物語の終わりを決めつけない
──3人で作り上げたメロディをもとに、セツコさんはどのように「ラストストロウ」の歌詞を書いたんですか?
セツコ まず「プラチナエンド」のエンディングテーマを作ることは決まっていたので、原作を全部読んで。アニメのエンディングで流れることを考えて、「プラチナエンド」という物語の終わり方を決めつけちゃいけないなと思ったんです。ありがたいことにタイアップのお話をいただいたわけですけど、空白ごっこという存在は原作ファンからしたら外から入った人たちだから、「この物語はこういう意味があります」みたいな歌にしたら絶対にダメで。だから何か大きなことを歌うのではなくて、主人公とヒロインの(花籠)咲ちゃんの2人の歩み寄り方や、2人のちょっとした表情の変わり具合とかしゃべり方のようなアニメで描かれている2人の関係性の変化を汲み取った歌にしたいなと思って。だから登場人物たちの生活の細かい部分に触れるような歌詞を意識して書きました。
針原 セツコさんが書く歌詞は毎回いいから信頼して任せられるし、今回もかなりよく書けていると思います。深く考えさせられるような含みを持たせた詞を書くかと思えば、直球でわかりやすい表現もできる。器用に詞を書く人なんですよね。作詞をするうえではまず曲がよくなければいけないから、僕とkoyoriくんにはいい刺激になっていると思います(笑)。
──タイトルの「ラストストロウ」という言葉は「最後の藁」「最後のがんばり」といった意味の言葉ですよね。このタイトルはどこから出てきたんですか?
セツコ この言葉ははりーさんが出してくれたんです。
針原 この曲のタイトルをどうするか、スタッフさんも含めていろいろ相談し合ったんだけど、なかなか決まらなくて。たまたま僕が10個くらい提案した言葉の中に「ラストストロウ」という言葉があったんです。もともと「ファイナルストロウ」という言葉が前から気になっていて、もしかしたらこの曲に合うかもしれないと思い、みんなに「ラストストロウ」でどうかとプレゼンしてこの言葉に決まりました。
koyori タイトル決めのように候補の中から絞る作業で、はりーさんがプレゼンするのは珍しかったな。いつもなら「どれか気に入ったものを」みたいな感じなので。
針原 このときはね、みんな考えすぎて本当にわからなくなってたから(笑)。ちょっと背中を押した方がいいなと思って。
セツコ はりーさんのプレゼンを聞いて、「これしかない!」と思いました。
「プラチナエンド」の物語を意識した「カラス」
──カップリングにはkoyoriさん作詞作曲の新曲「カラス」が収録されています。歌詞の中には「プラチナエンド」を想起させるような言葉が使われていますね。
koyori シングルのカップリングとして、ある程度関連付けようという意識はありました。「プラチナエンド」のイメージが白い羽の天使なので、カップリングは黒い羽のカラスで対比を作るのはどうかなと。「カラス」はラブソング的な意味合いを持つ曲なんですが、「プラチナエンド」の登場人物ではなくて、物語の世界の中で過ごしている男女の物語を想像して書いてみました。
セツコ この曲、めっちゃ歌いやすかった。
koyori そうだったんだ。「カラス」に限らない話だけど、今回のシングルの曲はしっかり歌えばそれで成立する曲が多いんですよね。これまではテンポが速かったりして「歌いこなす」みたいなイメージが強かったから。
針原 歌いやすく感じるか、歌いにくく感じるかはけっこう大きい差で、ボーカリストが本来やらなきゃいけないその曲ごとのボーカリゼーションを、本人ができているかによるんです。例えば「ラストストロウ」のような曲のときは特に、自分を持っていないシンガーだとどう歌っていいかわからなくなる傾向がありますから。彼女がボーカリストとしてしっかり自分を持っている証拠だと思います。
セツコ テンポが速くて早口な曲はいかに正確に歌えるかみたいなところを重視して歌っているけど、「ラストストロウ」や「カラス」ではいつもと違うことを考えながら歌っていました。歌いやすいと言っても簡単なわけではなくて、低い音程でもちゃんと声が出てないといけないとか、サビの最後の余韻を2番につなげるにはどうしたらいいかとか。いつもと違う思考をしなきゃいけない難しさはあったけど、今までの速い曲に比べたら歌いやすかったです。
koyori 特に僕の曲は難しいものが多かったからなあ(笑)。
健康になることで失ったもの
──シングルの通常盤にはセツコさんが作詞作曲を手がけた新曲「ふたくち」が収録されています。この曲はどのように作った曲ですか?
セツコ この曲は「ラストストロウ」のレコーディング中に生まれた曲なんです。最近、心身ともに成長して、ある程度のアクシデントもちゃんと受け入れられるようになって、嫌なことがあっても跳ね返せるようにもなった。つまり毎日健康に暮らせるようになったんです。レコーディングに行く前にタピオカを飲んだりして、ご機嫌な状態でちょっと暗めな「ラストストロウ」のレコーディングに臨んだら、以前のような感情を乗せられなくなっちゃって。感情を乗せられないというか、スイッチが入らないというか。
──「ラストストロウ」のような“満たされない状態”を歌う曲のマインドにならなかったんですね。
セツコ 満たされた状態で、満たされない曲を歌おうとしてた(笑)。それがうまくいかなくて。今までは大人になって健康になればいろんなことが大丈夫になってすべて順調に進むようになると思っていたんです。でも自分が欠点だと思っていた子供みたいな部分が実は必要な部分で、じゃあ大人になんてならずにいればいいのかとかいろんなことがわからなくなっちゃって……。
──結局レコーディングはどうしたんですか?
セツコ 散歩に行ってわざと気分を暗くして、再度レコーディングに臨んだらいいテイクが録れました。自分が理想とする健康な状態になったときに失うものがあるんじゃないかという気付き、不安をそのままぶつけたのが「ふたくち」なんです。
針原 セツコさんからこの曲のデモが上がってきたときは、まだシングルのカップリングが完全に決まっていなかったんですよ。でもこの曲を聴かせてもらったとき、セツコさんの今の気持ちを今出すことに意義があると感じたし、「ラストストロウ」と「カラス」が強い曲だったから「ふたくち」のような聴いている人を抱き寄せてくれる優しい曲が必要だと考えていて。デモをもらってすぐシングルに入れようと決めました。
──自身の不安を曲に昇華することで、セツコさん自身は何か見出せましたか?
セツコ それがまだどうしたらいいかわからないんですよ。健康であることを自覚していたときは「私、すっごい成長したな」と思っていたけど、レコーディングをしたり、歌詞を書いたり、絵を描いたりするときに、その状態がもしかしたらマイナスになってしまうかもしれないという気持ちは変わってなくて。最近までは物理的に不自由が多いから「早く大人になりたい」と思っていましたけど、今は成長することがちょっと怖くなって、ずっと子供でいたいと思うようになっちゃいました。
──表現者ならではの悩みだと思います。例えば一般的な会社勤めの人たちは健康で満たされた状態のほうが仕事がしやすくなるものだと思いますし。
セツコ 確かにそうですね。ということははりーさんとkoyoriさんがどう大人になったか聞ければいいのかな。
koyori 僕なんかはセツコさんが感じている境地にすら達していないかもしれないから、アドバイスはできないかも。今の話を聴いて僕は「すごいな」と思っちゃったくらいだから(笑)。僕は僕で常に満たされてなくて、ずっとハングリーな状態でやってる感覚があるので。
針原 それはそれですごいよ(笑)。
koyori 最近特に感じているんですよね。もちろん物理的には満たされているかもしれないけど、「わ、今楽しい!」みたいなことを心から思える瞬間ってあまりなくて。意識の問題かもしれないんですけど。
針原 僕はkoyoriくんと逆なんだよね(笑)。10代くらいまでは「早く死にたい」と思っていたけど、一度峠を越えてからは基本的に満足してる状態になった。「ライフ・イズ・ビューティフル」みたいな。もちろん、こだわりとか満足できないことは多いけど、そもそも生きていてラッキーみたいなことだと思っているから。
セツコ 2人の感覚がまったく逆なんですね。
koyori 大人も意外と子供っぽいところを持ってるものだと思うよ。僕だって根本は甘えん坊な人間なので(笑)。
針原 あまりこういう話を3人でしたことがなかったから面白いね。
セツコ でも答えはわからなかったなあ。明確な答えが見つかるようなものではないのかもしれないですね。
プロフィール
空白ごっこ(クウハクゴッコ)
ボーカルのセツコとコンポーザーの針原翼、koyoriの3人からなるユニット。2019年12月に動画共有サイトに「なつ」を公開し、ユニットとしての活動をスタートさせる。その後定期的に新曲を動画で公開し続け、2020年7月に配信音源「A little bit」を発表。2021年7月から9月にかけて、下北沢のライブハウスで10公演を行う「全下北沢ツアー」を開催した。同年10月には「下北沢カレーフェスティバル2021」のテーマソングや、テレビアニメ「闘神機ジーズフレーム」のオープニングテーマを収録した音源「開花」を発表。2022年2月にテレビアニメ「プラチナエンド」2ndシリーズのエンディングテーマを収録したシングル「ラストストロウ」をリリースした。
※特集公開時、内容の一部に誤りがありました。お詫びして訂正します