高校の思い出、ロッカーの上からの景色
──坂本さんの場合、十代の頃から仕事をしているから、ご自身の記憶とは別に、仕事の記録がアーカイブとして残っていますよね。それは僕らにはわからない不思議な感覚だろうなと思うんですけど。
ああ、そうですね。
──ちなみに、購買部の風景以外でなぜか妙に覚えているシーンってほかにもありますか?
いっぱいありますよ。教室が3階にあったんですけど、廊下に並んだロッカーの上に登ってみんなで並んで座って、窓の下を眺めていると帰っていく生徒が見えるんです。あるときは「あれ? あの2人一緒に帰ってる。付き合ってんの?」みたいな話をしたり(笑)、あるときは……本当になんでもないんだけど、風が気持ちよくて「帰んなきゃなー」って思いながらみんなずっと動けないとか。そのロッカーの上に座っていたことをよく覚えてます。
──ロッカーの上からの画角がしっかりと。
そうなんですよ。あとウチの高校はクーラーがなくてすごく暑かったんです。暑いのに西日が入ってくる教室で、みんなでコンビニで買ってきたみたらし団子を分け合って食べてたなあとか。なんの話をしていたのかは曖昧なんですけど、とにかく時間があったんだなあって。仕事はしていましたけど、今のアイドルさんみたいに超絶忙しいわけじゃなく。学校にはきちんと行ってたけど、週に何回か放課後に仕事が入っている程度だったので、週に何回かはただ学校に行く日々だったんですよ。友達は声優という仕事にまったく興味がなかったので、誰も仕事の話なんて聞いてもこないし、私が出ているものなんて観てもいないし、CDを買いもしない(笑)。でもそれがすごくよかったんです。
──たまに「仕事だ」と言って早く帰っちゃう友達、ぐらいの。
そうそう。でも「仕事だ」というのもめんどくさくて「今からバイトー」ぐらいの感じで適当にはぐらかしていたから、私が何をやってるのかよく知らない友達もいっぱいいましたよ。普通すぎる高校生で、仕事はしてたけどお小遣いはそんなにもらってなくて。いつもお金がなくて、みんなにシャープペンの芯をもらってたのも覚えてます(笑)。「1本ちょうだい」って。
さらっとそこに存在している曲
──「ハロー、ハロー」の作曲は苦労しましたか?
気のせいかもしれないけど、エンディングテーマはオープニングテーマより気がラクなんですよ(笑)。主題歌にはもっと使命があるけど、エンディングはその日の物語が終わった余韻を邪魔しない感じがよくて。テーマをガチガチに設定しなくても聴いてくれる人それぞれが感じるものがある、自由度の高いものだと思うんです。私としてはバラードだとか、ちょっとしっとりめの曲がいいのかなと思ってたんですけど、監督やディレクターからは「かわいくて前向きな雰囲気が欲しい」というオーダーがあって。それで私が思ったのは、飄々とした、歌い上げるでもなく、さらっとそこに存在している曲。私の曲は難しい曲が多いので、作家さんに頼むと「坂本真綾さんの曲は難解なものが多いから」と難しくしようとがんばってしまう人がけっこういるみたいなんです(笑)。
──(笑)。
別にそんなことはなくて。せっかく自分で書くなら、もっとシンプルでド直球に書いてみようかなと思ったんですよね。特に考え込まずに、なんとなくピアノを触っていたら……できちゃったんです。そんなに悩まなかったですね。
──曲作りに関しては、オーダーを受けるでもなくストックしておくようなこともあるんですか?
あったんですけど、「ハロー、ハロー」については作品のことを考えてイチから作りました。それを善太郎さん(サウンドプロデューサーの渡辺善太郎)に持っていって、かわいさをアップしてもらって。善太郎さんと言うと、私の世代だとやっぱりCharaさんの曲をやられていたイメージが強くて、どちらかと言うとドラムやベースがどっしりしているイメージだけど、「やさしい気持ち」(Charaが1997年に発表したシングル)のようなすごくかわいいおもちゃ箱みたいな曲も好きで。それこそ自分が高校生のときに聴いていた、善太郎さんのあの感じがいいなあと思ってお願いしました。
──かわいくなりすぎない、ちょうどいいさわやかさがあって、坂本さんの自然体の感じが出ていていいなと思いました。
ならよかったです(笑)。
自然体で存在できる曲になった
──カップリング曲の「月の話」はグッと大人なイメージで。こちらは坂本さんは作詞のみで、作曲とアレンジは山本隆二さんですね。
山本さんにはこれまでアレンジは何度かお願いしていますけど、作曲をお願いしたのは初めてで。いつか作ってほしいと思っていたので、これはいい機会かなと。「なんの縛りもないので、自由にお願いします」と伝えました。
──具体的なオーダーはしなかったんですか?
大人っぽいバラードがいいなというお話はしました。すごくいい曲で、私大好きなんです。アンニュイで、少しキーを低めに設定したのも気に入っているし、ホーンやチェロの低めな音が新鮮でいいなって。
──作詞は曲をもらったあとに、その印象を受けて?
はい。決してハッピーな曲ではないんだけど、がっつり落ち込むと言うよりは、出来事を受け止めて眺めているような、俯瞰した目線が浮かんで。あと、低音を聴いているうちに惑星が浮かんできたので、こういう歌詞になりました。
──地球や月というマクロな規模だけど、視点はミクロで。
そうですね。起きているのはベッドルームの中の出来事。
──20周年を過ぎた先の活動として、ともすればこういう大人っぽい路線のみで行くというのもアリなのかなとは思うんですけど、「ハロー、ハロー」もあるというバランスはすごくいいなと思います。声優としてアニメに多く携わるという職業柄もあると思うのですが、作品に寄り添うことで音楽に振り幅が出る面白さはあるのかなと。
長くやっているといろんな可能性がありますよね。自分の好みをより追求していく方向もあるし。でも、どれも納得してやっていることなので、ちぐはぐ感はないと思います。聴く人にとっては「CLEAR」が出て「ハロー、ハロー」が出て「逆光」が出ると、どれがこの人の本筋なんだろうと思いますよね(笑)。全部好きな人もいるだろうし、どれか1種類が好きな人もいるだろうし。でも私は1つひとつに、それぞれの居場所を見つけているので、どれかで無理をしているということはないんですよ。ただ「ハロー、ハロー」と「月の話」の2曲は普段の私にとても近いので、「最近どんな音楽やってるの?」と聞かれたときに「こんなのです」と聴かせたくなる、自然体で存在できる曲になったので居心地はいいですね。
──リスナーの反応は気になりますか?
リリース日直前って、意識してないつもりでもやっぱりソワソワするんですよ。「みんなどう思ってるだろうなあ」とか「ワンコーラスだけ流れてもこの曲のよさは伝わらないかもなあ」とか(笑)。でもなぜか今回はあまりそれがなくて。こんなに穏やかな気持ちでリリース日を迎えられるのは、自信があるとかじゃなくて、他人の評価があまり気にならないんだと思う。作る前は「坂本真綾作詞作曲のシングルってどうなの? 大丈夫なの?」ってディレクターに言ってたんですけど(笑)、作ってみたらそんなことはどうでもよくて「作らせてもらえただけでもありがたい」みたいな。今はただハッピーな気持ちです。
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ゲームの世界とリンクした「逆光」「空白」「色彩」
- 坂本真綾「ハロー、ハロー」
- 2018年5月23日発売 / FlyingDog
-
[CD] 1404円
VTCL-35273
- 収録曲
-
- ハロー、ハロー
- 月の話
- Million Clouds~acoustic live ver.~
- ハロー、ハロー -Instrumental-
- 月の話 -Instrumental-
- 坂本真綾「逆光」
- 2018年7月25日発売 / FlyingDog
-
MAAYA盤 [CD]
1512円 / VTCL-35282 -
FGO盤 [CD]
1512円 / VTCL-35283
- 収録曲
-
- 逆光
- 空白
- 色彩 -unplugged session-
- 逆光 -Instrumental-
- 空白 -Instrumental-
- 坂本真綾「CLEAR」
- 2018年1月31日発売 / FlyingDog
-
[CD] 1404円
VTCL-35268
- 収録曲
-
- CLEAR
- レコード
- プラチナ~acoustic live ver.~
- CLEAR -Instrumental-
- レコード -Instrumental-
- 坂本真綾(サカモトマアヤ)
- 1980年3月31日生まれ。幼少時より劇団で活動し、1996年4月にテレビアニメ「天空のエスカフローネ」のオープニングテーマ「約束はいらない」で歌手デビューを果たした。声優、女優としても活躍しながら、コンスタントにオリジナル作品を制作している。2015年春からはデビュー20周年を記念したさまざまな企画を行い、4月にはトリビュートアルバム「REQUEST」、9月には通算9枚目のオリジナルアルバム「FOLLOW ME UP」を発表した。2018年1月にはテレビアニメ「カードキャプターさくら クリアカード編」のオープニングテーマ「CLEAR」、5月にはテレビアニメ「あまんちゅ!~あどばんす~」のエンディングテーマ「ハロー、ハロー」をシングルでリリース。続いて7月にはゲーム「Fate/Grand Order」関連の楽曲をまとめたシングル「逆光」を発表する。