昨年は3月にアルバム「DAILY BOP」を発表したのち、東京・日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)でのワンマンを皮切りにZepp Haneda(TOKYO)、Zepp DiverCity(TOKYO)から追加公演のUSEN STUDIO COASTと着実にライブのキャパシティを増やしていったLucky Kilimanjaro。躍動の1年を経た彼らが、メジャー3枚目のフルアルバム「TOUGH PLAY」を完成させた。
前作「DAILY BOP」は朝から夜までの時間の流れを描いたコンセプトアルバムだったが、「TOUGH PLAY」は「オリジナルであること」「リズムが自由であること」「バラエティに富むこと」という3つのサウンドテーマを通し、“好き”とは何かを追い求めた作品となっている。音楽ナタリーではこのようなテーマが掲げられた理由、各楽曲に込められた思いについて、フロントマンである熊木幸丸(Vo)に聞いた。
取材・文 / 黒田隆太朗撮影 / 入江達也
作品の価値は数字で決められるものじゃない
──昨年はメジャー2ndアルバム「DAILY BOP」のリリースや日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)でのワンマンライブ「YAON DANCERS」、加えてアルバムに伴うツアーなど、充実した1年を過ごしたのではないかと思います。どんな手応えを得た時間でしたか?
去年はコロナ禍からの回復をメインテーマに掲げて活動したんですが、落ち込んでしまったところから気持ちを戻して、人に寄り添える音楽活動ができた達成感がありました。それを踏まえて、今年はウィズコロナ状態が定着しつつある中で、自分の好きなこと、やりたいことなどパーソナルな部分にフォーカスしたいと思いました。そこから今回のアルバム「TOUGH PLAY」の制作に至ります。
──「TOUGH PLAY」の資料にも「定量的な評価ではなく、自分の中にある価値基準を大事にしたい」という旨の言葉が書かれていますね。
音楽活動をしていると、例えばミュージックビデオの再生回数だったり、与えられた数字によって作品の価値が決まってしまうことがあるんですよね。でも、本来そういう価値基準が個人の“好き”のベースにはならないはずですし、それよりも自分自身の好きなものを追い求めることが大切だと思っています。価値の基準が阻害されない社会であってほしい、という願いがすごくあります。
──個人個人の能動性を取り戻したい、という見方もできますね。
もっと偏っていいですし、意味がなくてもいい。いろいろな人が、自分の中で生まれたものを表現できるのが豊かな社会だと思います。僕はその環境を取り戻したい。何より、それを追い求めること自体が「こんな活動をしていきたい」という、自分自身に対する祈りに近い感情にもつながるんです。その思いを込めて、「自分の中にある価値基準を大事にしたい」というコンセプトのアルバムを作りました。
自分のスタイルや、いいと感じたことを追い求め続ける
──1曲目「I'm NOT Dead」にも象徴されるように、「TOUGH PLAY」はLucky Kilimanjaroのアティテュードが改めて示された作品だと思います。
去年、東京オリンピックのスケートボード競技で、平野歩夢選手がThe 5.6.7.8'sの「Woo Hoo」をBGMにしていたんですが、僕はあのパフォーマンスを観て「自分のスタイル、自分が追求しているカッコよさを見せている」と感じ、そこに影響を受けました。僕も活動していくうえで自分のスタイルを示さないと、言葉に説得力がなくなってしまうし、すごく重要なことだと考えたんです。
──なるほど。
そこから、1950年代のドゥーワップ調の楽曲を自分で作り、それをサンプリングしてハウスミュージックに落とし込むというスタイルで曲を作ったら面白いんじゃないかと思い、「I'm NOT Dead」の制作をスタートさせたんです。さらに「自分のスタイルを貫いていきます」という歌詞を書くことで、結果的に「TOUGH PLAY」のコンセプトにも合う曲になっていきました。
──アルバム最後の曲「プレイ」でも、「I'm NOT Dead」の一部を流用していますね。
ドゥーワップのサンプルを録っていたときに楽しくなっちゃったので、その臨場感を最後にもう一度入れてみました。「みんなもこういうふうに遊んでほしい」という思いを込めています。それからタイトルをあえて「プレイ」とカタカナで書いているのは、音楽を再生する“PLAY”や遊ぶほうの“PLAY”だけでなく、祈りの“PRAY”という意味も込めています。
──一方で11曲目の「Headlight」は、どこか優しい雰囲気のイントロがいいですね。
メンバーの評判はそんなによくなかった曲なので、そう言っていただけて「ほら、よかったじゃん」って感じです(笑)。
──(笑)。メンバーの反応が芳しくなくても、熊木さんの中にはこの曲に対する確信があったということですか?
「Headlight」も「I'm NOT Dead」とは違う方向でアルバムを総括している曲だと思ったので。曲の展開もメッセージの作り方も、すごく気に入っています。
──「たとえ闇に苛まれても Dance in the midnight 今夢中な音 追いかける」というフレーズは、すごく象徴的です。
その部分は好きなことをやるうえでの孤独みたいなことを表現しています。「Dance in the midnight」(真夜中に踊っている)という歌詞には「誰にも見てもらえない」ということを表していますけど、それでも自分のスタイル、自分がいいと感じたことを追い求め続けるのが大事だと思って出てきた言葉ですね。
──「無理」では古い価値観を捨て、新しいものにアジャストしていくことが歌われています。
この曲はただ「価値観をアップデートする」みたいな話ではなく、どちらかと言うと、自分が信じていたものに対してNOを突き付けることを強く応援したかったんです。価値観はどんどん変わっていくし、僕もかつてはいいと思っていたものを「ちょっと違うかも」と捉え直したり、恥ずかしく感じることがあったので。そんなとき、過去の価値観にちゃんと別れを告げたいし、みんなもそうなってほしいという気持ちを表しています。
──Lucky Kilimanjaroの音楽は、サウンドの面白さはもちろん、そこにリスナーへのメッセージがありますよね。
いい音楽を聴くことが、何かにチャレンジするきっかけになることってありますよね。それは僕がダンスミュージックから影響を受けたものでもあるので、自分も音楽活動を通じて、リスナーの手助けができたらいいなと思います。
──最終的には、必ずリスナーに返っていく。
僕の場合はいつもそうです。最終的には聴いてくれた人へ影響を与えることが大切で。「いい曲ですね」と言われるのも当然うれしいんですけど、そこで終わっちゃったら、僕のやりたいことを本質的には実現できていない気がします。僕が音楽をやることで、誰かが動き出す。それが自分自身の感動になるし、音楽を作る楽しさの1つでもあります。
カラッとしているけど、日本の湿気みたいなものも感じられるバランス
──話は変わりますが、昨年リリースされた作品の中で、熊木さんのフェイバリットを3つ挙げるとしたらなんですか?
そうだなあ……Jungleのアルバム「Loving in Stereo」やHiatus Kaiyoteのアルバム「Mood Valiant」、The Chemical Brothersのシングル「The Darkness That You Fear」がよかったです。
──それらの作品は、なぜ熊木さんの気分にマッチしたと思いますか?
気持ちを明るく、カラッとさせたかったんですよね。だから「TOUGH PLAY」のサウンドも、前作「DAILY BOP」よりも比較的ブライトな音で作っています。アルバムを作っているときにはファレル・ウィリアムスの楽曲を聴いたり。あんまりシンクしすぎないもの、ウェットになりすぎない感じがよかった。
──なるほど。
先ほど挙げた作品のほかにも、アンダーソン・パークの曲とか、インディポップではレミ・ウルフの作品なんかも聴いていました。開放感があって、笑顔がピカッと光るような、明るいムードを求めていましたね。
──カラッとしたい気分というのは、昨年リリースされた「踊りの合図」にも反映されているのかなと思います。
そうですね。「踊りの合図」は南米の音楽の要素を取り入れていて、カラッとしたい気分が生まれるきっかけになった曲です。去年の頭にナイロンのアコースティックギターを買って、家でボサノバやサンバを弾きながら作っていきました。
──ネガティブなものを反転させるようなリリックもいいですね。
この曲では日本人的な暗い感情も、ちゃんと入れたかったんです。音はカラッとしているけど、どこか東京にいるようなムード、日本の湿気みたいなものも混ぜられるよう調整してみました。「やっぱりこの暗い感じが日本らしさなんだろうな」という感覚があるんですよね。それはうっとうしいと思う一方、ずっと暮らしてきた場所で感じる身近なものでもあって。それをカラッとした音に合わせることで面白くなるんじゃないかなと。
──ある意味じめっとした感触も、自分の生活にあるものなんだと受け入れている様子はありますね。
ええ。カラッとしたものを求めるのは、自分の中に暗い面が存在していて、それを自覚しているからだと思います。歌詞を見て、もしかしたら僕のことをポジティブだと思う人もいるかもしれないですけど、本当は内向的で考えちゃうタイプなんです。でも、その性格から解放してくれたのが音楽だったし、僕と同じように暗い部分を抱えている人はいっぱいいると思う。Lucky Kilimanjaroの音楽で、僕と同じく暗い考えを持つ人でも“おどり”たくなるようハードルを下げられたらいいですね。
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熊木幸丸がソウルミュージックに心動かされる理由