マカロニえんぴつが書き下ろしたアニメーション映画「FLY!/フライ!」日本語吹替版の主題歌「月へ行こう」が配信リリースされた。
3月15日公開の「FLY!/フライ!」はアメリカのアニメーションスタジオ・イルミネーションの最新作。池から一度も出たことがないカモの一家が個性あふれる鳥たちと出会い、3000kmの大移動に挑む姿が描かれる。
マカロニえんぴつが海外アニメの主題歌を担当するのは本作が初。はっとり(Vo, G)が「マカロニえんぴつの武器の進化形が詰まっている」と語るように、「月へ行こう」ではバンドならではの強みが存分に生かされている。メンバーに「FLY!/フライ!」の感想とともに、この曲への強いこだわりを語ってもらった。
取材・文 / 小松香里撮影 / 梁瀬玉実
「FLY!/フライ!」作品情報
「ミニオンズ」シリーズや「スーパーマリオ」などのヒット作を製作したアニメーションスタジオ・イルミネーションが手がけるコメディアドベンチャー。アメリカ・ニューイングランドの小さな池で過ごしていたカモ一家が3000km離れたジャマイカを目指して旅する姿が描かれる。日本語吹き替え版キャストは堺雅人、麻生久美子、ヒコロヒー、羽佐間道夫、野沢雅子ら。
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張り切ったら“ポップネス迷子”に
──映画「FLY!/フライ!」の主題歌「月へ行こう」はいつ頃書いた曲なんでしょう?
はっとり(Vo, G) アリーナツアーが終わって(参照:マカロニえんぴつ愛知でツアーファイナル、「ネクタリン」でティモンディ&てれび戦士がダンス)、去年末から今年頭にかけてですね。「FLY!/フライ!」は家族愛や今いる場所から飛び出す勇気を描いた映画だと聞いて、「この曲が合うんじゃないか」と思う曲がもともとあったので、映画の予告編を観たうえで、歌詞を調整していきました。僕はピクサーをはじめ、海外のアニメーションが大好きなんですが、初めての海外アニメとのタイアップなので、「めちゃくちゃいいものにしたいな」と思って張り切っちゃいました。
──いつも以上に腕が鳴ったと。
はっとり 去年の年末からずっと構想を練って、かなり時間をかけて構築していったんです。アレンジは早くできたんですが、歌詞やサビに苦戦しました。昔の曲とは違う方向性でいろいろと作っていくうちに、「わかりやすすぎてもよくない」「これは果たしてポップなのか?」「これだと普通だな」と思ったりして、どんどん“ポップネス迷子”になってしまうことがあったんです。だんだん手札がなくなってくるというか。それで今回サビに苦しんで「サビ案1」「サビ案2」というボイスメモがたまっていきました。一旦寝かせて3日後にトライしてみたりもして、1カ月くらいずっとこの曲のことで頭がいっぱいでしたね。
──美しいメロディやコーラス、アレンジの緻密さ、各楽器のソロプレイといったマカロニえんぴつの武器の進化形が詰まっているし、聴くたびに新しい聴きどころが見つかるような曲だと思いましたが、はっとりさんからデモを受け取ったとき、メンバーの皆さんはどう思いましたか?
田辺由明(G, Cho) はっとりの曲のサビは高いキーで声を張るものが多いですが、この曲はサビ頭であんまり張らずにわりとしっとり入っていって、サビの中で展開がある。そこがすごく切なく感じました。あと、力強さを感じる部分もあって、映画に登場するカモたちが決断するシーンにマッチするんじゃないかなと思いました。
長谷川大喜(Key, Cho) はっとりくんのデモは基本的に弾き語りの音源でもらうことが多いんですが、今回はキーボードのアレンジも入っていて、すごくいいなと思いました。だからこそ「こうしたらもっとよくなるんじゃないかな」というイメージがすぐに広がった。かなり音にこだわったので、伝わるといいなと思いながら弾きました。
はっとり 大ちゃんは最近かなり音色を研究しているので、任せたところも大きかったです。珍しく自分から「アンプを使いたい」と言い出して。
長谷川 そう、いろいろな機材に当てはめてトライしてみました。
はっとり スタジオにあったフェンダーのアンプにエレピをつなげて、それをマイクで録ったんですが、最近わざわざそういうことをする人はあまりいないんですよ。デスクトップミュージシャンはパソコンの中にシミュレートされたものを使うんだけど、俺らは“回顧厨”っていうか、逆行してるよね。わざわざ面倒なことをやりたがる。やっぱりアンプから出た音はいいよね。今回のエンジニアが大学時代の同級生なんですが、彼はオフマイクにこだわるので、スタジオの反射した音を拾うマイクの扱いにもすごく気を付けて録りました。
──高野さんはデモを聴いたときにどう思いましたか?
高野賢也(B, Cho) すごく緊張感のある歌で始まり、サビまでは楽器がすごく静かで、落ち着いた電子ドラムが入ってくる。サビで緊張感をほぐすように力が抜けるような展開だったので、ベースはあまり重くないフレーズにしました。歌詞のメッセージ性が強いと思ったので、そこに重心を寄せましたね。レコーディングのときは映画の内容も具体的に把握していたので、アレンジを考えるときの視線はみんな同じところを向いていたと思います。
長谷川 構成もすぐ決まったよね。
はっとり そうだね。「2番はまるまるソロ回しでいいや」って(笑)。
田辺はクラプトン? それともジミヘン?
──最初「ポップ路線なのかな」と思っていたら、後半でわりとヘビーなギターソロが入ってきたので意表を突かれました(笑)。でも無理やり感はなくて。
田辺 そう思っていただけたらうれしいです(笑)。
はっとり いや、俺がカラオケでこの曲を歌ったとしたら、あそこのギターソロで音量を下げてポテトを注文するけどね(笑)。
──(笑)。違和感を狙ったところはあったんですか?
はっとり この人(田辺)がああいうギターソロが大好きだから(笑)。あれは前半は(エリック・)クラプトンのウーマントーンのイメージ? それで後半はジミヘン(ジミ・ヘンドリックス)?
田辺 まあそうだね。音色的にはそういうところを目指して弾いたかな。
はっとり 若いバンドに楽器屋のハードロック好きのおじさんが混ざっちゃったみたいな感じ(笑)。「あの人、ああいうギターソロを弾かしてあげるとおとなしくなるから」っていう。
田辺 (笑)。でも、これまではギターソロだけなのが多かったんですが、今回は鍵盤ソロとの掛け合いみたいな感じでセッションライクにできたのが新しかったし、楽しかったです。
はっとり だんだん盛り上がってく感じがあるよね。間奏まで楽しんでくれるリスナーが多かったらうれしいです。
──要素は多いんですが、聴けば聴くほど染みてくる構成力が見事だなと思いました。
はっとり ずっと歌っている構成にしなかったのも大きいと思います。常に歌声があると聴いていて疲れちゃう。歌わない部分の“おいしさ”を探してこうかなとは思っています。
田辺 音源を聴きながらバンドの演奏してる姿がなんとなく想像できるよね。ライブをやっているような音像がいいのかもしれない。
はっとり それ、大事かもね。
“何回も聴きたくなる曲”を作るためにバンドが譲れないこと
──バンドの流れとして、“ライブをやっているような音像”を目指したかったんでしょうか?
はっとり もともと演奏することが好きなので、楽器を弾いている風景が浮かんだり、思わず弾きたくなったりするアレンジの音源を目指して、いつもレコーディングしています。だから「月へ行こう」がいつもと違うモチベーションだったわけではないんですが、ツアー後に作ると特にその傾向が強くなるんですよね。ツアー中だと気が散ってしまうこともあるんですが、「月へ行こう」はツアーが終わって一旦切り替えができた中で録れたのがすごくよかった。あと、以前はできなかったアレンジができるようになってきているとは思います。メンバーの演奏の懐が深くなってきているから、俺も委ねられるようになった。「弾いたらいいじゃん!」みたいな(笑)。
高野・田辺・長谷川 (笑)。
はっとり だから最近はダビングを減らしてます。音色一発勝負っていうか。僕は宅録出身なので、自分で音を出してミックスして。バランスを整えて派手にするのが好きだから、つい音を重ねがちなんです。でも、みんなの出す音そのものがよくなっていて。この場合の“音がいい”ってのは、きれいという意味ではなく、“その音の味わい方を知っている人が出してる”という意味です。やっぱり奏者が楽器を理解している音が“いい音”だと思うんです。昔はその認識が甘くて、セクションに合っていないシンセの音とかフレーズをギターで弾いて、無理やり成立させようとしていました。今は「やっぱりここにはこのギターでこういうパワーコード一発で弾くのがいいよね」と思うようになった。例えば「月へ行こう」のアウトロは、歪んだエレピをフィーチャーしました。すごくいい音が鳴っているときに、ほかの音で邪魔をしない。それもあってダビングが減りました。
長谷川 リスナーが曲を聴いたときに、歌だけでなくフレーズも口ずさみたくなるようなものを各々が作れるようになったからかな。音数じゃなくてフレーズそのもので勝負ができるようになった。
はっとり ダビングが少ないほうがフレーズや音色の懐の深さが試されるよね。
高野 最近のレコーディングでは自分のフレーズや音色の立ち位置を探して、そこにスポットを当てるようになりましたね。
はっとり 総じてテイク数が減ってるんですよ。4、5回くらいで終わる。その後、歌も含めてどれをどう使うかっていうテイク選びに時間がかかってる。
田辺 歌は今回かなりテイクが少なかった。
はっとり 5回ぐらいしか歌ってない。活動が長くなってくると、テイクを重ねてもあまりいいことがないって気付くんです。ピッチは安定していくけど、興奮がなくなっていくというか。鮮度を大事にするようになってます。「月へ行こう」は特にそうでした。でも、我々はミックスに時間がかかるんですよ。映画に例えると、最後にテープをつないだり、引き延ばしたりする編集作業。今回は12時間くらいやったよね。
田辺 これまでで一番長いくらいだったよね。
はっとり いいものは録れている前提なので、ミックスでダメにもなるし、めっちゃよくなることもある。
──「月へ行こう」はいろいろなアプローチの音が入っているからこそ、時間がかかったんでしょうか?
はっとり そうですね。だからこそ渋い音を出したかった。ミックスに救われるときと殺されるときがあるので、いい方向に転ぶようにエンジニアとはたくさん会話をします。「ちょっと違うんだけど、まあいっか」という妥協は絶対したくない。あとあと絶対に引きずるんですよね。そうならないように、「ここはもうちょっとドラムがモタっていたほうがよくない?」とか、「ここの音色、地味だよね」と話し合いを続けて、いろいろとつないで変えてみたり。それで12時間かかったね。いろんなスピーカーで聴いたときの音も検証するんですよ。スマホでしか音楽を聴かないリスナーも多いとは思うけど、「ローが出るカーステレオで聴いたらどうなるか」とか、あらゆる可能性を考えて、スタジオにある大きなスピーカーから小さなスピーカーまで聴き比べています。大きなスピーカーのときはよかったけど、ラジカセで聴くと歌だけ大きいとか。完成したあと、自分たちで粗を探しに行く癖(へき)があるよね(笑)。
──そういう行程があるからこそ、マカロニえんぴつの曲は聴き込むほど味わい深さが増していくんだなと思いました。
はっとり “何回でも聴ける曲”というよりも“何回も聴きたくなる曲”を作りたいんです。昨今の、個人で完結してしまう音作りへのちょっとしたアンチテーゼですよね。わざわざ集団でやってる意味を見出す。このままほっといたらAIが曲を作れちゃうからね。バンドが譲れない部分はそこだと思っています。
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長谷川、初心に返る