ナタリー PowerPush - 黒沼英之
ポップスメーカーとしての目覚め
黒沼英之が1stフルアルバム「YELLOW OCHER」をリリースする。
全11曲からなる本作は、楽曲ごとにさまざまなストーリーを描いた短編集のような1作。黒沼のソングライターとしての奥深さと多様性を感じられるポップソング集に仕上がった。
今回ナタリーは黒沼本人のインタビューと、レコーディングに参加したアーティストたちへのメールインタビューを実施。異なる角度から「YELLOW OCHER」の魅力を紐解いた。
取材・文 / 中野明子 撮影 / 福本和洋(P1~2)
自分らしくなくてもいい
──「YELLOW OCHER」は1曲1曲が物語仕立ての、フィクション性の高い作品になりましたね。聴いていて非常に楽しかったです。曲作りの面で変わったところなどはありましたか?
そうですね……まず曲の書き方が変わりましたね。前は自分との対話だったり、内面について歌うことが多かったんですけど、曲の中に“自分”が存在してなくてもいいのかなって思うようになったんです。この前、NHKの「SONGS」って番組でちあきなおみさんが特集されてたんですけど、彼女って歌い出すと飲み屋のママになったり、ストーリーテラーになったり、“歌の中の人”になるんですよね。その感覚に近いのかな。
──なぜ以前は曲の中に“自分”がないといけないと思ってたんですか?
「instant fantasy」や「イン・ハー・クローゼット」でも物語を紡ごうとはしてたんですけど、思い返すと自分の内面とかナイーブなところを歌ってる部分が多かった。100%思ってることを歌わないと嘘になっちゃうし、外から見える自分と曲の距離が遠くないほうがいいっていう意識があって。そういうことを歌うことで安心できるし、それが自分らしいと思ってたんですよね。
──ちなみに自分らしい曲って、当時はどんなものだと考えてましたか?
届かないものだったり、叶わないものだったり、成就しないものを表現すること。ずっと何かが続くとか、何かがいつまでもうまくいくってことを信頼してなくて、消えない痛みだったり苦しみをテーマにすることが多かったんですよね。そういうものにすごく魅力を感じてたし、歌うときに気持ちを入れやすいところがあったのかな。
──何か変わるきっかけがあったんですか?
「instant fantasy」にも今回のアルバムにも入ってる「ふたり」に対する周囲の反応ですね。「ふたり」はとても明るくて前向きなポップスで自分としては振り切った曲だったから、当時の自分としては正直「これを出していいのかな」って思ったんです。でもリリースしてみたら、反応が一番よくて。あとライブの影響ですね。ライブを組み立てていく中で、リズムがあるもの、テンポ感のあるものがあったらいいなという気持ちが出てきたんです。作る前は「instant fantasy」の延長線上というか、自分を掘り下げていくような、内向的な作品を作るんじゃないかって思ってたんですけど(笑)。想定していたよりも明るいアルバムになりましたね。
普段の自分なら使わない言葉を使う醍醐味
──アルバムを作る上で何かコンセプトは設けましたか?
曲ごとに完結したものがまとまっていたらいいなって。アルバムの中でそれぞれの曲の中の登場人物の言ってることが矛盾しててもいいし、曲ごとにそれぞれのキャラクターを演じるというか。そういう意識でポップソングが書けたらいいなと考えてました。だから普段の自分なら絶対使わない言葉も全然使えたりして。例えば僕は会社員じゃないけど、会社員の日常を歌うこともできる。作り手側で自由に設定を作れる醍醐味というか面白さを知ったんです。そうやって作った曲は、聴いてる側にも楽しんでもらえる気がしたし。あとソロなんでバンドに比べると編成も詞も自由だし、曲によってピアノと歌にしてみたり、全部打ち込みでやったり変えることができる。
──ただ自由度が高いぶん、ジャッジも大変だと思うんです。曲作りの上で自分の中で何か基準はありましたか?
常に聴いてくれる人のことは意識してましたね。このラインを聴いてもらえたらすごくニヤッとしてもらえるんじゃないかなとか、この1行でグッとくるんじゃないかなとか。どこかで自分で曲を書きながら、再生ボタンを押したときにどんなふうに聴いてくれるかなって客観的に考えながら作ってました。「ここでこういうことを言ってもらえたら自分なら救われるな」とか。作ってる中であまり迷ったことはなかったですね。
収録曲
- 雨宿り
- パラダイス
- I can't stop the rain
- 心のかたち
- UFO
- 君に唄えば
- デイドリーマー
- 告白前夜
- ふたり
- 雪が降る
- 深呼吸
黒沼英之(くろぬまひでゆき)
1989年1月生まれの男性シンガーソングライター。15歳の頃から作曲を始め、大学進学後より音楽活動を本格化する。ピアノの弾き語りやバンドスタイルなどで、都内でライブ活動を行い、情感豊かなサウンドでリスナーを魅了する。2012年11月には東京・WWWにて初のワンマンライブを開催し成功を収める。2013年1月にスピードスターレコーズの20周年企画「SPEEDSTAR RECORDS 20th Anniversary Live ~LIVE the SPEEDSTAR 20th~」にオープニングアクトとして出演し、ハナレグミ、斉藤和義らと競演。同年6月にメジャーデビュー作となるミニアルバム「instant fantasy」を、11月に初のシングル「パラダイス」をリリースした。2014年2月にキャリア初のフルアルバム「YELLOW OCHER」を発表。
2014年2月14日更新