ナタリー PowerPush - 桑田佳祐
いとうせいこうが語るその魅力 「I LOVE YOU -now & forever-」
意味と無意味の両端を歌える才能
──桑田さんのその巨大な才能というのはなんなんでしょう? 日本語のロックを一段階違う高みに持っていき、ヒップホップをやれば全く独自のものを作り出してしまうという。例えばそれは桑田さんのビート感に起因するものなんでしょうか?
ビート感っていうより、意味をどういうふうに伝えるかっていうことだと思うな。これは僕の推測だけど、歌謡曲の時代って作曲家や作詞家が歌手に歌を渡すじゃん。ピアノのそばで歌わせる。で「そこの『雨』っていうとこ、もうちょっと強く降ってる感じに歌って」とかって言ってたんだろうと思う。「雨」っていう言葉の歌い方でその雨がどれくらい降ってるかを示さなきゃいけない世界があるんだよ。これは古典芸能から続く何百年にわたる日本の伝統で、そこんとこを大阪市長なんか全く理解してないから文楽に助成しないとか言っているけど、ほんとに馬鹿馬鹿しい話で、とんでもない伝統なんですよ、これは。
──はい。
で、歌謡曲っていうのはずっとそれをやってきたわけだけど、その体裁をぶち壊して「意味なんかどうでもいいよ!」「もっと無意味に歌いたいんだ!」って言ったのが桑田佳祐だった。そこで革命が起きたんだよね。
──例えば「勝手にシンドバッド」ですね。
うん、「今何時 そうねだいたいね」ってそんな歌詞それまではなかった。なんの意味もないし、どんな気持ちを込めて歌えばいいかもわかんない(笑)。僕が最初にぶっ飛んだ「別れ話は最後に」って曲でもさ、「雨が降ってるのに 空は晴れている まして今夜は雪が降る」っていう「どんな天気なの?」みたいな歌詞があって。だから無意味でいいから日本語の音色とイメージだけで歌を作っちゃおうよっていう。その革命をやってのけたんだよね、桑田佳祐っていう人は。
──じゃあ桑田さんにとって歌詞の意味はどうでもいい?
いや、そこが面白いところで、本来この人ほど意味を持って歌える才能のある人もいないわけ。だから優れた革命家っていうのは両面持っているんだよね。反抗もするけど、何に反抗してるかもよくわかってる。意味で歌うことの大事さも誰よりわかってるの。だからものすごく丁寧に歌うよ、桑田さんは。もちろん無意味な歌詞はいっぱいあるけど、彼が壊した以前の伝統を無意識に背負ってると思うんだよね。
──伝統っていうのは?
桑田さん、ものすごく歌謡曲好きだから。昭和歌謡から出てきた人と言ってもいい。そのことを知って桑田佳祐を聴くと全然違うよ。戦後歌謡の反抗児。戦後歌謡の決まりを知った上で全部投げちゃって自分の力にしてきた人なの。その両端が桑田さんの力になる。「何歌ってんだかわけわかんねえ」っていうこともよくあるけど、その一方でしっとりしたバラードや社会に対するメッセージソングみたいなものを歌うとき、桑田さんはその意味をちゃんと音にして伝えてくるわけ。日本の古典芸能が突き詰めてきた、音色と音をどういうふうに届けるかっていう問題を個人レベルで突発的にクリアしてる。
──その、桑田さんの意味を伝える力の強さってどこから生まれてるものなんでしょうか?
これはボーカリゼーションの話だよね。その言葉をどのように歌うかっていうことに関する伝達能力の高さ。つまり歌手ですよね。こういう人こそ歌手と呼ぶべきだと思う。
他人の詞を歌うときにその実力がよくわかる
──桑田さんの作詞家としての言葉の選択やセンスについて、せいこうさんはどう分析していますか?
これは確かサザンのファンクラブの会報誌かなんかに1回書いたことがあるんだけど、特に初期サザンの歌詞で使われる音ね。マ行とラ行が頻出してる気がしたんですよ。僕の勝手な直感ですけど清少納言の「枕草子」にもその感じがある。だから発音したときの気持ち良さっていうことをすごく考えてるよね。
──その気持ち良さを優先したときに……。
そのときに歌詞がより無意味になる。言いたいことがあるときは違う言葉が入ってくる。
──言葉と歌い方が密接に関係してるんですね。
だからああいう溶けたような歌い方になる。破裂音よりは溶けた音を多く使ってて。でもこのごろの詞はもっとヒップホップ的な、あるいは奥田民生的な手法を平気でなぞったりもしてるでしょ。脚韻踏んだりして。
──何をどう歌っても桑田節になるっていう。
僕が今回のアルバムで面白いなって思ってるのは、桑田さんが他人の詞で歌うってことはほぼないわけだけど、それが今回いっぱい入ってるでしょ。で、他人の詞に挑戦するときに、桑田さんの実力がものすごくわかるんだよね。他人の詞を歌うときにこの人ものすごく本気出す。だから僕は桑田さんにぜひ一度そういうアルバムを出してほしいんだよ。他人の詞を歌うアルバム。そのときにそのとんでもないボーカリゼーション、「この人はボーカルの人だ! すごい歌手なんだ!」ってことがよくわかると思う。自作自演でやってるときはちょっとそれが見えづらいんだよね。
──確かに、作詞家としてもメロディメーカーとしても優れすぎてますからね。
だから例えば松本隆さんが書いた詞を歌ったり、B'zの松本さんが書いた曲を歌ったり。そういう十番勝負みたいなものはぜひ聴いてみたいよね。まあやんないだろうけど(笑)。
エロも歌うし社会的なことも歌う
──せいこうさんはメロディメーカーとしての桑田さんについてはどう感じてますか?
もちろんやっぱりすごいよね。色気っていうのかな。ある意味俗っぽいと言ってもいいような、つまりコケティッシュなメロディを書ける人だよね。セクシーと言ってもいい。それはやっぱりエッチだからじゃない? 桑田さんが。
──あはは(笑)。
単純に、普段からエッチなことばっかり言ってるもんね。
──そうなんですね(笑)。
そのバイタリティやリビドーっていうものが、やっぱり桑田さんのクリエイティビティのベースにある。エッチな歌詞っていうのも、これは春歌の伝統だよね。春歌=わいせつな歌っていうのは昔から歌われてきて、それが歌謡曲になったときにさすがに抑圧されてきた部分はあったわけ。「あなたが噛んだ小指が痛い」とか、だいたいそうやってオブラートに包まれてきた。でも桑田さんはエロいことも平気で歌うでしょ? 「G☆スポット」とか言ってる場合かよ、みたいな(笑)。
──国民的歌手なのに(笑)。
歌うことによって性的なものを解放してしまおうっていうお祭り性。そういう面も桑田佳祐の中にはあって、これは円グラフで言ったらかなり大きい位置を占めてると思うよ。春歌性。そのおかげで湘南乃風とかも「濡れたまんまでイッちゃって」を歌えるわけだよね。
──桑田さんがここまでやってるから、っていう。
そこも桑田佳祐が切り開いてきた道だよね。発禁にもならずにリリースされてるっていう。
──そして、そういう性的な歌と同時に、桑田さんはプロテストソングみたいなものもずっと歌い続けていますよね。
そこがこの人の巨大さですよね。エッチなことだけ歌ってるわけじゃない(笑)。アメリカのコメディアンでレニー・ブルースっていう人がいて、性的なことや人種差別ネタをバンバンやって、何回も警察に捕まりながら言論の自由を主張してたんだけど、桑田さんの中にもそういうところがある。表現の自由の問題なんだよね。そこのバランスも伝統的で、エロも歌うし社会的なことも歌う。両方をやる。それが歌の自由だから。伝統的なもの、大きなものをきちんと受け継いでる。そこに対して自覚的かどうかはわからないけど、よくできてるんだよね、桑田佳祐って人は。
スペシャルベストアルバム「I LOVE YOU -now & forever-」 / 2012年7月18日発売 / タイシタレーベル・ビクター
DISC 1
- 悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)
- 今でも君を愛してる
- いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)
- Kissin' Christmas(クリスマスだからじゃない)
- 漫画ドリーム
- 真夜中のダンディー
- 月
- 祭りのあと
- 波乗りジョニー
- 白い恋人達
- ROCK AND ROLL HERO
- 東京
- 可愛いミーナ
- 明日晴れるかな
- 風の詩を聴かせて
DISC 2
- ダーリン
- 現代東京奇譚
- MY LITTLE HOMETOWN
- 君にサヨナラを
- 声に出して歌いたい日本文学<Medley>
- 本当は怖い愛とロマンス
- 銀河の星屑
- 月光の聖者達
- 明日へのマーチ
- Let's try again ~kuwata keisuke ver.~
- 幸せのラストダンス
- CAFE BLEU
- 100万年の幸せ!!
- MASARU
- 愛しい人へ捧ぐ歌
完全生産限定盤ボーナスディスク
- 六本木のベンちゃん from 小林克也&ザ・ナンバーワン・バンド
- ジャンクビート東京 from Real Fish featuring 桑田佳祐・いとうせいこう
- LONG DISTANCE LOVE from Lowell George Tribute Album「ROCK AND ROLL DOCTOR」
- 突然の吐き気 ~えりの思い出~ from 桑田佳祐の音楽寅さん ~MUSIC TIGER~ '06夏の思い出作りSP
桑田佳祐(くわたけいすけ)
1956年2月26日生まれ。神奈川県茅ケ崎市出身。1978年サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」でデビュー。デビューして以来フロントマンとして、またソロアーティストとして常に日本のミュージックシーンのトップを走り続けている。ソロ名義では、1987年リリースの「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」で活動を開始。以降ソロ活動も精力的に続けており「波乗りジョニー」「白い恋人達」「明日晴れるかな」などヒット曲も多数。
いとうせいこう
1961年生まれのクリエイター。作家、タレント、作詞家、ラッパーとしても活動。作家としては1988年「ノーライフキング」でデビューして以降多数の著作を発表し、1999年のエッセイ「ボタニカル・ライフ 植物生活」は講談社エッセイ賞を受賞。ラッパーとしても卓越した才能を発揮し、1989年のアルバム「MESS/AGE」は日本のヒップホップを変革した名作として名高い。2009年には□□□に正式加入し、現在に至るまでジャンルを超えた多彩な活躍を続けている。
2012年7月31日更新