ナタリー PowerPush - 黒沼英之
ポップスメーカーとしての目覚め
三者三様のプロデューサーとの仕事
──初めて作った曲(ミニアルバム「instant fantasy」収録の「夜、月。」)は自転車に乗ってるときにメロディと歌詞が一緒に出てきたと言ってましたが、当時と比べて作曲方法に変化はありましたか?
さすがに毎回自転車に乗りながら曲は作ってませんけど(笑)、メロディと歌詞が一緒に出てきてっていうスタイルは変わってませんね。帰り道とかにその日起こったことを思い出してるときにフレーズが浮かんだり、人と摩擦が起きたときに曲が生まれたり。あといい映画や小説に出会ったときに、その主人公を楽曲にしたらどんなものになるだろうって想像したり。そこで浮かんだものを、家で広げていく作業をしてますね。
──それをどんな形でデモにしていくんですか?
GarageBand(※アップル社の音楽制作ソフトウェア)を使って、まずは歌のデモを作って。そのあとでアレンジャーさんに歌のデータを送って。お任せで編曲してもらう場合もあるし、自宅のスタジオにお邪魔して、デモを聴きながら一緒にアレンジする場合もあります。
──今回は湯浅篤さん、河野圭さん、大久保友裕さんという3人のプロデューサーが参加されていますが、一緒に作業をしてみていかがでしたか?
湯浅さんはレコーディングまでにデモを突き詰めて作る形で、毎回自宅のスタジオに行って、ああでもないこうでもないって言いながらそのままリリースできるくらいのデモを作っちゃう。プリプロするときには完成形がほとんど見えてるんです。あと“どポップ”なものにしたいときは湯浅さんに依頼することが多かったですね。大久保さんも湯浅さんと近くて。逆に河野さんはセッションで構築していくことが多くて、その日、そのときに出てきたアイデアを生かしていく。スタジオマジックというか、現場の雰囲気を大切にしてて、“音楽を作ってる”って実感できる現場でしたね。あと河野さんのアレンジってリミックスに近いんです。だから1回曲を解体してもらってっていう曲が多くて。コードが大幅に変わったり、構成を変えてみたり。
──具体的なエピソードを教えていただけますか?
「UFO」っていう曲は「パラダイス」や「ふたり」みたいに軽快な感じだったんですけど、手癖が出てるって河野さんに指摘されて。リズムが「ターン、ツ、ターン」って、今までと同じようになってると。だからいきなり明るく始まるんじゃなくて、静かに熱くなっていく感じにしていこうって話し合いましたね。結果的に自分1人で曲を作っているときには想像しなかった、だんだん開けていくような、不思議な力を持った曲になったなと。河野さんには「すごくいい曲になりそうなんだけど、あとひと押し!」っていうときにお願いすることが多い。アレンジが完成したときに、こういうふうに曲を解釈してくれたんだっていうドキドキ感を味わってます。
物語を紡ぐ楽しさへの目覚め
──歌い方に変化はありましたか?
ありました! 強く声を張って歌うのが自分のスタイルだと思ってたし、そうしないと不安があったんですけど、張っちゃうともったいない曲もあって、それを河野さんに指摘されたんですよね。「UFO」とかあえて力を抜いてみることで、「こういう面って自分の声にあったんだ」って新しい声を発見できたし。曲によってキャラクターが違うので、ずっと同じ歌い方をするわけにもいかないんで。
──確かに。
だって「I can't stop the rain」の主人公なんて自分のキャラじゃないですから(笑)。悪ぶるじゃないですけど、そういうのも今までだったら照れくさかったりしたんですけど、作った曲の世界にあわせて歌声を変えて楽しむような余裕も出てきて。「こういう物語だから」って割り切って歌うことで、聴き手に伝わるものが出てくると思うんです。
──ところで「YELLOW OCHER」は1~10曲目は物語が曲ごとに描かれている印象なんですけど、11曲目の「深呼吸」だけ黒沼さんの葛藤というか生々しい感情が出てるんですよね。「instant fantasy」の最後を飾る「耳をすませて」に近い。10曲目まではフィクション色を押し出しているのに、なぜ最後にこの曲を入れたのか気になって。
うーん。「こういう曲を書こう」とか具体的に意識しないで作ると、「深呼吸」や「耳をすませて」のような曲が生まれるんですよね。それにフィクションの色が強い作品だけど、最後に作り手の“黒沼英之”の顔が見えると、聴いてる人もホッとするかなって。エゴなのかもしれないですけど。こういう曲があると締まるような気もするし。絵画じゃないですけど、最後にサインをするような立ち位置の曲が欲しくなるんですよ。
──アルバムを作り上げたことで見えたことはありますか?
今回は物語を歌う楽しさだったり、ソングライティングをする面白さを知ったんですよね。自分の人生は1回だけど、物語を歌えば違う人生を描き出すことができるじゃないですか。それがポップソングを作るってことだと僕は思うし、追求していきたいっていう気持ちがどんどん出てきましたね。
──ちなみに曲の物語は、直感的に浮かぶんですか? それとも自分の中で緻密に組み立てていくような形ですか?
こういう人がいたらいいなあ、こういう生活はどういうものなんだろうって、キャラクターを設定して作っていくことが多いです。毎回考えて作っていきますね。でも作家さんの中には、直感的というか「降りてくる」って言う人もいますよね。
──ええ。
僕は理系というか、理論的に作っていくタイプで。女性が感覚的に作る物語とか歌詞にすごく憧れるんです。例えばCharaさんの歌詞とか散文詩みたいじゃないですか。その中でふと聞こえてくる言葉に心をつかまれたり。女性のアーティストさんや作家さんが、直接的ではない言葉を配置しながら物事の本質を浮き彫りにしていく形とか、真似しようと思っても僕にはできない。どうしても順序立てて考えてしまう。ない物ねだりな気もしますけど(笑)。
──最後の質問になりますが、アルバムをリリースしたあとの予定は?
今は「YELLOW OCHER」をたくさんの人に聴いてもらいたい気持ちがあって。届いた実感を得たときに、次に書きたい曲が浮かんでくると思うんです。聴いてくれた人に対してのレスポンスが、僕にとって曲を書くことなんで。
収録曲
- 雨宿り
- パラダイス
- I can't stop the rain
- 心のかたち
- UFO
- 君に唄えば
- デイドリーマー
- 告白前夜
- ふたり
- 雪が降る
- 深呼吸
黒沼英之(くろぬまひでゆき)
1989年1月生まれの男性シンガーソングライター。15歳の頃から作曲を始め、大学進学後より音楽活動を本格化する。ピアノの弾き語りやバンドスタイルなどで、都内でライブ活動を行い、情感豊かなサウンドでリスナーを魅了する。2012年11月には東京・WWWにて初のワンマンライブを開催し成功を収める。2013年1月にスピードスターレコーズの20周年企画「SPEEDSTAR RECORDS 20th Anniversary Live ~LIVE the SPEEDSTAR 20th~」にオープニングアクトとして出演し、ハナレグミ、斉藤和義らと競演。同年6月にメジャーデビュー作となるミニアルバム「instant fantasy」を、11月に初のシングル「パラダイス」をリリースした。2014年2月にキャリア初のフルアルバム「YELLOW OCHER」を発表。
2014年2月14日更新