近年は文筆家や映画・舞台役者などとしても活躍の場を広げている前野健太が、4年半ぶりのオリジナルアルバム「サクラ」をリリースした。
今作で彼は“新時代の歌謡曲”を目指した作品作りに挑戦。荒内佑(cero)、石橋英子、岡田拓郎(ex. 森は生きている)、そしてAKB48「恋するフォーチュンクッキー」などで知られる編曲家の武藤星児をプロデューサーとして迎え、それぞれの作り出すアダルトでセンチメンタルなサウンドに乗せて、熱のこもった歌声を響かせている。
音楽ナタリーでは、今作で初めて他アーティストのプロデュースを担当することになった荒内を迎えて、前野との対談を実施。荒内がプロデュースを手がけた「山に囲まれても」「今の時代がいちばんいいよ」の話を中心に、お互いについてのさまざまなことを語り合ってもらった。
取材・文 / 松永良平 撮影 / 南阿沙美
「カッコいいと思ったんなら全部観てくれよ」がファーストコンタクト
──前野さんとceroの最初の対バンって、2009年1月29日の高円寺円盤なんですね。もう9年前。でも、今の両者が活動しているフィールドを考えたら、もっと前から対バンしていてもおかしくなかった気はします。
荒内佑 ceroが「WORLD RECORD」(2011年発売の1stアルバム)を出すずっと前でしたね。そのときの前野さんのバンドは「DAVID BOWIEたち」でしたよね?
前野健太 吉田(悠樹)くん(NRQ、当時はDAVID BOWIEたちのメンバー)の企画でしたね。うちらと、当時は「まめっこ」と名乗っていた藤井洋平が出てました。
荒内 そのとき前野さんがceroのライブを「ロバート・ワイアットみたいで、全部観てられなかった」って言って、途中までしか観なかったらしくて。それがファーストコンタクトでした(笑)。
前野 なんでそんな話を作るんですか!?(笑) なんですかそれ、やめてくださいよ! めちゃくちゃ褒めてそう言ってたんだから!
荒内 「カッコいいと思ったんなら全部観てくれよ」ってこっちは思うじゃないですか。
前野 いや、円盤って狭いでしょ?(笑) でも、ライブはすごくカッコよかった。みんな座ってやってたよね?
荒内 だったかも。
──逆に、荒内くんは前野健太というアーティストをどう見てました?
荒内 髙城(晶平 / cero)くんはすごく前野さんのこと好きだったし、ライターの磯部涼さん周辺の人たちも前野さんのことをすごくよく話題にしてたから「いったい誰なんだろう?」って思ってました。あの頃、あだち麗三郎くんのアルバム(2009年発売の「風のうたが聞こえるかい?」)でも「くじらと人魚のはなし」って曲の作詞を前野さんがしてましたよね。でも、「あんまり群れない人だ」って話も人づてに聞いてました。
前野 ちょうどcero界隈がざわざわし出した頃でしたよね。「東京の演奏」ってシリーズイベントがあって、ceroとかいろんな人が集まってライブをやってたんだけど、僕はそこにうまく入れなかった。2ndアルバム「さみしいだけ」(2009年発売)のリリースとか、映画「ライブテープ」(松江哲明監督による前野の主演映画。2009年元日に吉祥寺で撮影)もあったりして、僕自身いろんなことをやってた時期でもあったし。ceroのことは、ちょっと離れたところから「仲よさそうにしてんな」とは思ってましたけど、まだ彼らが何をやってるのかはそんなにはっきりわかってなかった気がします。でも、あだちくんはceroにも僕にも関わっていたんですよ。「あだちくんがいる場所はバッと盛り上がる」っていう印象があったから、「あ、これはceroも盛り上がるぞ」とは感じてましたね。それから……思い出してきましたけど、Tenkoさん(現・紺紗実)のアルバム「'Til we meet again」(2009年発売)もceroを知ったきっかけの1つでした。あのアルバムはあだちくんがプロデューサーで、ceroがバックバンドとして参加して。その音源を聴いて、「いい演奏してるな」って思ってました。
彼らにお願いしたら何かとんでもないことになるんじゃないかって
──2016年9月26日に東京・LIQUIDROOMで前野さんとceroのツーマンがありましたけど、そこがライブの場としてはひさしぶりの競演?
前野 その前にもう1個なかったっけ?
荒内 大阪で、赤犬、浦朋恵さん、うちらっていう企画もありましたね(2012年7月14日、大阪・梅田CLUB QUATTRO)。
──2016年の競演でとりわけ印象深いのは、アンコールでのcero&前野健太による「あののか」(「WORLD RECORD」収録の荒内楽曲)でした。あのとき、なぜ「あののか」だったんですか?
前野 僕からのリクエストだったんですよ。あの曲が好きだから。歌詞も好きですし、曲もすごく好きですし。「不安なくらい自由さ」ってフレーズがよくて。
──まさに最初にceroを観たときに前野さんが感じた「ロバート・ワイアットっぽさ」の面影がある曲ですよね。
前野 それで、あの日のライブの後に打ち上げで飲みながら、髙城くんに相談したんですよ。「井上陽水さんと星勝さんみたいな濃い関係性のアレンジャーが欲しい」って。そしたら「いやー、それは俺じゃないすね。それはやっぱあらぴー(荒内)っすね!」って(笑)。
荒内 言いそう(笑)。今回僕に依頼が来たときはびっくりしましたけど。「あののか」のイメージで頼んでくれたのかなとも思ったし、前野さんの人選はいつも面白いから、そういう面白さの一環なのかなと思って引き受けました。すごいうれしかったです。
前野 ただ、きっかけはあくまでLIQUIDROOMのときにceroのライブをちゃんと観て、むちゃくちゃカッコよかったから。その時点でまだアルバムを作る予定もなかったけど、彼らにお願いしたら何かとんでもないことになるんじゃないかって、勝手に僕の中で想像が膨らんでました。
──「あののか」の自分なのか、今のceroのモードの自分でいいのか、という戸惑いは荒内くんの中にあったと思うんですが。
荒内 2回くらい打ち合わせをしましたよね。別に僕は「昔の自分か、今の自分か」というよりは、単純に、いろんな音楽が好きなミュージシャンである前野さんの音楽にどんなアレンジがふさわしいかを考えてたので、必然的にプロデューサー兼アレンジャー的な考え方をしてました。
前野 僕はもう「今の荒内さんのやり方で自由にやってください」って気持ちでしたね。ずっと前から、アレンジャーを立てたいという気持ちはあったんです。それこそ3rdアルバム「ファックミー」(2011年発売)を作ってた2010年くらいから、自分でアレンジすることに限界を感じてて。歌を作るのはいくらでもできるけど、どうにもアレンジっていうのに行き詰まってて、そのくらいからアレンジャーが欲しいという気持ちがありました。
──それは「DAVID BOWIEたち」や「ソープランダーズ」のような“前野健太とバンド”という関係性ではなく、“歌手とアレンジャー”という関係の人物が欲しい、という意味でですか?
前野 そうですね。弾き語りのデモをポンと相手に投げて、自由にやってもらう、というのをずっとやりたかったんです。
- 前野健太「サクラ」
- 2018年4月25日発売 / felicity
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[CD]
2700円 / PECF-1150
- 収録曲
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- 山に囲まれても
- 今の時代がいちばんいいよ
- アマクサマンボ・ブギ
- 嵐~星での暮らし~
- 夏が洗い流したらまた
- マイ・スウィート・リトル・ダンサー
- 大通りのブルース
- SHINJUKU AVENUE
- 虫のようなオッサン
- 人生って
- いのちのきらめき
- ロマンティックにいかせて
- 防波堤
- 「初恋 横浪修×前野健太 写詩ン集」
写真:横浪修 / 詩(うた):前野健太 - 2018年5月31日発売 / スペースシャワーネットワーク
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[書籍] 2700円
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アルバム「サクラ」のジャケットを撮ったフォトグラファー・横浪修が撮影した写真に、前野健太が書き下ろしの詩を寄せた写真集。
公演情報
- 前野健太 ニューアルバム 「サクラ」 発売記念ツアー ~開花宣言~ <バンド篇>
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- 2018年5月20日(日)東京都 WWW X <出演者> 前野健太バンド(前野健太、伊賀航、石橋英子、ジム・オルーク、ジョータリア)
- 2018年5月31日(木)福岡県 BEAT STATION <出演者> 前野健太バンド / ハンバート ハンバート
- 2018年6月1日(金)広島県 広島CLUB QUATTRO <出演者> 前野健太バンド / ハンバート ハンバート
- 2018年6月2日(土)大阪府 Shangri-La <出演者> 前野健太バンド / シャムキャッツ
- 2018年6月3日(日)愛知県 伏見JAMMIN' <出演者> 前野健太バンド / シャムキャッツ
- 前野健太 ニューアルバム 「サクラ」 発売記念ツアー ~開花宣言2~ <ソロ対バン篇>
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- 2018年6月7日(木)宮城県 Rensa <出演者> 前野健太 / 竹原ピストル
- 2018年6月22日(金)北海道 BFHホール <出演者> 前野健太 / スカート
- 2018年7月7日(土)沖縄県 桜坂劇場 ホールA <出演者> 前野健太 / 大森靖子
- 2018年7月12日(木)京都府 磔磔 <出演者> 前野健太 / 吉澤嘉代子
- cero「POLY LIFE MULTI SOUL」
- 2018年5月16日発売 / カクバリズム
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初回限定盤A [CD+DVD]
3400円 / DDCK-9008 -
初回限定盤B [CD2枚組]
3400円 / DDCK-9009 -
通常盤 [CD]
2900円 / DDCK-1055
- CD収録曲(共通仕様)
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- Modern Steps
- 魚の骨 鳥の羽根
- ベッテン・フォールズ
- 薄闇の花
- 溯行
- 夜になると鮭は
- Buzzle Bee Ride
- Double Exposure
- レテの子
- Waters
- TWNKL
- Poly Life Multi Soul
- 初回限定盤A DVD収録内容
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- (I found it) Back Beard:Live at STUDIO COAST
- Yellow Magus(Obscure):Live at STUDIO COAST
- Roji:Live at STUDIO COAST
- ロープウェー:Live at STUDIO COAST
- わたしのすがた:Live at STUDIO COAST
- FALLIN':Live at STUDIO COAST
- Orphans:Live at 日比谷野外大音楽堂
- Summer Soul:Live at 日比谷野外大音楽堂
- Wayang Park Banquet:Live at 日比谷野外大音楽堂
- Elephant Ghost:Live at 日比谷野外大音楽堂
- 我が名はスカラベ:Live at 日比谷野外大音楽堂
- Narcolepsy Driver:Live at 日比谷野外大音楽堂
- 街の報せ:Live at 日比谷野外大音楽堂
<Extra Session>
- Waters
- 魚の骨 鳥の羽根
- 初回限定盤B BONUS DISC収録内容
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「POLY LIFE MULTI SOUL」Instrumental全12曲
- 前野健太(マエノケンタ)
- 1979年埼玉県生まれ。2000年頃より作詞作曲を始め、都内を中心にライブ活動や自宅録音を精力的に行う。2007年9月に1stアルバム「ロマンスカー」をリリース。2009年には松江哲明監督のライブドキュメンタリー映画「ライブテープ」で主演を務め、同作品は第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞する。2011年12月には同じく松江監督・前野主演による映画「トーキョードリフター」が公開された。2013年には「FUJI ROCK FESTIVAL」、2014年には「SUMMER SONIC」に出演。2016年12月より劇場公開されたみうらじゅん原作、安斎肇監督による映画「変態だ」では主演を務めた。2017年2月に、子供が書いた台本をプロが演劇化するコドモ発射プロジェクト「なむはむだはむ」に岩井秀人、森山未來と共に参加。2018年4月よりNHK Eテレ「オドモTV」にレギュラー出演。同月アルバム「サクラ」をリリースした。
- cero(セロ)
- 2004年に髙城晶平(Vo, Flute, G)、荒内佑(Key)、柳智之(Dr)の3人により結成されたバンド。2006年には橋本翼(G, Cho)が加入し4人編成となった。2007年にはその音楽性に興味を持った鈴木慶一(ムーンライダーズ)がプロデュースを手がけ、翌2008年には坂本龍一のレーベル・commmonsより発売されたコンピレーションアルバム「細野晴臣 STRANGE SONG BOOK-Tribute to Haruomi Hosono 2-」への参加を果たす。2011年にはカクバリズムより1stアルバム「WORLD RECORD」を発表。アルバム発売後、柳が絵描きとしての活動に専念するため脱退し3人編成になった。2015年5月には3rdアルバム「Obscure Ride」、2016年12月には最新シングル「街の報せ」をリリース。2017年4月には2度目の東京・日比谷野外大音楽堂ワンマン「Outdoors」を成功に収めた。2018年5月に4thアルバム「POLY LIFE MULTI SOUL」をリリース。