都会的に生まれ変わる、台湾歌手・伍佰の曲
──まず1曲目はLayton Wuの「夏夜晩風」です。この楽曲はどういったポイントでセレクトされたんですか?
菅原 まずNegiccoさんやKaedeさんの楽曲ってAORやシティポップのエッセンスが入った都会的な曲が多いと思うんですね。「夏夜晩風」はそういう曲が好きなNegiccoファンの方にも気に入ってもらえるかなと思って選びました。最初に少しお話しした落日飛車というバンドが台湾のAORの代表格なんですけど、その落日飛車のレーベルからデビューしたのがこのLayton Wuくんです。この曲は伍佰(ウー・パイ)という台湾を代表する歌手のカバーなんですけど、伍佰の曲をこのタイミングで、このアレンジでカバーするというのがめちゃくちゃ素晴らしいなと思って。この曲、聴いてみてどうでした? 普通におしゃれでいい感じじゃないですか?
Kaede すごくおしゃれで今時な曲だなって思いました。都会の風景が思い浮かぶような。
菅原 そうなんですよ。だけど原曲は全然おしゃれな感じではなくて、日本で言う演歌のような曲なんです。伍佰さんは、中国語が一般的だった台湾音楽の世界であえて台湾語で歌うということをずっと大事にしてきた人で。そういう曲をおしゃれなスタイルで歌うのがすごくいいなと思うし、伍佰を知らない若者にも聴かれているということに、とてもグッときます。
Kaede カバーだったんですね。こういうおしゃれな曲なのかと思って聴いてました。
菅原 そうなんですよ! 伍佰さんって非常にシンプルなコード進行が多いんですけど、この曲だけメジャーセブンスとかそういうおしゃれなコードを使っていて。だからレイトンくんがこれをセレクトするのも憎いなと(笑)。
Kaede 私はカバーだということを知らずに聴いていたんですが、この曲が一番すんなり入ってきたかもしれないです。歌詞が日本語だとしても全然違和感がなさそうというか。詞の内容はわからないけど、寄り添ってくれるような曲だなと思いました。
菅原 内容的にはラブソングで、「夏の夜に風が吹いていて、あなたの髪が揺れる」みたいな描写なんですけど、夏の湿った風がパーッと吹くような雰囲気がすごく台湾っぽくて大好きですね。
我是機車少女が今一番カッコいい
──2曲目は我是機車少女(i'mdifficult)で「No Love is Lost」です。Kaedeさんはこの曲いかがでしたか?
Kaede めちゃくちゃカッコよかったです! すごくメリハリがあるというか。
菅原 我是機車少女は今一番カッコいいグループということで選びました。彼らはこれまでカセットテープで曲をリリースしたり、ローファイな質感の曲を発表していたんですけど、これはかなりいい音で、ガチでやってきたなというのをすごく感じたんですよ。ファンクやR&Bの楽曲を、本場のアメリカなどから直接インスパイアを受けて表現する人たちが台湾でもどんどん増えてきていて。そういう人たちの中でも一番カッコいいバンドだと思います。
Kaede カッコいいのはもちろんなんですけど、構成がすごく面白いなと思いました。終わったと思ったら、違う雰囲気のパートが入ってきて。「別の曲をくっつけたのかな?」みたいな。すごく自由だなって思いました。
菅原 曲の構成が途中で変わるというのも、現代的な流行りのメソッドなんですけど、そういうトレンドを奇をてらうことなく取り入れてるのがいいですよね。
──菅原さんは林以樂さんの楽曲「VACATION」で、我是機車少女のボーカル・凌元耕(アーネスト・リン)さんと共演されているんですよね。
菅原 そうなんです。彼は自宅の地下にスタジオを持っていて、日々いろんなアーティストとセッションしているようなタイプで、その流れに僕も入らせてもらったんですよ。彼は問題總部(It's Your Fault)というバンドの曲にもコーラスで参加していたり、今の台湾のインディーシーンのキーパーソンだと思います。
映画音楽の再解釈
──3曲目はPoint Hsuの「A Pure Person」ですが、こちらは少し特殊な楽曲なんですよね?
菅原 そうですね。台湾の文化って、音楽だけじゃなくて映画もすごく魅力的なんですけど、この曲は侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の「ミレニアム・マンボ」という映画の主題歌を再解釈したもので。この曲が入った作品には「A Pure Person」のいろんなバージョンが収録されているんです。Point HsuさんはDJや電子音楽の舞台から映画の世界へと入っていった音楽家なんですけど、この曲を初めて聴いたとき「こんなに瑞々しくて切なくて、でもクールな曲を映画音楽で表現することができるんだ!」と思ったんです。それを皆さんにも感じてほしかったのと、ぜひ台湾映画も観てほしいと思ってこの曲を選びました。
Kaede 台湾映画、観てみたいとずっと思ってるんですよね。中国語を学ぶときに、「音楽や映画は耳で現地の言葉を覚えられるから、そういうのも大事だよ」って言われたんですけど、何から観ればいいのかわからなくて。
菅原 まずは侯孝賢やエドワード・ヤンがオススメです。
Kaede その方たちの作品はどうすれば観られるんですか?
菅原 1年に2、3回くらい日本で上映しているのでそれを見逃さないか、もしかしたらNetflixやAmazon Primeにもいくつかあるかもしれない。あとはTSUTAYAも大きい店舗ならたぶんありますよ。
Kaede 新潟のTSUTAYAはどうだろうなあ……。探してみます。
台湾原住民族が歌う“クリスチャンヒップホップ”
──続いて4曲目がABAOさんの「Thank You」です。ここまでのラインナップとは少し毛色が違う曲ですよね。
Kaede この曲は「なんか教会みたいだな」って思いました。「天使にラブ・ソングを…」みたいな。
菅原 まさに! 個人的には“クリスチャンヒップホップ”と言える曲じゃないかなと思ってます。ABAOさんはパイワン族という原住民族の方で、その原住民族語で歌っていたりするんですけど、そういう背景がありつつ、最新のフィーリングも併せ持っているのがすごいなと。この曲は医療従事者に捧げた曲で、「我々の日常は犠牲の上に成り立っている」と祈るように歌っていて、そういうメッセージ性もすごい。実は台湾の原住民族の方の80%近くがキリスト教を信仰していると言われているんです。
Kaede へえ! そうなんですね。全然知らなかったです。
菅原 実はそうなんですよ。なので、そういう原住民族の方たちが教会でゴスペルを歌っているというのは自然なことというか、台湾のリアルな姿の1つなんですね。だからこの曲にはさっきおっしゃったように、「天使にラブ・ソングを…」のようなフィーリングがあるんです。
Kaede すごく壮大ですよね。台湾にはこんな曲もあるんですね。少し意外というか、台湾の音楽の幅広さを実感します。
Negiccoとの共演を熱烈希望
──続いて5曲目がWaa Weiさんの「奶奶」です。今回の6曲の中でも聴きやすい楽曲だと思いますが、Kaedeさんはこの曲を聴いていかがでしたか?
Kaede めちゃくちゃかわいかったです! 「ところどころ日本語で歌ってくれてる!」と思って、そういうのもうれしいですし。歌い出しの部分は童謡の「桃太郎」ですよね?
菅原 そうです!
Kaede 歌詞にもメロディにも「桃太郎」が出てきて、すごくかわいい。
菅原 日本人でもとっつきやすい曲ですよね。個人的に台湾の女性歌手の中で歌声が一番好きです。
Kaede とても素敵な歌声ですね。優しくて柔らかくて。
菅原 曲によって声の表情が全然違うので、ぜひほかの曲も聴いてみてください。Waa Weiさんは音楽以外にさまざまな芸能活動もされているんですけど、それこそSkip Skip Ben Benの林以樂が楽曲提供で参加していたりして。そういうインディーシーンのミュージシャンを登用するというのが、Negiccoさんみたいだなって勝手に思っています(笑)。だから共演して一緒に歌ってほしいという思いも込めて選びました。
Kaede なるほど! こんな素敵な歌声の方と一緒に歌えたら光栄です。
ジャンルや地域をまたいだコレクティブ感
──そして最後はラップミュージック。榕幫(Banyan Gang)で「冬天(feat. 雷擎)」です。
菅原 もともと5曲のつもりだったんですけど、やっぱりラップミュージックも入れるべきかなと思って追加しました。Banyan Gangは台南のグループなんですけど、台湾には台北だけじゃなく高雄や台中や台南などいろんな街があって、そこで独自の活動を続けている人たちがいるというのはけっこう重要なポイントだと思うんです。彼らは全員大学のサークル仲間なんですけど、90年代のヒップホップに影響を受けていて。ユルい感じも台南の空気にすごくマッチしている。
Kaede 日本でもこういうフィーチャリングソングってけっこうあると思うんですけど、構成が似ているなと思いました。サビを歌ってる方が雷擎さんですか?
菅原 そうですね。サビを歌っているのがドラマーボーカルでありマルチプレイヤーの雷擎で、ラップがBanyan Gangです。Banyan Gangはバンドのボーカルをフィーチャーすることが多くて、問題總部や海豚刑警(イルカポリス)というバンドとコラボした曲とかもあるんです。ただのヒップホップだけじゃなく、バリエーションが豊富なので聴いていて楽しいですよ。
──台湾インディーのミュージシャンは、そういう横のつながりや連帯感が強いんですか?
菅原 かなり強いと思います。コレクティブ感というか、「みんなで盛り上げていこうぜ」という感覚はすごくあると思いますね。特にBanyan Gangは台南と台北をまたいでコラボしたりしているので、それがすごく面白いなと思います。
台湾音楽は進化し続ける
──Kaedeさんは菅原さんオススメの6曲を聴いていかがでしたか?
Kaede タイプが全然違う曲を選んでいただいたというのもあると思うんですけど、「台湾にはこんなにいろんな曲があるんだ」と少し驚きました。本当に全部よかったです。Waa Weiさんの曲とか全部聴いてみたい。音楽だけじゃなくて台湾映画とか、いろんなカルチャーへの興味がさらに湧いてきています。
菅原 音楽はいろんなカルチャーと密接に結び付いているので、音楽をきっかけに台湾のいろんな文化を知ってもらえたらうれしいですね。
──改めて菅原さんから読者に向けて、台湾音楽の魅力を総括していただけますか。
菅原 台湾の音楽には歴史や地域性が反映されているのが大事なポイントだと思います。あとはいろんなスタイルがあるので、今回セレクトした6曲からそれを感じ取っていただけたらうれしいです。そして、いい意味で進化の途中だと思うので、これからどんな音楽を聴かせてくれるんだろうという期待も抱きつつ、台湾音楽を楽しんでほしいですね。
※台湾では先住民族を“もともと居住していた民族”という意味合いのもと「原住民族」と表記することが一般的であり、本稿でも現地の通例に倣い「原住民族」という表現を使用しています。
2021年8月13日更新