった。
荒内 結局コードもだいぶ変えちゃったんですけど、これくらいコードが動いてもいいんだったら、いろいろ解釈できるなと思って。あと「今の時代がいちばんいいよ」は、本当に好きな曲なので、素直にやりたいと思いました。
──荒内くんのアレンジは、もっとエレクトリックだったり、ダンサブルな要素を入れたものになるのかなと予想してたんですが、むしろかなりウェルメイドな方向でした。
荒内 前野さんの声と電子音はあんまり合わなそうだと思ったんです。それだったらオーセンティックな編成で、ところどころホーンのハーモニーとかで突っ込んだ表現をしたら、前野さんにとっても自分にとっても新しいものができるんじゃないかなと。なので、パッと聴きの印象はキャッチーにしたかったし、ウェルメイドなアレンジっぽいけど、やってることの中身は意外にエグいんですよ。
──「山に囲まれても」はイントロからすごく洗練された歌謡曲のようでいて、はしばしに実験的な和音が使われていて。そういう仕事の緻密さは感じました。
荒内 前野さんにもらったデモを聴きながら新宿通りを散歩してたんですけど、前の日にたまたま大友良英さんの「ぼくはこんな音楽を聴いて育った」っていう本を読んでて。その本に書いてあった「新宿PIT INNが昔ストリップ小屋だった」っていう話を「前野さんっぽいな」って思ってたんです。あと「そう言えば浅川マキさんが新宿で当時のカッティングエッジなジャズメンと一緒にやってたな」とか、そういういろんなことを思い巡らせて、じゃあ僕も敏腕なジャズミュージシャンたちを使って前野さんのアレンジをしてみようと。なおかつ、最近のアメリカのジャズで言うラージアンサンブル系の知識もスキルも持った小西遼(CRCK/LCKS)くんとかを集めて、前野さんの歌と合わせたら新しいこともできるし、前野さんの歌のよさも引き出せるだろうなって考えたんです。
変な音がぶつかりまくって、歌いにくい歌いにくい(笑)
──ホーンのアレンジは小西くんでしたね。
荒内 ホーンのアレンジで自分がやったのはトップラインを作ることだったり、イメージを伝えたりすることで、基本的には小西くんに任せました。譜面も小西くんがばっちり書いてくれて、スタジオに持ってきてくれました。前野さんの曲をアレンジするときに考えたアイデアはceroの新作のアレンジでも使ってるんですけど、言葉から連想してアレンジを考えるのがすごく面白くて。例えば「山に囲まれて」の後半に「山が削られても ビルが壊されても」って歌詞が出てくるんですけど、間奏で音を1拍削って7拍にしてるんですよ。そうするとフレーズがずれていくから、やまびこみたいになっていくんですよ。
前野 「山が削られてるから、音も1個削ったよ」って聞いたとき、びっくりしましたね。「えっ? なんじゃそれ?」って(笑)。でも、それが僕が欲しいと思っていた不穏さにもつながるんだよね。
荒内 小西くんと「山に囲まれても」のアレンジするときに、ブラッド・メルドーについて「メルドーの曲のボイシングや音のぶつかり方がいいよね」って話をしながら作っていったんですけど、ああいう多層的な音のレイヤーが不穏さにつながってるのかなと思います。
前野 本当に歌うのが難しかったですね。最後のほうは変な音がぶつかりまくってくるんですよ。明らかに音が外れてるんじゃないかと思って小西さんに聞いたら、「いや、これはわざとです」って言われて(笑)。「音で激しくぶつかり合う」みたいなことはライブではやりますけど、スタジオで冷静な状態でやられたことはなかった。自分が想定してるのと違うところからグーッと音が来て、歌いにくい歌いにくい(笑)。でも、そこが面白かったですね。新しい体験でした。
荒内 前野さんの歌だから成り立つという部分はありますよ。もうちょっとなよなよした歌だと音に負けちゃいますから。
前野 いや、練習のときは負けてましたよ。「あぶねえあぶねえ」って思ってましたもん。
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歌はずっと昔から、新しいことに挑戦してる音楽と一緒にあった
- 前野健太「サクラ」
- 2018年4月25日発売 / felicity
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[CD]
2700円 / PECF-1150
- 収録曲
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- 山に囲まれても
- 今の時代がいちばんいいよ
- アマクサマンボ・ブギ
- 嵐~星での暮らし~
- 夏が洗い流したらまた
- マイ・スウィート・リトル・ダンサー
- 大通りのブルース
- SHINJUKU AVENUE
- 虫のようなオッサン
- 人生って
- いのちのきらめき
- ロマンティックにいかせて
- 防波堤
- 「初恋 横浪修×前野健太 写詩ン集」
写真:横浪修 / 詩(うた):前野健太 - 2018年5月31日発売 / スペースシャワーネットワーク
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[書籍] 2700円
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アルバム「サクラ」のジャケットを撮ったフォトグラファー・横浪修が撮影した写真に、前野健太が書き下ろしの詩を寄せた写真集。
公演情報
- 前野健太 ニューアルバム 「サクラ」 発売記念ツアー ~開花宣言~ <バンド篇>
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- 2018年5月20日(日)東京都 WWW X <出演者> 前野健太バンド(前野健太、伊賀航、石橋英子、ジム・オルーク、ジョータリア)
- 2018年5月31日(木)福岡県 BEAT STATION <出演者> 前野健太バンド / ハンバート ハンバート
- 2018年6月1日(金)広島県 広島CLUB QUATTRO <出演者> 前野健太バンド / ハンバート ハンバート
- 2018年6月2日(土)大阪府 Shangri-La <出演者> 前野健太バンド / シャムキャッツ
- 2018年6月3日(日)愛知県 伏見JAMMIN' <出演者> 前野健太バンド / シャムキャッツ
- 前野健太 ニューアルバム 「サクラ」 発売記念ツアー ~開花宣言2~ <ソロ対バン篇>
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- 2018年6月7日(木)宮城県 Rensa <出演者> 前野健太 / 竹原ピストル
- 2018年6月22日(金)北海道 BFHホール <出演者> 前野健太 / スカート
- 2018年7月7日(土)沖縄県 桜坂劇場 ホールA <出演者> 前野健太 / 大森靖子
- 2018年7月12日(木)京都府 磔磔 <出演者> 前野健太 / 吉澤嘉代子
- cero「POLY LIFE MULTI SOUL」
- 2018年5月16日発売 / カクバリズム
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初回限定盤A [CD+DVD]
3400円 / DDCK-9008 -
初回限定盤B [CD2枚組]
3400円 / DDCK-9009 -
通常盤 [CD]
2900円 / DDCK-1055
- CD収録曲(共通仕様)
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- Modern Steps
- 魚の骨 鳥の羽根
- ベッテン・フォールズ
- 薄闇の花
- 溯行
- 夜になると鮭は
- Buzzle Bee Ride
- Double Exposure
- レテの子
- Waters
- TWNKL
- Poly Life Multi Soul
- 初回限定盤A DVD収録内容
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- (I found it) Back Beard:Live at STUDIO COAST
- Yellow Magus(Obscure):Live at STUDIO COAST
- Roji:Live at STUDIO COAST
- ロープウェー:Live at STUDIO COAST
- わたしのすがた:Live at STUDIO COAST
- FALLIN':Live at STUDIO COAST
- Orphans:Live at 日比谷野外大音楽堂
- Summer Soul:Live at 日比谷野外大音楽堂
- Wayang Park Banquet:Live at 日比谷野外大音楽堂
- Elephant Ghost:Live at 日比谷野外大音楽堂
- 我が名はスカラベ:Live at 日比谷野外大音楽堂
- Narcolepsy Driver:Live at 日比谷野外大音楽堂
- 街の報せ:Live at 日比谷野外大音楽堂
<Extra Session>
- Waters
- 魚の骨 鳥の羽根
- 初回限定盤B BONUS DISC収録内容
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「POLY LIFE MULTI SOUL」Instrumental全12曲
- 前野健太(マエノケンタ)
- 1979年埼玉県生まれ。2000年頃より作詞作曲を始め、都内を中心にライブ活動や自宅録音を精力的に行う。2007年9月に1stアルバム「ロマンスカー」をリリース。2009年には松江哲明監督のライブドキュメンタリー映画「ライブテープ」で主演を務め、同作品は第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞する。2011年12月には同じく松江監督・前野主演による映画「トーキョードリフター」が公開された。2013年には「FUJI ROCK FESTIVAL」、2014年には「SUMMER SONIC」に出演。2016年12月より劇場公開されたみうらじゅん原作、安斎肇監督による映画「変態だ」では主演を務めた。2017年2月に、子供が書いた台本をプロが演劇化するコドモ発射プロジェクト「なむはむだはむ」に岩井秀人、森山未來と共に参加。2018年4月よりNHK Eテレ「オドモTV」にレギュラー出演。同月アルバム「サクラ」をリリースした。
- cero(セロ)
- 2004年に髙城晶平(Vo, Flute, G)、荒内佑(Key)、柳智之(Dr)の3人により結成されたバンド。2006年には橋本翼(G, Cho)が加入し4人編成となった。2007年にはその音楽性に興味を持った鈴木慶一(ムーンライダーズ)がプロデュースを手がけ、翌2008年には坂本龍一のレーベル・commmonsより発売されたコンピレーションアルバム「細野晴臣 STRANGE SONG BOOK-Tribute to Haruomi Hosono 2-」への参加を果たす。2011年にはカクバリズムより1stアルバム「WORLD RECORD」を発表。アルバム発売後、柳が絵描きとしての活動に専念するため脱退し3人編成になった。2015年5月には3rdアルバム「Obscure Ride」、2016年12月には最新シングル「街の報せ」をリリース。2017年4月には2度目の東京・日比谷野外大音楽堂ワンマン「Outdoors」を成功に収めた。2018年5月に4thアルバム「POLY LIFE MULTI SOUL」をリリース。