ナタリー PowerPush - 桑田佳祐
いとうせいこうが語るその魅力 「I LOVE YOU -now & forever-」
「キャー」って言われることがオルガスムス
──桑田さんを見ていて思うのは、ハイクオリティなことをやっているのに、同時にすごく大衆性があるという。
そうだね。
──そこが不思議なところだと思うんです。
いやー、それはやっぱりウケたいからでしょ?
──ウケたいから?
桑田さんはウケないと気が済まないんだと思うよ、やっぱり。その欲が彼を天上的な存在にしないで、この地上に置いてるんだと思う。こないだも「Mステ」出たときに少女時代とKAT-TUNがLINKIN PARK見て「キャー!」って騒いだのが悔しかったって言ってたし(笑)。
──あはは(笑)。
自分よりウケてたって言って、ものすごいヤキモチ焼いてた(笑)。
──手塚治虫的な感じですね。いつまでも若手に嫉妬してライバル心を燃やすという。
だからやっぱその場で「キャー!」って言われたいんじゃないかな。それはすごい大事なことでさ。だから社会的な歌だろうがエッチな歌だろうが、最終的に「キャー!」って言われれば、そこが桑田さんにとってのオルガスムスなんだよね。だから曲作るときもここからこのコードにいけば「キャー!」って言われるだろうとかさ、やっぱものすごいエッチな気持ちで作ってるんじゃないかって思うんだけど。欲深いことに対して求道的であるっていう。だとしたら、それがやっぱりこれだけ何十年も支持され続けてる理由だと思う。
──出し惜しみしないというか。
もちろん病気したことも大きいと思うの。それもあって、ますますもったいぶっていられないって思ってるんじゃないかな。だからこのアルバムには未発表音源みたいなものがたくさん入ってる。「いいよ、こんなの死んだら出せばいいじゃん」みたいな気持ちだったのが、やっぱり今どれくらい「キャー!」って言われるか知りたくなったというか。全部洗いざらい出して次に行くんだっていう気持ちなんじゃないかな。
──そうかもしれないですね。
だからこのあとの桑田さんがどのくらい本気出してくるのか。それを考えると恐ろしくなるよね(笑)。
無自覚なことが桑田佳祐の才能
──そんな巨大な才能が、今も現役でシーンの第一線にいるということの意味は大きいですね。
みんな桑田チルドレンだから。今の日本のアーティストで桑田佳祐を通ってない、聴いてない人なんかいないんじゃないですか。そうやってみんな桑田さんに影響受けてるのに、桑田さんもみんなと一緒に横並びでやってて、まだ曲作ろうとしてるっていう異常な事態ね(笑)。
──(笑)。
「あなたは飛び抜けてるんだから違うところでやってよ。上に上がっててよ」って思ってるでしょ、みんな。でもまあしょうがないよね、桑田さんはみんなの中でやりたいわけだし、今もちゃんと売れたいわけだし。
──そういうところも手塚治虫のようですね。
そうだよ、手塚治虫だよ。手法は全部この人が作ったんだから。で、特に桑田佳祐に顕著なのは、そのことに無自覚でしょ? 恐らく。わかってないんだよ。自分が何を切り開いてきたか圧倒的にわかってない。でもだからこそいまだにクリエイティブでいられる。わかっちゃったら形式になってダメになっちゃうと思うんだよね。それがないっていうのが桑田さんの才能。わかってないっていうのが才能だと思うな。
──なるほど。
そういうふうにシーンを見ると、このアーティストは桑田のどういう部分を受け継いでるのか、逆に桑田がやれないことをやってる部分はどこなのか。桑田佳祐を基準にすることで、そのアーティストの特質がよくわかると思う。
──もう基準になってるんですね。
だから中期以降は俺自身、意識的に“桑田佳祐”の音楽からちょっと離れてたとこがあったしね。このままじゃ自分の表現ができないという意識もあって。
──桑田さんの存在が巨大すぎた。
で、僕はますますヒップホップ、桑田さんがいない世界に行ったのかもしれない。それからさらに古典芸能の世界に行って、結局ポエトリーリーディングに戻ってきて、日本語を音楽の上で伝えるとか、あるいは演説で人を興奮させるとか、そのための音色とか“間”について常に考えるようになり、しかもDUB MASTER Xには完全にDUBかけて俺の日本語がわかんないようにしてって言ったりして。結局それって桑田さんと同じことをやってるわけ。意味と無意味の両端を突くっていう桑田佳祐のやり方なんだよね。だから僕もやっぱり圧倒的な影響のもとにいるわけです。
とにかく歌がめちゃくちゃうまい
──最初に受けた衝撃があまりにも強烈で、35年経ってもまだ影響を受け続けているというのはすごいことですね。
うん。なんであんなにぶっ飛んだんだろう、なんであの人しかいないと思ったんだろう。それが僕の中でずっとテーマになってるの。ものすごいボーカルだよ、やっぱ。そして歌のクオリティが今とほぼ変わらない。あの頃からとにかくめちゃくちゃうまい(笑)。
──確かに。
あの頃から今の桑田さんの歌い方、声の出し方、日本語の溶かし方ができてるんだよね。
──桑田さんを指して今さら「歌がうまいですね」っていう人もいないですけど、確かに最初からあのボーカルですもんね。
ピッチの正確さとかものすごいよやっぱ。あんな感じのしゃがれた声で、逆にピッチを揺らしてくる人はいるかもしれないけど、桑田さんの音程はジャストだから。ものすごい才能だよね。1stアルバムであれかよっていう。
──やっぱりせいこうさんも桑田さんチルドレンなんですね。
そうなんじゃないかな。自分にとって日本語の音楽っていうもののある意味原点なわけだから。それで桑田さんについて考える中からヒントがいっぱいこっちに落ちてくる。そうやって落ちてくるものを、自分が全然違う場所にいて、例えばヒップホップシーンの中でやってみる。
──しかも「ジャンクビート東京」では共演まで果たしているという。
この曲が四半世紀経ってこのアルバムに入ったのはうれしいことだよね。あの、僕とユースケ(・サンタマリア)がやってる番組にこの前桑田さんがVTRコメントで出てくれたんだけど、そこでものすごく僕のボーカルを褒めてくれてたの。改めて聴いたけどキレがあって素晴らしいって。なんとも言えないよね。誰に褒められるよりうれしいよ。だって自分が一番素晴らしいと思ってた日本語のボーカリストに「君のボーカルは素晴らしい」って言われる喜びってさ、もうほとんど生きる糧だなって思った。
スペシャルベストアルバム「I LOVE YOU -now & forever-」 / 2012年7月18日発売 / タイシタレーベル・ビクター
DISC 1
- 悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)
- 今でも君を愛してる
- いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)
- Kissin' Christmas(クリスマスだからじゃない)
- 漫画ドリーム
- 真夜中のダンディー
- 月
- 祭りのあと
- 波乗りジョニー
- 白い恋人達
- ROCK AND ROLL HERO
- 東京
- 可愛いミーナ
- 明日晴れるかな
- 風の詩を聴かせて
DISC 2
- ダーリン
- 現代東京奇譚
- MY LITTLE HOMETOWN
- 君にサヨナラを
- 声に出して歌いたい日本文学<Medley>
- 本当は怖い愛とロマンス
- 銀河の星屑
- 月光の聖者達
- 明日へのマーチ
- Let's try again ~kuwata keisuke ver.~
- 幸せのラストダンス
- CAFE BLEU
- 100万年の幸せ!!
- MASARU
- 愛しい人へ捧ぐ歌
完全生産限定盤ボーナスディスク
- 六本木のベンちゃん from 小林克也&ザ・ナンバーワン・バンド
- ジャンクビート東京 from Real Fish featuring 桑田佳祐・いとうせいこう
- LONG DISTANCE LOVE from Lowell George Tribute Album「ROCK AND ROLL DOCTOR」
- 突然の吐き気 ~えりの思い出~ from 桑田佳祐の音楽寅さん ~MUSIC TIGER~ '06夏の思い出作りSP
桑田佳祐(くわたけいすけ)
1956年2月26日生まれ。神奈川県茅ケ崎市出身。1978年サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」でデビュー。デビューして以来フロントマンとして、またソロアーティストとして常に日本のミュージックシーンのトップを走り続けている。ソロ名義では、1987年リリースの「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」で活動を開始。以降ソロ活動も精力的に続けており「波乗りジョニー」「白い恋人達」「明日晴れるかな」などヒット曲も多数。
いとうせいこう
1961年生まれのクリエイター。作家、タレント、作詞家、ラッパーとしても活動。作家としては1988年「ノーライフキング」でデビューして以降多数の著作を発表し、1999年のエッセイ「ボタニカル・ライフ 植物生活」は講談社エッセイ賞を受賞。ラッパーとしても卓越した才能を発揮し、1989年のアルバム「MESS/AGE」は日本のヒップホップを変革した名作として名高い。2009年には□□□に正式加入し、現在に至るまでジャンルを超えた多彩な活躍を続けている。
2012年7月31日更新