新たな作家陣との出会い
──ここからは収録曲についてそれぞれ詳しく聞かせてください。導入のインスト「はじまり」と「今日だけの音楽」は作曲も坂本さんご自身によるもので、編曲は山本隆二さんが担当されています。去年お話を聞いたとき(参照:坂本真綾「ハロー、ハロー」インタビュー)、これまで自作曲のアレンジは渡辺善太郎さんか河野伸さんにしかお願いしたことがないので、別のアレンジャーさんとも組んでみたいとおっしゃっていました。「宇宙の記憶」のカップリング曲「序曲」でそれが実現して、引き続きのオファーですね。
山本さんにはほかの方に書いてもらった曲では何度もご一緒していて、そのたびにいつも……知的というか、混沌とした中にも情熱的なものがある印象で。「序曲」がすごく満足のいくものになったので、引き続きお願いしました。アレンジャーの皆さんにもストーリーは読んでいただいていて、山本さんには「こういう物語があって、最後の曲をお願いしたいんです」と伝えて。これが映画や演劇で言えばラストシーン、大団円になるんだけれども、オープニングには同じメロディを、「夢の中で聴いたものを思い出そうとすると邪魔が入る」みたいなモヤっとした、遠くからやってきて遠くに去っていくインストにしたいとお願いしたんです。
──すごい難題ですね。
こんな抽象的なお願いを、バッチリ叶えてもらえました。映像を作るように、楽しみながら音楽として構築してくださって。
──2曲目の「Hidden Notes」を作曲したSIRAさんは初タッグですよね?
はい。別の機会にたくさんデモを聴いていて、この曲がすごく引っかかっていたんです。そのときは探していた曲の方向性とは違っていたのでご縁がなかったけど、次にアルバムを作るときに絶対に入れたいとキープしていたんです。そのくらい気に入っていて。無国籍というと簡単ですけど、不思議な世界観があって、壮大なテーマを乗せても受け止めてくれる曲だなと思ったんです。ポップスとして聴きやすいもの、キャッチーなものにもたくさん出会いますけど、1曲の中にドラマチックな……荒波とか空撮とか(笑)、大きな景色を思い浮かべさせてくれる曲はそんなに多くはないので。
──作詞は坂本さんご自身ですが、この歌詞では“今日だけの音楽”という物語のテーマを組み解きやすく表現しているように感じました。
本当に核となるテーマについて歌っているのは「Hidden Notes」だけで。過去に戻りたいというお願いや、永遠に続くものを欲しいと思う、今じゃない時間軸を望む人に「今生きているこの瞬間にも目を向けてみようよ」と歌っている歌なんですけど、最後に置く曲はもっと個人的なところだけに絞りたかったので、テーマはこの曲で最初に言っておいて、という感覚でした。
──3曲目「ホーキングの空に」のアブストラクトな音像は今の洋楽のトレンドに近い印象です。ループするサウンドの上で、永遠と一瞬について逡巡する思いもループするという。大沢伸一さんの楽曲提供も初めてですね。
ディレクターが「いつか大沢伸一×坂本真綾の組み合わせを見てみたい」と思っていたようで、私も大沢さんの音楽は聴いてましたけど、なんのつながりもないし、おいそれとノックをしていいかもわからない遠い存在だったので。今回は面識のない方にも果敢に挑んでいったのですが、それこそ椎名さんとのコラボも経て、恐れずにどんどんいろんな人と出会ってみたいという気持ちが強くなっていたので、ぜひこの機会にとお願いしました。音楽は長くずっと聴いてもらいたいのが当たり前なのに、今日だけにしか響かない音楽という逆説的なテーマに興味を持ってもらえたみたいで、そこからイメージを膨らませて作っていただきました。
──その歌詞を一倉宏さんにお願いしたのは?
誰の曲に誰の歌詞を、というマッチングを考えるのも楽しかったんですよね。この曲は同じメロディが何度も出てくるし、日本語を乗せるのが難しいメロディだと思いました。一倉さんは作詞家ではなくコピーライターが本業で、限られたスペースの中で日本語をデザインするというお仕事なので、この曲にぴったりなのかもしれないと思ったんです。今回のアルバムは初めての人とよく知っている人を両方入れたかったので、その意味でもひさしぶりに一倉さんにぜひ参加してほしいなということで。
川谷絵音の世界観に飛び込んで
──次の「ユーランゴブレット」は新しい出会いの最突端というか、川谷絵音さんとのタッグはかなり意外でした。作家陣が発表された際、やはりもっともインパクトがあったのは川谷さんの名前ではないかと。曲としても完全に川谷絵音節で、坂本さんがその中に飛び込んでいる印象です。
ゲスの極み乙女。もindigo la Endも大好きなんですけど、まず歌詞に惹かれたんですよ。川谷さんの書く歌詞にいつも注目していて。岩里祐穂さんと食事に行くといつも「最近の絵音の歌詞はどうだった」って話になるんです(笑)。でもあれは川谷さんの声で歌うから成立するのかもしれないし、私がそこに飛び込んだらどうなるんだろうというのは、正直やってみないと本当にわからないことだったので。ご一緒したいと思いつつも、うまくいくかどうかは出たとこ勝負だなと思っていました。でも何よりびっくりしたのは、歌ってみたときのフィット感。どの曲よりも歌いやすかったのが川谷さんの曲ですね。
──それは意外ですね。
歌詞は私からは絶対出てこない世界観であると同時に、私のことをよく知っている人は書かない歌詞だと思ったんですよ。私に対してなんの先入観もなく書いていただいたようで、それがとても新鮮でした。刺さる部分が聴くたびに違う、めちゃくちゃ気になるフレーズが出てくるというのが川谷さんの個性の1つですけど、女性目線の描写がすごくうまいですよね。男の人が想像する女性ではなく、女性が思う女性像になっているところがすごい。
──レコーディングの際にはお会いしたんですか?
はい。私は24時間でぐるりとひと回りする遊覧船というイメージで書かれた歌詞なのかなと想像して歌ったんですけど、「これってどういう意味ですか?」と聞くのもしゃくなので(笑)、聞かないまま終わりました。歌っていると、日本語の響きとメロディの組み合わせがすごく気持ちいいんですよ。椎名さんの曲にも感じたことですけど、このメロにこの歌詞を乗せると気持ちいいという感覚は、ご自身が歌っている方ならではなんですかね。
──これまで作品の中で触れてきた川谷さんに、実際にお会いしてどういう印象を持ちましたか?
ただただ天才。お忙しい方ですし、締め切りもタイトかなと思ったんですけど、伝えていた締め切りよりもすごく早く届いたんです。もともと「僕は曲を作るの早いんです」と断言されていて。本当に早く届いて、曲もすごくよかったので「……そんなに早くできるなら、もう1曲聴かせてもらってもいいですか?」って(笑)。それで2曲書いてもらったんです。どっちか1つを選ぼうと思っていたんですけど、両方好きなので入れちゃいました。
──9曲目の「細やかに蓋をして」ですね。レコーディングにはゲスの極み乙女。から休日課長さんがベーシストとして参加しています。
レコーディングのときも川谷さんが司令塔としてすべてのジャッジをしていくわけですけど、誰の質問に対しても、誰の演奏に対してもあり / なしの答えをするスピードが速い。その決断力のすごさに「天才だな」と思いました。
──川谷さんにあって坂本さんにないもの、逆に共通するものは?
共通点はあるのかな……わからないですね。お会いしてみると根っからドライというか、男気のある人なのかなという気がして。すべての行動に迷いがないというか。それは私にないところでうらやましいなと思いますね。
──テレビで曲作りの過程を明かしていたときも、一筆書きのようにつらつらと仕上げていて、本当に迷いのない人だなと思いました。
天才っているんだなって感じですね、ただただ。年齢も若くて……私は今までずっと歳上の方とばかりお仕事してきたので、今の時代を引っ張っているような若者の制作現場を間近で見られてよかったです。
“今日だけの音楽”のさまざまな切り口
──5曲目の「お望み通り」は「宇宙の記憶」にも通じるジャジーで大人びたムードのある曲ですね。坂本さんは若い頃から大人びた曲も歌ってきましたけど、これはキャリアを積んできたからこそ出せる身の丈にあった大人のムードというか。
そうですね。背伸びせずこういう曲が歌えるようになったというか。「DIVE」(1998年発売の2ndアルバム)に「ピース」という曲があって、あのときは10代の私が背伸びして大人っぽい曲をやってみようということで挑戦してみましたけど、今になって自然とこのムードにハマる自分を発見して。伊澤さんにこういう曲調でとお願いしたわけではないんです。伊澤さんには以前作ってもらった「逆光」(2018年7月発売のシングル。ゲーム「Fate/Grand Order」2部主題歌)と真逆のことがやりたいという思いがあったようで、じゃあ今度はタイアップとか何もない状態でこのストーリーだけで自由に書いてくださいと丸投げでお願いして、出てきたのがこういう曲だったんですね。伊澤さんの根明な部分が出ているというか、ダークな要素も感じるけど根っこに明るいものがあって。
──むちゃくちゃポップですもんね。
演奏はピアノ、ドラム、キター、ベースだけのシンプルな構成なのに華やかで、展開もミュージカルっぽいというか、景色や場面がどんどん入れ替わっていくようなスピード感があって。歌詞を書いていても楽しかったです。セリフのように書きました。
──「オールドファッション」は編曲の北川勝利さん(ROUND TABLE)をはじめ、おなじみの演奏陣が集まっていますけど、すごくフレッシュな印象です。「お望み通り」の大人びたムードから一転して若さを感じるというか、意外に今までなかったフレッシュ感で。
そうかもしれない。しかも作曲がthe band apartの荒井岳史さんという意外な組み合わせで。荒井さんのデモはもう少しゴリッとしてたんですけど、あえて北川さんに「ちょっと懐かしい、シティポップっぽい雰囲気にして」とお願いしました。おなじみのメンバーを集めたのは、「昔同じ時間を過ごしたサークル仲間が1日だけ集まってライブをやる」みたいな裏テーマがあって。これはその出演者たちなんですよ。歌詞の中で“今日だけの音楽”を表現するとかいろんなやり方がありますけど、いろんな切り口を考えていて。これは曲の中身というよりは「この懐かしい曲を1日だけ再結成したバンドが弾いていると思うと楽しいかな」という裏設定がありました。
──なるほど、腑に落ちました。
懐かしさを目指したのに、フレッシュになっちゃった(笑)。
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「いいアルバムになりそうだ」という予感