意味が逆転する「あなたじゃなければ」
──デュエット曲の制作はどのように進めていったんですか?
坂本 堂島さんにはライブにも出てほしかったから「ライブで映えそうな曲を」とお願いしつつ、曲を先に書いてもらってからあとで歌詞を相談しました。
堂島 真綾さんが長く音楽をやってきた中で、いわゆるモータウンのリズムをやってなかったので、まずはそれをやってみようと。そのうえでライブを意識した曲を、と考えていきました。歌詞は真綾さんが書くものかと思ってたので、僕にオーダーいただいたときに「あれ? 真綾さん面倒くさくなったのかな?」って(笑)。
坂本 あははは(笑)。そんな。
堂島 そしたら、僕が今回のレコーディング一発目だって聞いて「あれ、そうじゃなかったんだ!」となりました(笑)。
坂本 そうですよ。歌詞書いてほしかったんですって!
堂島 デュエットって難しくて。2人で歌う曲はこれまでも書いてきたけど、男女を共に存在させながら1つの話として進めていくのも難しいし、作曲においては同じキーの中でお互いの声のいいところが出るメロディラインを考えなくちゃいけない。主人公が2人いると、1曲の中でめちゃくちゃコンパクトにまとめる必要があるんです。物語を描くヒマがないというか。それで、1つのものについて言い合っている歌にしました。デュエット然とした曲……例えば僕らが子供の頃だったら「男と女のラブゲーム」(1986年にCMソングとして発表された武田鉄矢と芦川よしみによるデュエット曲。その後複数のアーティストがデュエットで発表した)のような歌謡曲のノリがあると面白いかな、ということでどんどん答えを見つけていった感じです。
坂本 このアルバムでも男女のデュエットはほかにもありますけど、ラブソングのカテゴリをやるならこのラインナップだと堂島さんしかいないだろうなって。でも、いい歳したおじさんおばさんのラブソングとして何が聴きたいだろう?と考えたときに、ただニコニコしているラブソングは違うなと思ったんです。逆にケンカしちゃうみたいな、むしろケンカを全力でぶつけることが愛情表現に見えるような感じだったらいいんじゃないかとアイデアだけお投げしたのですが、完璧に書いていただいて。
堂島 それを聞いて、最初はただただひたすら真綾さんに悪口言われる歌にしようと思ったんです(笑)。男がひたすら真綾さんにののしられるっていう。ファンの人も聴いてみたいだろうなと考えたんですけど、こっちにも言い分があるようにしないと歌詞として成立しないから。
坂本 「あなたじゃなければ」の意味が最後に逆転するところなんて、お見事ですよね。いろんなカップルにとって共感性が高いと思います。
土岐 うん、感動した。ジャケットの文字校のときにほかの人の歌詞もあったから全部チェックしたんですけど(笑)、堂島くんの歌詞を読んで感動しましたもん。
堂島 LINEでは冷静に「あそこの文字間違ってない?」としか言ってなかった(笑)。
土岐 気付いちゃったので伝えましたけど(笑)、なんて素晴らしい歌だと思って。この曲は多くの人の共感どころだと思います。この歌は夫婦のイメージですけど、結婚生活って日常の積み重ねで、なんでもないことの繰り返しだったりしますよね。でも最後の「あなたじゃなければ」でハッとする。このなんでもない日常を大切にしよう、どうってことないコミュニケーションの連続を大切にしようと思いました。
堂島 レコーディングも一緒にできて、それも楽しかったです。ずっと1人でやってきたので、いい経験でした。
坂本 そうですね。人の歌入れなんてそうそう見られないから新鮮でした。参加してくださった方それぞれ歌録りの方法も違うし、面白かったです。
今となっては愛おしい「ひとくちいかが?」の風景
土岐 私のほうは最初に作詞もしてほしいというオファーを受けて。女性同士のデュエットって何を歌うかが重要というか、なぜ女性同士で歌うのかという明確な理由が必要だなと思ったんです。なのでまずは打ち合わせをして。真綾さんには常日頃、迷いがない人というイメージがあったんですよ。強い歌詞というわけじゃないけど、自分がしっかりと真ん中にあって、迷いなく歌をつむいでいるイメージ。繊細なんだけど凛々しい真綾さんの音楽が好きで。でも一緒に歌うとなったら、その迷いのない人が迷っている感じを出したくなったんです。普段仲のいい女友達と一緒にお茶をするとき何を話しているかといったら、迷っていることだとか失敗談だとか、それを笑いに変えてアハハと話していることが多くて。それを真綾さんとやりたかった。
──この芯の通った人を困らせてみたいと。
土岐 そうそう。
坂本 実際は迷いっぱなしなので逆にフィットするというか(笑)。曲を書いてくれたTENDREさんも含めてオンライン会議でお話したときに、周りから見たら「なんの話してんの?」と思うような友達同士の会話の盛り上がりをイメージして、1人が歌っているところに相槌が入っていくような曲にしたいと話していたら、イメージ通りのメロディを書いてくださって。実際に歌詞が付くと本当に会話になっていて、これもデュエットの醍醐味だなと思いました。
土岐 「女性2人が失敗談を笑い話にし合って、ワイワイ話しているような感じにしませんか?」と言ったら真綾さんも乗ってくださって、「お互い話を聞いてないような感じがいいよね」って(笑)。もっとかしましい感じにもしたほうがよかったかな?とも思ったけれども、TENDREさんの曲がすごくスタイリッシュで。思いのほかおしゃれな空間でスマートに会話をしている2人という印象だったので、二転三転してこの形に落ち着きましたけど、基本は「そうそうそう、わかるわかる!」と言ってるだけの歌にしたかったんです。
坂本 声を合わせてみるとこんなに個性が違うんだなと改めて思いました。聴いているとちゃんと2人の女性が立ち現れるというか。土岐さんと友達役なのがうれしかったのもあるけど……最近は本当に人と話すことに飢えていて。普段よく会う友達ともまったく会えない時期が続いていたから、すごくストレスの溜まる日々だったんですよ。こういう、ひと口ずつお皿を分け合うような光景がすごく遠くにあって。この世界観が愛おしい。これが今私に必要なもの!って感じがしますね。
土岐 確かに私もこの光景に憧れながら歌詞を書いた気がします。仲のいい友達と電話したりはするんだけれども、ごはんといったら最近は仕事で一緒になった人と合間に、くらいの感じなので。特に「ひと口食べる?」なんて今は絶対できないですから。そんな日々もあったなあ、そういう日々がまた来たらいいなあって。
──この日常風景をうらやましく思う日が来るなんて想像もしていなかったですよね……。
堂島 確かに。「ひとくちいかが?」って、今はシニカルなものにも捉えられるよね。
坂本 そう。だからこれを2021年に歌として作れたことがうれしかったんです。私が土岐さんを「すべて兼ね備えた女性」と思っているように、人の人生ってうらやましく思えるものだと思うんですよ。他人から見たら完璧に思えても、人それぞれに悩みを抱えていたりする。何かの拍子にそれを見せ合ったとき、それこそ「ひと口食べる?」みたいな感じで擬似体験したり交換し合ったりして、お互い確認して「だよねー」と言い合うみたいなことって実際すごくあるし、いろいろ考えちゃいますね。
土岐 そして食べ物を前にしたときのやりとりって、コミュニケーションをそのまま表しているというか。みんなでシェアしてワイワイして、大した話はしてないんだけれどもすごく距離が近くなったり、その人の気持ちを知るようなところはありますよね。食事をテーマにしたのはすごくよかった。
ないものねだり
──単にコラボレーションする、一緒に曲を作るというだけではなく、シンガーでもありソングライターでもあるというアーティスト同士の関係で一緒に答えを導き出すみたいな面白味が、このデュエットアルバムにはありますね。
坂本 そうですね。デュエットアルバムという案が挙がったものの、デュエットで何ができるんだろう?と私の頭だけでは想像がつかなかったし……すごく奥が深かったですね。大変でした。普通のアルバムを作るよりラクかと思ってたんですけど(笑)。だってやること半分じゃん、みたいな。全然そんなことなかった。最後の最後、ミックスに至るまで本当に大変でしたけど、すごく面白かったです。
土岐 小泉さんとの曲、ペットなんだ!と驚きましたもん。なんてすごい歌詞なんだと。
坂本 デュエットで描く2人の関係として、恋人も友達も夫婦も出尽くしたし、どうしよう?と思って。1人ひとり、当たり前だけど皆さんの声から受ける印象も違うし、自分だけで作っているアルバムにはない広がりがありますね。導いてもらえる景色もあるし。でも、本当に全曲素晴らしすぎて、落ち込むばかりの日々でしたよ。
堂島 ええー。
坂本 みんなやっぱり素晴らしいな。私はなんなんだ……みたいな。私もスサミンなんで(笑)。でも、そう思えるのも最高というか、1人でやっているとき以上にみんなのことも見るし、自分のこともよくわかる。勉強になる1枚でしたね。
──自分だけのよさを持っていたとて、ないものねだりはあるでしょうしね。
堂島 めっちゃありますよ。めっちゃある。本当に。真綾さんも土岐ちゃんもセンターにしっかり立って歌えるじゃないですか。僕、それがもう全然できないもん。じっとしてらんなくなっちゃうから(笑)。なんで動かずにこんなに絵になるんだろう?っていうね。
──でも坂本さんは、じっとしていられない堂島さんに憧れを抱いているわけですよね?
坂本 そうですよ。さっき「ライブの途中で自分のことがどうでもよくなる」とおっしゃってましたけど、そこに憧れるんですよ。それができないから。
土岐 わかるわかる。
坂本 そうなりたいんですよ。でもそれってすごく難しいことで、究極なことだと思うんです。その才能が欲しかったと思っちゃう。
土岐 そう。ふと我に帰ってぎこちなくなりそうな感じがして。その集中力がすごいなと。
堂島 ないんだよ、我が。我がないんだと思うよ。
土岐 我(笑)。
堂島 不思議なのは、僕らはそれぞれ違う道を歩んできて、交わったのはほんの6、7年前だけど、それぞれの場所で同じ時間を過ごしてきた経験値みたいなところは重なる部分があるなって。言葉についての感覚や、ライブへの向き合い方。そういうところを発見すると、続けてきてよかったなって思いますね。
坂本 最初に話したように、確かに90年代はもっとカテゴリがはっきり分かれてたけど、長く続けていると状況も変わって、自分も変わって。続けてきたからこそいろんな線が交わることができているんだと思うと、続けることは悪くないなと思いますね。5年前なら今回参加してくださった皆さんに声をかけている自信はなかったと思うし、「いつ何が起きるかわからない」と身に沁みてわかる年齢になったこともあって。「いつか」と思っている人は今呼ばないと、という思いが強くなってますね。でも本当によかったです。断られなくて(笑)。横アリもよろしくお願いします。
土岐 今日の話を聞いて、2人のパフォーマンスが楽しみになりました(笑)。
堂島 いや、もうホントにね。ちゃんとやらないと。
坂本 私、あのタン、タン、タタタンというリズムがビンタをする音に聞こえるんですよ。
堂島 ヤバっ。「ハイスクール・ララバイ」状態?(笑)
坂本 (笑)。まあ、楽しんでもらえたらうれしいです。お祭りなので。
次のページ »
坂本真綾 単独インタビュー
個人的な思いから生まれたアルバム