自分を傷付けて自分の気持ちを掘り下げる
──「DOLL」の歌詞に関してはいかがですか?
今のような仕事をしていく中でSNSは必要不可欠なツールですが、SNSで他者との関係がより近くなって互いに干渉しやすくなった。他人との距離感が変わってきたことで、“他人のことも自分の好きなようにコントロールできると思っている人”がすごく多いなと感じていて。それでよくも悪くも「こうなってほしい」「こうしたほうがいいんだけどな」という意見がダイレクトに届いてしまう世の中になり、私はそれがあまりいいことではないと思ったんです。誰かを思い通りにできるという気持ち、自らを過信する気持ちをあえて描いて、聴いた人がどう感じるかを投げかけてみたいという欲が湧いてこの曲を作りました。亀田さんもこの歌詞に関して「すごく面白いね」と言ってくださって。今までのように自分の気持ちを吐き出したりまったく違う人物を立てて描くんじゃなくて、自分が好きじゃないと思う人物像を紐解いて描いたので、皮肉っぽい曲ではあるんですけど、自分らしくもあるのかなと思います。
──「NoTE」と「最低だ、僕は。」は?
幼稚園のときから家族ぐるみで仲のいい友人がいるんですけど、しばらく会えていなくて。そうしたらこの楽曲を制作している期間に2人で遊ぶことになって、ひさしぶりにいろいろ話せたんです。「がんばりすぎてちょっと大変だった時期もあった」と聞いて共感できたし、私と似たような考え方なんだなと知った。そのときに感じた親近感や安心感、改めて思う焦燥感とか生々しく感じたことを曲として残したいと思って書いたのが「NoTE」です。最後に何か希望があるっていう曲ではないんですけど、聴いたり歌ったりすることで自分が安心できるというか……元気にはなれないし暗い気持ちのままなんだけど、それでも不思議と安心して温かいものが残る。そういう部分を曲として作れたらと思っていたんです。「最低だ、僕は。」に関しては、実はEPを制作するちょっと前からストックとして持っていた1曲でした。すごく衝動的に書いた歌詞で、アーティストや声優としての自分が抱えている感情で、汚なすぎて周りには言えずにずっと隠してきたものを吐露するっていうコンセプトに一番合っている曲かなと。正直明るい曲でもないし、そこに希望があるかと言われたらたぶんない。一番聴く人を選ぶ曲かなと思うんですけど、今の気持ちを切り取ろうと思って作ったのでそのまま生かすことにしました。
──ポップスとして触れるとエッジが効いていて、万人受けするかと問われるとちょっと難しいかもしれない。でも、こういう内容の楽曲を求めている層は世の中に確実にいるわけで、そういう人たちにとってはめちゃくちゃ刺さりまくる4曲だと思います。
おっしゃるように万人に楽しく聴いてもらえるEPにはならないだろうなとは最初から思っていたので、「心のどこかに引っかかるところがあったらぜひ聴いてください」ぐらいの気持ちではいますね。
──昨年のMIMiNARIとのインタビュー(参照:MIMiNARI × 楠木ともりが語る「ひきこまり吸血姫の悶々」エンディングテーマ制作秘話)で、楠木さんは「あえて自分から『楠木ともりらしさ』みたいなところを決め込まないようにしているんです」とおっしゃっていました。あえての質問になりますが、「吐露」に表れている“楠木ともりらしさ”はどんなところだと思いますか?
普段誰しも思っていたりなんとなくモヤッと存在しているけど、気付かないようにしてたりするちょっと醜い感情とか人に見せたくないものを、しっかり言語化してしっかり見つめて、それを表現として落とし込むっていうのが、今回は“楠木ともりらしさ”につながったんじゃないかな。そこは声優としての力も生きている部分があるなと思っていて。気持ちを紐解くことって時にはすごくつらい作業で、本来なら「最低だ、僕は。」で歌われていることも言葉にしたくないと思うんです。なんとなく「自分のこと好きじゃないんだよね」と言ってる人はいっぱいいると思うけど、「じゃあどこが好きじゃないの? どういうところが嫌いなの?」と聞かれたい人はあまりいないじゃないですか。たぶんそこを自覚したくないし、したらしたで自分で自分のことを傷付けちゃったりする。そういう自分に目を向けたくなくても、曲として聴いたら「あ、自分もそうかも」と思えるかもしれないし、聴いた人は気持ちが軽くなるだろうから、自分を傷付けてまで自分の気持ちを掘り下げられるところは私らしさにつながっているかなと思います。
──例えばもっと聴きやすくしたり、幅広く届くような表現にすることもできるはずですが、自分を傷付けてまでも正直でいたい。そういう思いが、今作の根底にはあるのかもしれませんね。この作品を経て楠木ともりというアーティストがどんな未来を描いていくのか、より楽しみになりました。
ありがとうございます。「吐露」はアルバムを経て自分を見つめ直したり、前作の「シンゲツ」との対比から生まれたところもありますが、次に発進したいものはまた違うものになっている可能性もゼロではないので。変わっていったりすることもあると思うし、今後のプランニングはまだまったくしていないですけど、私自身もかなり楽しみではあります。
楽曲提供も面白そう
──12月22日には25歳の誕生日を迎えますね。
毎年誕生日を迎えるたびに言っている気がするんですけど、大人としての責任とか「25歳になったらこうでないといけないのでは?」みたいな迷いとかいろいろあるものの、結局はなるようにしかならないと思うので、あまり年齢を気負わずに、等身大の自分としてがんばっていけたらなと思います。
──2019年12月のバースデーライブのときにメジャーデビューが発表されたわけですが、5年前は未来についてどこまでイメージできていましたか?
これはスタッフさんの前で言うことではないかもしれないですけど……もっといろいろ周囲に決め込まれていっちゃうかもしれないなと、実は思っていたんですよ。一般的な“女性声優アーティスト像”みたいなものってあると思うんですけど、もしかしたら自分もそこにはめ込まれていってしまうのかなって。でも、レーベルもマネジメントも完全に私がやりたい音楽性を理解してくれて、「こんなに好きにやっていいんですか?」と思っちゃうことも多い。お客さんもどんどんポジティブに受け入れてくれて、その結果どんどん自分の世界を広げていけたし、ファンの方もどんどん増えていって、自分の想像よりもいろんなところに羽ばたきつつ、自分のやりたいことをしっかり形にできる環境をいただけている。今はこの想像もしていなかった環境にものすごく感謝しています。
──楠木さんの音楽活動を見ていると声優アーティストという枠に収まることなく、いい意味で声優業とアーティスト業がスパッと切り分けられている印象があります。
私もそう思います。なので、よくインタビューで「声優業とアーティスト業がお互いの仕事に影響を与えることはありますか?」という質問をいただくんですけど、一番難しい質問だなと思っていて。表現とか根底にある自分の目指してるものとか、気持ちが全然違うから、私はそこまで相互性があると思っていないんです。それもだんだんと皆さんにも伝わってきているのを感じますし、自分の中でいいバランスでどちらもやっていけたらいいなと思っています。
──今後、音楽活動で新たに挑戦してみたいことは何かありますか?
「吐露」を制作していて特に感じたことですけど、プロデュース的なことにもっと積極的にチャレンジしたいなと。今までもそれに近いことはやっていましたけど、今作ではEPの方向性はもちろんですが、ジャケットをここで撮影したいとかこういうテイストにしたいとか、MVでもこういうことをやりたいとか今までで一番意見を出したので、いつか完全プロデュースみたいなことをしてみたくて。あと、最近はMIMiNARIさんやTOOBOEさんとのコラボも楽しかったので、もっといろんなアーティストさんとコラボをしてみたいです。それに楽曲提供も面白そうだなって……クセが強い曲ばかり書いていますが(笑)、もし興味がありましたらお待ちしています!
公演情報
TOMORI KUSUNOKI BIRTHDAY LIVE 2024 -灯路-
2024年12月22日(日)神奈川県 横浜BUNTAI
プロフィール
楠木ともり(クスノキトモリ)
1999年12月22日生まれ、東京都出身の声優・シンガーソングライター。テレビアニメ「ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン」「チェンソーマン」「ヘブンバーンズレッド」「プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク」などに声優として出演している。2020年8月に自身がヒロインを演じるテレビアニメ「魔王学院の不適合者」のエンディングテーマ「ハミダシモノ」を収録した作品でメジャーデビュー。2023年5月に1stアルバム「PRESENCE」「ABSENCE」を2枚同時にリリースした。最新作は2024年11月リリースのEP「吐露」、ライブBlu-ray「TOMORI KUSUNOKI BIRTHDAY LIVE 2023『back to back』」。同年12月22日には神奈川・横浜BUNTAIでバースデーライブを行う。
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