楠木ともりが通算3作目となる新作CD「narrow」をリリースした。
2017年に声優デビューしたのち、2019年には「声優アワード」の新人女優賞を受賞するなど着実に評価を高めていく中、2020年8月に4曲入りの作品「ハミダシモノ」でソロアーティストとしてメジャーデビューを果たした楠木。同作では歌唱はもちろん作詞作曲にも携わっており、インディーロックのテイストを匂わせるなどアーティストとして際立つ個性を放った。さらに今年4月にリリースされた「Forced Shutdown」では、全収録曲の作詞作曲を担当(「アカトキ」の作詞のみ共作)。ポストロック的に展開するトリッキーな表題曲をはじめ、アンビエントな音像の「sketchbook」など、1作目以上に尖った音楽性を提示してみせた。新作「narrow」には楠木自らが作詞作曲した「冬」がテーマの全4曲が収録されている。
音楽ナタリー初登場となる今回のインタビューでは、“シンガーソングライター・楠木ともり”の成り立ちから、「narrow」の制作について、さらには表現活動全般に対する向き合い方についても語ってもらった。
取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 梁瀬玉実
ずっと音楽が生活の一部だった
──楠木さんは、これまでどんなふうに音楽と接して育ってきたんでしょうか。
音楽好きの両親のもとに生まれ育ったので、その影響で音楽はずっと好きでしたね。3歳からピアノを習っていた以外では、小中学校の部活でも楽器を触ったり、高校でも軽音楽部に入っていて。音楽は“楽しむもの”として日常にずっとあったので、あまり特別視はしていなかった気がします。
──早い段階からずっとプレイヤーでもあったわけですね。「あるとき急に音楽が特別なものになった」という劇的な瞬間があったわけでもない?
そうですね。音楽を特別なものとして感じるようになったのは、仕事を始めてからかもしれないです。それまでは本当に生活の一部のような感じでした。
──聴いてきた音楽はどういうものでした?
父の影響で自然と触れていたのはBONNIE PINKなどの邦楽と、洋楽だとダリル・ホール&ジョン・オーツとか。自分でよく聴いていたのはYUIとかPerfumeとかなんですけど、最初に「このアーティストが好き!」と感じたのはハルカトミユキでした。小学校か中学校くらいのときにスペースシャワーTVで「ドライアイス」のミュージックビデオを観たことがきっかけで、「アーティストを好きになる」という気持ちが生まれた気がします。そこから邦ロック系に走ったあと、中学ではアニソンやボカロにハマってそればっかり聴いていました。その後はだんだん、アニソンもバンドの音楽も歌謡曲もジャンル関係なく聴くようになっていきましたね。
──現在の楠木さんがあまりジャンルを固定せずにやっているのは、「いろんなものが並列に好き」という嗜好が反映されたもの?
そうですね。いろいろ聴いているうちに「これ、自分でやりたい」というものが出てきたりするので。必然的にバラバラになっちゃうんだと思います。
──特に影響を受けた重要なアーティストを挙げるとしたら、どなたになりますか?
ハルカトミユキ、さユり、阿部真央、L'Arc-en-Cielです。あとはボカロのアーティストも大きい気がします。
──楠木さんの音楽は基本的にバンドサウンドありきの楽曲が中心になっている印象がありますが、そのあたりの影響ですかね。
だと思いますね。聴いてきた音楽はやっぱりバンドものが多かったし、軽音楽部にいたこともあって、そういう音のほうが耳馴染みがいいのかなと思います。
──例えば曲を作るときにも、自然とバンドの音が頭の中で鳴っていたりする?
そうですね、そういう感じだと思います。
衝動はずっと持っていた
──作詞作曲を始めたのは、どういうきっかけだったんでしょうか。
声優のお仕事を始めてから、同時にステージで歌う機会もいただいて。最初はカバー曲を歌っていたんですけど、あるときから「自分の言葉で伝えたい」と思うようになったんです。それで初めて作ったのが「ハミダシモノ」に入っている「眺めの空」という曲なんですけど、案外苦戦せずに数時間くらいで書けたんですよ。だから、最初は興味本位って感じでした。特に深い考えがあったわけでも、ことさらに「曲作りをやろう!」と意気込んだわけでもなく。
──それはちょっと意外ですね。曲を聴いた印象から、発表する場のあるなしにかかわらず「書かずにはいられない」みたいな衝動で作り始めたタイプなんだろうなと勝手に思っていたので。
たぶん、衝動はずっと持っていたと思うんです。昔から創作することは好きだったし、キャラクターや物語を妄想の中で考えることもよくやっていたんですけど、それを形にして誰かに見せるという発想がなかったというか。
──なるほど。ということは、声優になって人前で歌う機会を得たことが、その衝動を形にするきっかけになったんですね。渡りに船じゃないですけど。
そうですね。本当にステージに立つようになってから、という感じです。
──どういう作り方をすることが多いですか?
私はまず歌詞から書き始めるんですけど、その間にもメロはなんとなく浮かんでいて。軽く歌いながら、言葉の耳馴染みを確認しつつ1番を書いていき、1番が書き上がったらそこにちゃんとメロを付けて、今度はそのメロに合わせて2番の歌詞をはめて作ることが多いです。
──楠木さんの作られる歌メロは、リズムに明確な意図を感じるラインが多い印象があります。そこは意識していますか?
曲によるかもしれないです。言葉にメロを付けていく段階で「乗っていて楽しい」とか「不意を突かれるリズムにしたい」とかは、たぶん少しはある気がしますけど、そこまで明確に「絶対に個性的なリズムにしたい」とは考えてないですね。
──そうなんですか。今作で言えば「タルヒ」で2拍3連(正確には3+3+2)が多用されていたり、「よりみち」の「歩いて 歩いて」の部分など、リズムありきで作らないとなかなか出てこないメロディのようにも思えるんですけど。
自分の耳馴染みの関係で、無意識に調整しているのかもしれないです。どちらかというと楽器アレンジの部分で、「こういうリズムを鳴らしてほしい」などはけっこう細かく注文をさせてもらってるんですけど。
──ちょっと細かい話になりますが、アレンジャーさんにはどういう形で曲を渡しているんでしょう? デモを作っているんですか?
そうです。ただ私は打ち込みもできないし、コードもよくわからないので、クリックと自分の歌だけを入れたデモをお送りしています。
──コードすら付いていないデモを渡して、アレンジャーさんは困ってないですか?
今のところは何も言われてないですね(笑)。皆さん、優しく対応してくださっています。コードが付けられない分、アレンジャーさんには音のイメージをけっこう細かくお伝えしていて。リファレンス音源と一緒に「この楽曲に近いサウンドで」「編成はこれで」とお願いしています。
夜のほうが書きやすい
──では新作「narrow」について伺いたいんですけども、今回の4曲はすべて新たに書き下ろした曲なんですか?
そうです。前作までは既存の曲もあったので、制作には多少余裕もあったんですけど、今回はなかなか難産というか。「ああ、何も書けない」という瞬間もありました。
──リリースのペースも決して遅くないですよね。声優業もお忙しい中で、どこにそんな時間があるんだろう?という素朴な疑問があるんですけども。
深夜に作ってますね。寝る時間を削って。
──よくないですね。
夜のほうが書きやすいんですよ。あと、さっき言ったようにメロを歌いながらでないと歌詞を作れないので、家でしか作業ができないんです。外でそれをやったら変な人になってしまうので(笑)。それもあって、家族も寝静まった深夜に書いていますね。
──今作は「冬」がテーマということですが。
今回は初の全曲書き下ろしということで、レーベルの方から「テーマを決めませんか」とご提案いただいて。私としても、何も手がかりのないところから書くには限界があるかもと思っていたので、確かにテーマを決めるのもいいかもしれないなと。それで、あまり狭めすぎないところでひとまず「冬」と設定しました。
──なるほど。
それと、なんとなくもう1個のテーマとして「今までの楽曲に出てきた登場人物たちを出会わせたりして、深掘りしていこう」というのも実はありまして。例えば「narrow」は「ロマンロン」(「ハミダシモノ」収録曲)に出てくる主人公目線の曲で、そこに「僕の見る世界、君の見る世界」(「ハミダシモノ」収録曲)の主人公が絡んでくるストーリーになっています。そして「タルヒ」は「sketchbook」(「Forced Shutdown」収録曲)の絵描きの子が恩師から手紙を受け取るという内容になっていて。
──それは面白いですね。今後もいろいろシリーズが作れそうですし。
そうですね、はい。
──表題曲に「narrow」を選んだのはどういう理由なんですか?
まず、一番“冬感”が出ている楽曲だったということと、過去曲の登場人物が出会ってから進んでいくまでのストーリー性が明確であったこと。あと、楽曲自体も最初から「表題曲にしよう」と思って作っていて。私が好きな楽曲って、ちょっとトリッキーだったり衝動的なものが多いんですけど、そういうものではなく、もうちょっと多くの方に聴いていただけるようなキャッチーさを持った、作品全体を包み込んでくれる楽曲にしたいなと。
──それは、前作の表題曲「Forced Shutdown」が尖っていた反動ということですか?
レーベルの方とは「『アカトキ』(「Forced Shutdown」収録曲)のような、明るくて温かい系統の曲をもうちょっとやってみましょう」という話もしていたので、表題はそういった雰囲気の曲にしてみようかなと考えました。
──個人的には、「熾火」のほうが派手だし表題曲っぽいようにも感じたんですけども。
確かに、今までだったら「熾火」を表題にしていた気はしますね。ただ「narrow」にしても、単に聴きやすさだけを重視したわけじゃなくて、歌詞やアレンジなどには尖った要素も忍ばせていて。聴きやすいだけの曲にしてしまったら、作る意味も私が歌う意味もあまりないですし。
──ここで歌われている「狭い空」って、地方から上京してきた人が東京で初めて出会う風景というイメージがあるんですけど、楠木さんは東京のご出身ですよね。楠木さんの空はずっと狭かったのでは?(笑)
ずっと狭いですね(笑)。ただ、これはどちらかと言うと“東京の空”というより“都心の空”のイメージなんですよ。最近、ふと空を見上げたときに「やっぱり都心の空は狭いな」と感じたんです。上京してきた人と比べたら、その感じ方はもしかしたら小さいのかもしれないですけど。
──そこにはリアルな自分の感情がちゃんと入っているんですね。
入っていますね。都心を歩いていると、ビルが高いのでいつも月が見えなくてがっかりするんです。それで月を求めて歩き回ることもあったり。
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アレンジャー・武内駿輔