mabanua|6年ぶりのソロ作「Blurred」で見せたmabanuaとしての色

いろんな音の最適な置き位置を探して

──写真家の水谷太郎さんが手がけたタイトル曲「Blurred」のミュージックビデオも、淡い色彩や余白を生かした構図が素晴らしかった。空中をふわりと飛んでいくポリ袋を、ひたすら追いかける映像がなんとも言えず新鮮でした。

あのMVは僕がディレクションをしていなくて、完全に水谷さんにお任せだったんです。最初にプランを聞かされたときはどういうふうになるのか想像しきれなかったんですけど(笑)。撮影が始まった瞬間に「あ、こういう『Blurred』の解釈はありだな」と納得したのをよく覚えています。

──いい意味で、自分の予想を裏切られたと。

そうそう。僕自身、前作と同じように英語で歌っていれば、リスナーの方々が抱いているイメージを壊さずに済んだかもしれない。でもアーティストって、やっぱり求められているものを再生産してるだけじゃダメだと思うんですね。たとえばベックにしてもビョークにしても、新作が出るたびにどんどん変化していって。賛否はどうあれ、確実にワクワクさせてくれるじゃないですか。

──ええ。本当にそうですよね。

せっかくのソロアルバムですし「この人、次はいったい何をやるんだろう」とお客さんが不安になるような要素を、少しでも入れておきたいなと。

──ちなみに、mabanuaさんが言う「デジタルとアナログが渾然一体になった音楽」では、どういうアーティストが好きなんですか?

mabanua

そうですね……たとえばトロ・イ・モア。ライブのオープニングアクトをやらせてもらったこともありますが、彼が出てきたときは新しいと思ったし。あとはやっぱり後期のJ・ディラですかね。最後のほうのアルバムは、本人が叩いた生ドラムをループ加工してシンセを重ねた楽曲も多いんです。ジャンル感は違うかもしれないけど、独特のリズムのずらし方なんかも含め、手法としてはかなり影響を受けました。

──J・ディラのいわゆる“よれたビート”については、mabanuaさんも過去のインタビューでたびたび言及されています。

僕にとっては大きな存在なんですよ。このソロアルバムともつながる話だけど、曲全体の“ゆらぎ”とか音像の“にじみ”について、彼のプロダクションから学んだ部分ってすごく大きい。例えば誰かのプロジェクトに参加したとき「もう少しザラついた質感を」みたいな注文をいただくことがけっこう多いんですよね。そういうとき、単純にローファイ系のフィルターをかけても音の表面が汚れるだけで。相手が本当に求めている、いい具合のざっくり感はなかなか表現できない。重要なのはむしろ音の配置で。

──へえ、それはすごく興味深い。

リズムを一律にクオンタイズ(自動補正)せず、その位置を手動で微妙にずらしてあげれば、サウンドに心地いいザラつき感や温もり、人間味みたいなものが浮かんでくる。僕はメインの楽器がドラムスなので、余計そこに意識がいくのかもしれませんが。「Blurred」というアルバムを作る過程でも、そういう微妙な音の配置にはすごくこだわっています。

──細かいパズルのピースを1つひとつはめていく、みたいなイメージですか?

うん。気が遠くなる作業ですけど(笑)。昔、Charaさんに「mabanuaのアレンジって、点と点をつないでいく感じだよね」みたいな指摘をされたことがあるんです。いろんな音を1つのパーツと捉えて、常に最適な置き位置を探している。そういう発想は、もしかしたらドラマー的なのかもしれません。

本当に大事なのは、自分がどういう音楽を描きたいか

──アルバム冒頭の短い「Intro」。シンセサイザーの包み込むような音色は、映画「ブレードランナー」のサウンドトラックの雰囲気を思い出しました。

mabanua

あ、本当ですか。今回、個人的なテーマとして、全体的に80'sっぽいシンセを入れたいという思いがあったんですね。80'sテイストと言ってもユーロビートみたいな明るいダンスミュージックではなく、むしろニューウェイブ的と言うのかな? もう少しテンポの落ちた、チルアウト系のサウンド。ちょうど昨年末に「ブレードランナー 2049」が公開されたこともあって。

──「ブレードランナー 2049」はよかったですか?

去年観た映画の中ではベスト級に好きでした。“レトロフューチャー”って言うんですかね。近未来なのに、同時にノスタルジックでもあるという。

──それもまた、境界線が“Blurred(ぼやけた)”な感覚に通じます。

そうなんです。あとは少し前の映画ですけど、ニコラス・ウィンディング・レフン監督の「ドライブ」。この2作のサントラには、かなり深く影響を受けていると思います。

──スタジオでは古いアナログ機材も使ってるんですか?

いえ、基本はすべてソフトシンセです。ただしメインとしては、アナログシンセの音をモデリングした特殊なソフトを用いています。昔のシンセって、ピッチが安定しないでしょう。“ビャーッ”と弾くと、音程が微妙に狂ってきて「あれれ?」ってなる(笑)。そういう揺れまで正確に再現してくれるやつです。

──それでアルバム全体に、どこか懐かしい音色が行き渡っているんですね。楽曲づくりはどういう手順で?

今回はリズム先行ではなく、鍵盤やギターでメロディとコードを作るところから始めました。トラックメーカー的に言うとまずビートを考えて、そこにギターやキーボードなど“上もの”を加え、オケが固まった段階でメロディを乗せるパターンが多いと思う。でも、それだとライブでの再現性が難しくなるんですね。逆に歌メロとコードがしっかりしていると、どんなアレンジで演奏しても曲として成立するので。まずは自分が納得できるメロディを探して、ビートはあとから付けていきました。

──たしかに今回、リズムはかなりシンプルな印象を受けました。

mabanua

そうですね。凝ったことはほとんどしてません。ドラマー的な観点に立つと、「クリス・デイヴのあのビート、斬新でカッケーな」とか「ちょっとそれふうの叩き方も採り入れてみたいな」とか考えがちで(笑)。曲の全体像が決まらないのにリズムから組み始めちゃったりするんですけど。でもそれってリスナーにはどうでもいい話だと思う。当たり前だけど、本当に大事なのは自分がどういう音楽を描きたいかという部分で。その意味で「Blurred」には、あまり遊びのないシンプルなビートがしっくりきました。

──先ほど「J・ディラに大きな影響を受けた」という話が出ましたが、それは表面的なビートをまねるということとは違いますよね。

違います。もちろん音の配置を微妙にずらすことで気持ちいい“ゆらぎ”が生じるとか、全体がいい感じで混じり合うとか、そういう本質的な影響は今回もめちゃくちゃ入ってます。でも逆に言うと、ドラマーが期待する“いかにも、よれたビート”は入ってない。リズムは基本プログラミングですし、生のドラムセットも叩いていないので。

──先鋭的なテクニックよりも、むしろ歌ごころを伝えたかったわけですね。ちなみに日本語の歌詞は、どのタイミングで入れるんですか?

一番最後ですね。オケが完成し、曲の世界観ができた段階で、サウンドの雰囲気に合わせて言葉を選んでいきました。それがすごく大変だった。

──3曲目「Heartbreak at Dawn」は、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文さんが作詞担当です。これもやはり楽曲が先にあって?

はい。ほぼ仕上がったオケに、僕の鼻歌を乗せたデモを送って。それに言葉を乗せてもらいました。ゴッチさんから歌詞が返ってきたときは驚きましたね。1つひとつの日本語がトラックと溶け合いながら、切ない別れのストーリーもしっかり伝わってきて。そのバランスが完璧でした。

──簡潔な言葉遣いで、見事な完成度でした。

mabanua

ゴッチさんはアジカンで日本語のロックを追求しつつ、自分のソロ作品では英語で歌い始めた人なので。僕とは順序が逆なんですね。でも最初に言った日本語歌詞のメリットとデメリットは、誰よりも共有できる気がして、歌詞をお願いしました。そうしたら即「日本語を使って、日本語っぽくなく響く詞を書けばいいんでしょ?」とレスが返ってきて、さすがだなと(笑)。

──そういうの、しびれますよね。

「あ、こういう部分に気を使わなきゃだめなのか」と、すごく勉強になった。ちょうど僕がほかの曲の作詞に苦労していた時期だったので、送られてきたゴッチさんの歌詞をお手本に細かい語尾とかをけっこう書き直しました。

mabanua「Blurred」
2018年8月29日発売 / origami PRODUCTIONS
mabanua「Blurred」初回限定盤

初回限定盤 [CD2枚組]
3240円 / OPCA-1039

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mabanua「Blurred」通常盤

通常盤 [CD]
2700円 / OPCA-1038

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CD(DISC 1)収録曲
  1. Intro
  2. Blurred
  3. Heartbreak at Dawn
  4. Night Fog feat. Achico
  5. Fade Away
  6. Overlap
  7. Cold Breath
  8. Tangled Up
  9. Call on Me feat. Chara
  10. Scent
  11. Imprint
初回限定盤CD(DISC 2)収録内容
  • 全曲のインストゥルメンタルバージョン
mabanua(マバヌア)
mabanua
バンドOvallのドラマーをはじめ、プロデューサー、シンガーとしても活躍するアーティスト。Ovallの活動と並行して2008年にソロ活動をスタートし、11月に初のソロアルバム「done already」をリリースした。2012年に発表した2ndソロアルバム「only the facts」はiTunes Storeのダウンロードランキングで1位を獲得するなどロングヒットを記録。またChara、Gotch(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、矢野顕子、くるり、RHYMESTER、米津玄師、藤原さくら、Negiccoなどのプロデューサー、ドラマー、リミキサーを担うほか、CM楽曲や映画、ドラマ、アニメの劇伴も多数担当。2018年にはテレビアニメ「メガロボクス」の劇伴を手がけ、6月にオリジナルサウンドトラックも発売された。同年8月には前作から約6年ぶりとなるアルバム「Blurred」を発表。今作のリリースを記念したツアーも予定されている。

2018年9月14日更新