空白ごっこ1stアルバムインタビュー|満たされない3人が生み出すマイナスゼロの感情

空白ごっこが1stアルバム「マイナスゼロ」をリリースした。

空白ごっこにとって初のフルアルバムとなる本作には、ドラマ「スイートモラトリアム」のエンディングテーマ「ファジー」や、映画「神は見返りを求める」の主題歌「サンクチュアリ」などタイアップ曲を含んだ13曲を収録。タイトル通り、さまざまな“マイナスゼロ”の感情をもとに作られた楽曲が1枚のアルバムに集められている。

本作の発売を機に、音楽ナタリーは空白ごっこのメンバー3人にインタビュー。1stアルバムでありながら「マイナスゼロ」という一見ネガティブな言葉を冠したこの作品は、どのように生まれたのか。その制作背景を語ってもらった。

取材・文 / 倉嶌孝彦

「どこまでいっても満たされない」

──アルバム発表時に公開されたコメントにある「メンバーがポロッと溢した『どこまでいってもずっと満たされない感覚がある』という言葉からこのアルバムタイトルが生まれました」という文章を読んだとき、2022年2月の「ラストストロウ」のインタビューでkoyoriさんが「常に満たされてなくて、ずっとハングリーな状態でやってる感覚がある」と言っていたのを思い出しました(参照:空白ごっこ「ラストストロウ」インタビュー)。

針原翼 よく覚えてますね(笑)。

──すごく印象に残っていたので。コメントの「どこまでいってもずっと満たされない感覚がある」という発言もkoyoriさんのものですよね?

koyori はい。でもこれは僕だけの話ではなくて、空白ごっこというユニットは「満たされない」というキーワードのもと曲を作るのが得意だと思っていて。満たされてなさすぎて、僕らが作る曲は行き着く先がプラスではない。だからせめてマイナスからゼロに至りたい、そう考えていたときに出てきた「マイナスゼロ」という言葉がきっかけになって、今回のアルバム作りがスタートした感覚があります。

セツコ そもそも私たちがこれまでどんな曲を作ってきたのか振り返ろう、みたいな話し合いの場があって、そこでkoyoriさんがぽろっと「どこまでいっても満たされない」と発言したんです。そのとき、私とはりーさん(針原)はすごくハッとしたというか。

針原 個人的には「たまには満たされる瞬間もあるんじゃないのかな」と思ったけど、koyoriくんがそう発言するのもわかる。僕らは音楽を作っているから、表現欲求は満たされている部分もあるかもしれないけど、まだ伝わっていないと感じることもあるし、まだまだ出したいものもいっぱいある。だからまだ満たされた状態ではないよね。

セツコ いろいろすっ飛ばして、まずアルバムタイトルが先に決まったんですよ。いつもだったらタイトルなんて置いといて、まず曲から作り始めるのに。

針原 koyoriくんから「マイナスゼロ」という言葉が出た瞬間に「これだ!」と思った。めっちゃカッコいいし、僕ら空白ごっこを表す言葉としてふさわしいなと。

セツコ

「追い詰められなければこの歌詞は書けなかった」

──先にアルバムタイトルが決まっていると曲作りにはどのような影響が?

セツコ 最初はめちゃくちゃ手こずりました(笑)。2人が上げてくれるデモはどれも粒ぞろいだけど、どう仕上げたら「マイナスゼロ」というテーマに当てられるかがピンとこなくて。最初はどう投げてもテーマを捉えられている手応えがなくて、何度も歌詞を書き直したり、曲自体を変えてもらったり、すごく試行錯誤していました。

──テーマを捉えられるようになったきっかけは何かありましたか?

セツコ はりーさんとkoyoriさんの2人がよりテーマを捉えたデモを書き上げてくれるようになったのも大きいですし、私は私で「マイナスゼロ」というテーマを大きく捉えすぎていたのを見直しました。例えば自分の内面と向き合うことで感じる“マイナスゼロ”もあれば、誰かとの関係で生まれる“マイナスゼロ”もある。そのことに気付いてからはそれぞれ違う心持ちで曲と向き合うことができるようになったので、うまくいったのかなあ。

──作曲担当の2人は、「マイナスゼロ」というテーマをどう曲に落とし込んでいきましたか?

koyori 僕はそんなに考えないようにしていました。そもそも「満たされない」という気持ちは僕自身がずっと持ち続けていましたから、今まで書いてきたことと同じような流れの中で、よりアルバムにハマる曲を探っていった感覚ですね。どちらかと言うと、今回ははりーさんにすごく合わせてもらった感じがあって。

針原 そんなこともないよ(笑)。でも曲を書くのに苦戦したのは確かかな。納得できるアルバム用の曲を書き上げるまで、15曲くらいはボツにしたと思うから。いい曲ではあるけど、「マイナスゼロ」の曲に合っているかを考えると、なかなか納得できなくて、「ゴウスト」という曲が生まれるまではかなり苦戦しました。

──koyoriさんの思いがアルバムのテーマに深く影響を及ぼしているものの、アルバムのリード曲である「ゴウスト」ははりーさんが手がけた楽曲なんですね。

針原 僕だけがリード曲を担ったわけではなくて、アルバムを作るにあたっては、僕とkoyoriくんで1曲ずつリード曲を作ることをまず決めて。「ゴウスト」はそのうちの1曲で、先行配信された「乱」という曲がkoyoriくんによるリード曲です。

──はりーさんとkoyoriさん、それぞれがリード曲を作られたんですね。では、はりーさん作の「ゴウスト」はどのように生まれたんですか?

針原 「満たされない」という感情を入り口に、いろんな情報を集めて、いろんなことを考えていく中で、そもそも「満たされない」というのは何がしたい状態なのか、そこに思いを巡らせるようになって。そういうことをずっと考え続けていたら、だんだん僕自身が追い詰められてきちゃったのか、「一旦いなくなりたい」「消えたい」という感情が芽生えてきちゃったんですよね。それは死ぬとかそういう意味ではなくて、単純にフラッとどこかに行ってしまいたいような、この場所から抜け出したい気持ち。そういう気持ちのことを調べてみたら「ghost」という英語のスラングがあることを知ったんです。「ghost」は直訳すると「幽霊」「お化け」を意味するけど、スラングだと「連絡が取れない」「どこに行ったのかわからない」といった意味になる。それを知ったときに、これまでこんがらがっていた線が一気に解けたような感覚があって。そのあとはすぐに「ゴウスト」という曲ができて、それに続く曲もどんどん生まれるようになった。

──言葉に出会えたことが大きかったと。

針原 その通りです。でも言葉が先にあったからか、作詞するセツコさんは大変だったよね。

セツコ アルバムタイトルと一緒で、先にタイトルを決めて制作することがこれまでなくて。けっこう苦しみながら歌詞を書いていたら、はりーさんからのリテイクが何度かあったんです。最初は「わかりました、書きます!」という気持ちだったけど、何度か繰り返していくうちに「本当にこれでいいのか」「私には書けないんじゃないか」と思うようになっていき……。その状態が、はりーさんが味わった「消えてしまいたい」という気持ちに合致したのか、追い詰められてからようやく書けるようになりました。逆に言えば、追い詰められなければこの歌詞は書けなかった。

──何度かリテイクがあったということは、はりーさんの中には歌詞のビジョンがあったんですね。

針原 ビジョンとまで言えるものかはわからないけど、メロを作るときに響きの合う言葉の空気感があって、そこに合う言葉をセツコさんに探してもらっていたのかな。いつもだったら歌詞は任せるパターンが多いけど、この曲に関しては「ゴウスト」というタイトルは変えられないと思っていたので、セツコさんにはテーマありきで歌詞を書いてもらうという、作家性の高いことをやってもらいました。

──曲のタイトルが先に決まっていることは、これまであまりなかったんですね。

セツコ 初めてでした。今までは音を聴いて思い浮かぶ映像を文字に起こすことが多くて、抽象度が高い歌詞を書く作詞スタイルだった。でも今回はアルバムタイトルも、私たちが伝えたいテーマも決まっていたから、自分が得意とする抽象度の高い歌詞で満足していちゃいけないなと思ったんです。言葉が具体的であればあるほど、聴いてくれる方との共鳴度も高くなりますし。

──今回のアルバム収録曲には具体的な歌詞が多いですよね。「羽化」の「真っ先に浮かぶあいつに向けて すごく嫌いと歌ったりしない」などは、その具体性の極みだと思います。

セツコ 「羽化」はアルバムの中で一番具体的な歌詞を書いた曲かもしれないです(笑)。ちょっと書きすぎてしまったくらい。

新しくて変じゃない、絶妙なバランス

──koyoriさんが手がけたもう1つのリード曲「乱」についても話を聞かせてください。電子音中心でヒップホップ調のビートが特徴的な、これまでの空白ごっこにはなかったテイストの曲に仕上げられていますね。

koyori こんなに低音が鳴ってる曲は、今までの空白ごっこにはなかったですね。とにかく新しい音を作りたいと考え続けていますけど、それがあまり極端な方向に向かうとただの変な曲になってしまう。カッコよくて新しくて変じゃない、絶妙なバランスを考えながら自分の中で攻めてみたのがこの「乱」という曲です。リード曲なので妥協は許されないと覚悟していて、生みの苦しみはありましたが、最初の四つ打ちの音とベースの音ができあがった時点で勝ちは確定していた気がします。

──どちらかというとロックな曲調が多いので、ヒップホップ調のリズムで歌うセツコさんのボーカルが新鮮に聴こえました。

セツコ この曲は歌うのがめっちゃ難しかった(笑)。私のボーカルのよさって、高音を張り上げて出すようなヒリヒリ感とか、曲の疾走感と合わさったときのギリギリ感だと自覚していて。でも歌い続けていると音域も上がるし、どんな曲でも歌えるようになってくるし、特に「乱」はテンポもそこまで速くないから、自分の歌声を聴いてもあまりヒリヒリしてこない。レコーディング中、周りの人は「すごくいいテイクだったよ」と言ってくれるけど、自分ではなかなか満足できなくて。

──成長したことで満足できなくなってしまったわけですね。

セツコ 大変でした。

針原 セツコさんの歌は3テイク録っても、まったくクオリティが下がらない。序盤の3テイクでクオリティを安定させて表現のニュアンスを足していって、4テイク目以降に自分で納得できる方法を見つけ出すようなタイプ。僕らからしたら、もう2テイク目くらいで十分書き手の解釈を汲み取ってもらっているんだけど、それだけで終わることはほぼない。

セツコ 「乱」の吠えている感じをどうしても出したくて。何度も歌わせてもらいました。

──「乱」の作詞はkoyoriさんですね。作詞はどのように?

koyori 僕も抽象的な歌詞を書きがちな人間なんですが、この曲に関してはさっきセツコさんが話していたような具体性をかなり意識しました。オブラートに包んで書くのが美徳みたいな風潮があるのもわかっているし、自分もこれまではそういうスタイルで作詞をしてきたけど、「マイナスゼロ」では多少カッコ悪くなったとしても直接的に言葉を伝えたくて。

──スタイルを変えたのはセツコさんに感化されたからでしょうか? それともご自身の内面に変化があったから?

koyori 両方だと思います。セツコさんのアルバムに対する気持ちはディスカッションをする中ですごく伝わってきていたし、僕自身も自分で書く歌詞をもっと洗練させる必要があると感じていた。その2つが相乗効果となって、今回の創作に生きた気がします。