楠木ともりインタビュー|ありのままの感情を吐き出したデビュー5年目の5th EP「吐露」 (2/3)

無意識のうちにバンドサウンドを追い求めていた

──今作はとにかく、参加したアレンジャーが非常に豪華です。この人選はそれぞれの曲に合った人たちを、楠木さんからリクエストしたものなんですか?

リファレンスとして名前を挙げていた方もいるし、もともとリクエストを出していた方もいます。重永(亮介)さんは「ハミダシモノ」(2020年リリースのメジャーデビュー曲)からお世話になっていますし、私のことをよく理解してくださっていて。EPの1曲目(「風前の灯火」)にはしっかりインパクトがあるものを作りたくて信頼している重永さんにお願いしました。「DOLL」のアレンジをお願いした亀田(誠治)さんに関しては、実は1st EPの頃からいつかお願いしたい方のリストにはずっと入っていたものの、「いや、まだですよね」とずっと恐縮したまま声をかけられずにいたんです。今回も私の中ではまったく提案する予定はなかったんですけど、「DOLL」のアレンジのリファレンスとして東京事変の曲を提出したら、スタッフさんに「今回は亀田さんにお願いしてみませんか?」と言っていただいたのでお声がけしたところ、「いいですよ」と快諾していただきました。「NoTE」については、実は「こういった雰囲気のアレンジがいいな」というリファレンスとしてハルカトミユキさんの曲を提出していたので、「だったらご本人にお願いしちゃいましょう」という流れで決まりました。最後の「最低だ、僕は。」は、ギター1本のアレンジにする予定ではなくて、アコギが中心に聞こえるけどバンドサウンドを軸にしたアレンジかなと考えていたんです。ただ、曲のコンセプト的にはギター1本のほうがメリハリがあって面白いんじゃないかと。5枚目のEPだからこそできる挑戦的な枠にしたくて、だったら普段バンドメンバーとしていつもお世話になっている菊池(真義)さんと一緒のほうがいいということで、お願いする形になりました。

楠木ともり

──個人的に興味深かったのが、今作は4曲とも生楽器中心のアレンジになっていること。過去作にはエレクトロ調など打ち込み中心の楽曲が1つは含まれていましたが、今回はバンドサウンド中心ということで以前にも増して熱量の高い作品に仕上がった印象があります。

インディーズの頃に聴いていたのはロックばかりで、逆に打ち込み系はあまり聴いていなくて。だから、無意識のうちにバンドサウンドを追い求めていたのかもしれません。ただ、今回は4曲ともミックスの個性が全然違っていて。「風前の灯火」は今まで通りというか、皆さんが一番聴き馴染みのある雰囲気なんだけど、「NoTE」は平成初期のロックのような雰囲気を出したくて、それに合わせたミックスをしていただいています。逆に、「DOLL」は私がイメージしていたミックスとは違った形になっていて。お風呂の中にいるんじゃないかってぐらいボーカルにリバーブがかかっているんですけど、もともとはささやくような歌い方じゃなくて普通に歌う予定だったんです。亀田さんにお渡ししたデモが家で録ったもので、声量を落として歌っていたたんですが、それを亀田さんがすごく気に入ってくださって。「レコーディングもこの感じでいいんじゃないの?」と言っていただき、あのデモの雰囲気はすごく個性があっていいかもしれないと思い、結果的に今のようなミックスになりました。これは私の想像ですけど、東京事変をリファレンスで出していたこともあって、私が当初想定していたように地声で歌ったら東京事変の二番煎じになりすぎてしまうのではないかと思ったのかもしれませんね。だから、ちょっとウィスパーっぽい歌い方を気に入ってくださったのかなと、完成したあとに実感しました。

──その結果、これまでの楠木さんのどの楽曲とも違った、新しいカラーを生み出すことに成功したわけですね。

亀田さんの先を見据える力や完成に持っていく力というか、そのすごさを垣間見た気がします。最後の「最低だ、僕は。」に関してはほかの曲とはまったく違って、インディーズのときに出してたCDを彷彿とさせるように家で歌っている感じというか。隣でちょっと泣きながら歌っているんじゃないかということを想像できるくらいの、生々しいミックスにしていただいているので、どれも本当に個性が違っていて、聴いていて楽しいEPになりました。

楠木ともり
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日中の新幹線で書いた

──「風前の灯火」は“これぞ王道の楠木ともり節”という1曲ですが、5年目の第1歩となる作品の1曲目がこのタイトルということにもドキッとさせられました。

「どういう意図でこの曲を書いたんだろう?」と、何人かにすごく心配されました(笑)。「まあ、そういう人間ですから」という感じではあるんですけど、そういった驚きがある方はその気持ちごと楽しんでほしいなと思うし、逆に理解いただいている方には「ああ、らしいな」と受け取ってもらえる曲でもあると思います。

楠木ともり

──歌詞についても聞かせてください。「風前の灯火」にはどういう思いが込められているんでしょう?

実は今回のEPでこの曲だけは日中に、しかも移動中の新幹線で書いたんです(笑)。以前「遣らずの雨」という曲を作ったんですけど(参照:楠木ともり、4曲入りの新作「遣らずの雨」で発揮した豊かな歌唱表現と作家としての才能)、がんばりすぎてどこか行ってしまいそうな人を引き止める立場に焦点を当てた内容で。その「遣らずの雨」の歌詞に登場する2人が最終的にどうなったのかは、楽曲の中では描かれていないんです。なので、「風前の灯火」では引き止められる側、つまりがんばりすぎていた人を主人公として書いてみようと思いました。それに、「遣らずの雨」は水で「風前の灯火」は火という対比もありますし。

──なるほど。

「遣らずの雨」は雨を降らせて人を引き止める内容でしたが、燃えている情熱の火すらも消してしまう引き止め方もあると思うんです。「風前の灯火」の主人公は、がんばりすぎて周りから生き急ぎすぎているように見えることも自分でわかっていて。でも、それを続けないと生きていけないという不安定な部分を生々しく描けたら、歌っていても気持ちいいかなと思って作りました。これも聴いたあとに何か強いメッセージが残るという曲ではないと思うんですけど、強いて言えば「限界のところであきらめることなく、むしろ燃え尽きるぐらいの勢いで最後まで行くんだ」という情熱を描きたかったんです。

──「風前の灯火」はミュージックビデオが制作されました。

これまで「narrow」「presence」「absence」のMVもご担当いただいた市川稜監督にお願いしたんですけど、市川監督ならではのナチュラルなテイストもありつつ、激しいバンド演奏とのメリハリもすごく考えてくださって。今回は「こういう演出を入れたい」「こういうアイテムを使いたい」「こういう色合いにしたい」と私からもたくさんアイデアを出させていただいて、かなりこだわって作らせていただきました。かつ「遣らずの雨」との関連性もちりばめられているので、皆さんが考察して楽しくなるような部分も用意しています。