ナタリー PowerPush - 黒沼英之
“ライナスの毛布”になりたい 24歳の感性が紡ぐ「instant fantasy」
みずみずしい感性から生み出されるエバーグリーンなサウンドと、繊細な歌声でじわじわとファンを増やしている1989年生まれのシンガーソングライター黒沼英之。彼がミニアルバム「instant fantasy」でスピードスターレコーズからメジャーデビューを果たした。
ナタリーは今回、彼の感性の源を探るべくインタビューを実施。音楽遍歴からデビューにいたるまでの日々、そして理想のアーティスト像に迫った。
取材・文 / 中野明子 撮影 / 福本和洋
始まりは宇多田ヒカル
──今回は黒沼さんの音楽遍歴をたどるところから始めたいのですが。意識して音楽を聴くようになった時期って覚えてますか?
自分から能動的に聴くようになったのは、小学5年生くらいのときに宇多田ヒカルさんのアルバム「First Love」を親が買ってきてからです。宇多田さん自身のモノの捉え方だったり、歌声や歌詞の奥にある物悲しさや刹那感みたいのが、当時の自分にしっくりきて。それまでは曲単位で聴いてたんですけど、そのときに初めてアーティストが発する言葉や考えに深く触れたい、その人となりが知りたいと思ったんです。
──自分で作詞作曲をするスタイルも宇多田さんの影響ですか?
そうですね。当時宇多田さんって年齢だけじゃなくて、自分で作詞作曲してるってことでも注目されたじゃないですか。それで音楽を作るなら、作詞作曲もするもんだって刷り込まれて。それで今日に至ります(笑)。
──黒沼さんの世代だと、YouTubeも楽曲単位での配信も普及しているし、以前に比べるとアーティスト自体に傾倒する人は少ないと思うのですが。
そうかもしれないですね。でも、僕が宇多田さんの音楽を聴いたときに感じたのは、「その人が歌わないとダメ」っていう感覚で。当時は宇多田さんと同時期にハマったUAさん、birdさん、MISIAさんなんかもCD屋さんに行って音源を探して、聴き漁ってました。
──初めて曲を作ったのはいつでしたか?
中学から電車通学だったんですけど、地元の駅から家に帰るまで自転車を使ってて。帰るときによく歌いながら帰ってたんですよね。大声で歌ってストレス発散って感じで。最初は当時流行ってる曲を歌ってたんですけど、そのうちに自分の言葉とかメロディがバーッと浮かんできたんです。自転車に乗りながら、鼻歌で作詞作曲をするようになって。その中でできたのが今回のミニアルバムにも入ってる「夜、月。」なんです。夜の風を浴びてるときにできたんですよね。あとちょうどそのときに月が出てたのかな。そんな風景を見ながら、「どっかに行っちゃいたいなあ」って思って歌ってた記憶があります。
──そのときなぜ曲が浮かんだのか説明できますか?
たぶん日記を書くみたいに、記憶を曲で残したかったんですよね。僕、人と話したり、接触したときに曲が生まれることが多くて。人間って忘れちゃうものなんだろうけど、自分に刺さったこととか、人と衝突したときのことを忘れたくなかったんです。
デモが認められて「これ」だなって
──曲を作ったからには人に聴かせたくなる欲も出てくると思うのですが、その後何かアクションを起こしたりは?
今のレコード会社ではないんですけど、デモ音源を1社にだけ送ったんです。その1社から答えが返ってきたら、音楽を続けてみようって。で、実際に連絡があって音楽活動を本格的に始めるんですけど。レコード会社から返事があった当時って、なんだか説明できないもやもやしてる感情とか、自分が置かれてる環境を閉鎖的に感じてたんです。だからデモが認められて、救われたというか。
──閉鎖的に感じた理由って?
僕は不自由ない環境で育ったんですね。ただそれゆえに苦しくて。極端なことを言えば「死なないな」と思ったんですよね、何があっても。どう転んでも、自分が何かをしでかしても、助けてくれる人がいる。そうやって守られてることが当時の自分にはすごく窮屈で。そんなときにデモテープを送ったら“外界”から反応があって、新しい世界に触れられたことがうれしかったんです。初めて自分の意思で進路を作れた。まったく知らない大人たちと、自分が作った音楽がつながったことがうれしくて。で、そのときに「これ」だなって。それが15、16の頃ですね。
──デモテープに反応がなかったら、どんな人生を歩んでたと思いますか?
どうなってたんだろう……。でもどこかで自信があったんですよね。「きっと連絡がくるはず」「評価してくれるはず」って(笑)。
100%満足できる瞬間はない
──お話を聞いていると、黒沼さんにとって音楽は自己表現であると同時に、人とつながるための手段なのかなと感じたのですが。
そうですね。どこかでコンプレックスを持ってる人や、そういったアーティストや表現者がいるとしたら、すごく惹かれるんですよね。人とうまくしゃべれなかったり、コミュニケーションできないからこそ、そこではみ出しちゃった部分が表現になるというか。本人は精一杯がんばってるのに、うまくやれていない人が好きなんですよね。不器用だからこそ、表現の純度が高くなると思うんです。これ以外何もできないっていう人が表現するものって、すごいエネルギーがあると思うんで。自分もそういうタイプだろうし。
──自分のことは不器用だと思ってる?
うん。人の目もすごく気になるし。自意識が高すぎるというか。話下手だし。
──そういうふうには見えませんが……。
いや、これは事前に僕の曲を聴いてもらったりして、僕の表現を観てもらってるからなんです。共通の話題がないとおどおどしちゃう。人が大勢いる場所とか飲み会とか苦手だし。あとすごいキラキラした人に会うと、「うわっ何コイツ!」って思われてるんだろうなって勝手に考えちゃう。引け目を感じるというか。
──基本的にネガティブですか?
めちゃめちゃ後ろ向きですね。
──その感情を昇華するために曲を作ってる?
そうですね。あまりポジティブな気持ちで曲は作ってないですね。昇華できるのも、ライブで歌ってやっとって感じかな。毎回ってわけじゃないんですけど、自分で曲を咀嚼できる瞬間があるんです。曲の中に入り込んで、一瞬そこから別の世界に行ける感じ。そういう感覚をみんな音楽や映画に求めてるのかなって思うんです。ただライブが終わった瞬間には現実に戻されるわけで。再びステージに立ちたい、あの感覚を味わいたいってなるんですよね。あと自分の曲やライブに100%満足しているわけでもないし。
──もし満足できる瞬間がきたらどうしますか?
うーん。その瞬間は想像できないですね。それを求めてステージに立ち続けるのかもしれない。
──いい曲ができた瞬間も何か足りないと感じる?
はい。自分としていい曲ができたとしても、舞台を観に行ったり、ほかの人が作った音楽に触れると新しい切り口が見えて、闘志が湧くというか。
- ミニアルバム「instant fantasy」 / 2013年6月26日発売 / 1800円 / SPEEDSTAR RECORDS / VICL-64035
- ミニアルバム「instant fantasy」
収録曲
- ふたり
- 夜、月。
- ラヴソング
- ordinary days
- サマーレイン
- どうしようもない
- 耳をすませて
ライブ情報
黒沼英之 ONEMAN LIVE "instant fantasy"
2013年9月19日(木)
東京都 渋谷duo MUSIC EXCHANGE
黒沼英之(くろぬまひでゆき)
1989年1月生まれの男性シンガーソングライター。15歳の頃から作曲を始め、大学進学後より音楽活動を本格化する。ピアノの弾き語りやバンドスタイルなどで、都内でライブ活動を行い、情感豊かなサウンドでリスナーを魅了する。2012年11月には東京・WWWにて初のワンマンライブを開催し成功を収める。2013年1月にスピードスターレコーズの20周年企画「SPEEDSTAR RECORDS 20th Anniversary Live ~LIVE the SPEEDSTAR 20th~」にオープニングアクトとして出演し、ハナレグミ、斉藤和義らと共演。同年6月26日にメジャーデビュー作となるミニアルバム「instant fantasy」をリリースした。