本物と偽物、どっちが優れている?
──「どいつもこいつも」の制作を始めたのはいつ頃ですか?
高値 構想を始めたのは、2023年1月くらいですね。
──先ほど「新しいことをしてみたい」という話もありましたが、その考えは制作開始時から抱いていたものだったんですか?
河合 いや、そこはけっこうボヤッとしてましたね。開始から完了まで一貫してスムーズに進んだわけではなく、何度も方向性の確認や、考え方を整理しながら進めていったので。
──2023年7月には今作収録の「誕誕」がシングルリリースされていますが、その頃にはどうでした?
高値 そこでもまだボヤッとしてましたね。僕の中でだけアルバムの歌詞の全体像はあったんですけど、みんなで「こういう作品を作ろう」という話はしていなかったです。
河合 前のアルバム「rebound」(2022年4月発売)は再録が多かったけど、今回は初めてバンドとしてゼロから作るアルバムっていうイメージ。これがなかなかスムーズにはいかなかったです。
太陽 デモの段階から、どこがその曲の肝となる部分なのかを見極めて、破壊して再構築していく作業にけっこうな時間をかけましたね。
河合 エモやオルタナっていうイメージは無視しようとすることが多かったかな。あくまで音楽的に面白いかどうかで考えてた。曲の中心に歌とか歌詞を持ってきたいから、なんか余計な、エモリバイバルの表層をなぞったような展開とかリフとかはボツにしてたんだけど、そうすると中途半端に「ちゃんとした音楽」になってつまらなくなって、曲ごとボツにすることもあって。だから、あえて本質を失っているエモというか、「まるで形骸化されているような“本物のエモ”」をイメージしたほうが、逆に一貫性を感じた。
太陽 資本主義的に言えば、本物や正解=売れている音楽だと思うんですよ。でも、その正解に向かって曲を作るのは面白くないなと。
──高値さんの欲求の1つに「売れたい」という気持ちがあるという話がありました。高値さんはやはり売れ線を狙っていきたい?
高値 もともと僕は売れている音楽も好きなんですよ。売れている音楽も好きだし、暗くて寂しいマイナーな音楽も好きだから、どっちもやりたいし、それをたくさんの人に聴いてもらいたいと思っているんです。でも僕と2人の間では考え方が違うから、許容できる範囲がそろわないんですよね。なので、今作ではそこのすり合わせにすごく時間をかけました。メンバー間でそういう話をしたのはそれが初めてだったので揉めたりもしました。
河合 マイケル・ジャクソンとか普通に好き。でもテクノとかヒップホップは普通に売れてたり、カルト的人気があるものしか聴いたことない。たぶん俺のほうが“売れ線”が好きだと思う。でも邦ロックシーンに興味がなさすぎて、その方面の売れ線みたいな曲を作っていても、誰にも何も伝わらないような感覚になるからボツにすること多かったかな。リスナーありきになりすぎると「自己表現」というバンドをやるうえでの根本的な考えから遠くなっていく気がするから、自分が面白いか面白くないかで考えるようにしています。結果的にアルバムは作れたから、この状態でもよかったんじゃないかなと考えるようにはなってる。
──この状態でよかったと思えたのは、どのタイミングでした?
河合 最後に「とても大事」を録ったときには、自分たちのやりたいことをやれたという実感がありましたね。
太陽 「とても大事」は、バンド内の混沌とした雰囲気やフラストレーションがあってできた曲のような気がしますし、この曲を筆頭に、そうした空気感がそのまま出ているアルバムだなと思います。
──そういうヒリつきや混沌とした内面性が音楽化するのがエモだと思いますしね。
河合 訳のわからない部分がないと面白くないな、とも思うようになった。
自分を含めた「どいつもこいつも」
──歌詞に関しては、「懐古」をテーマにしているのかな?と感じる部分もありつつ、アルバムタイトルは「どいつもこいつも」という、悪いときにしか使わないであろうフレーズですね。
高値 ムカついたり、怒ったりしたくなる出来事が日々増えていっていると思っていて、SNSも見られなくなったし、落ち込んでしまうことが多くなったんです。でも、自分だってどこかで加害者になってる。他人だけでなく自分も含めた「どいつもこいつも」という意味ではあります。歌詞の内容的には、僕の幼年期から青年期までに経験した嫌な思いや、人を思いやる気持ち、人として欠けていたから失敗した部分を具体的に書いています。あの頃の不甲斐なさや自分のよくなかった点を、歌詞として見つめ直していき、そうした過去の反省を消化しながら、今の自分を成長させようと思って書きました。
河合 このアルバムにかかわらず、高値くんの歌詞は大衆に向けてはいないし、または誰かの代弁者でもなく、あくまで「個人的」なものだと感じていて。「エモ(笑)」とか呼ばれている音楽はそういうものだと思うので、俺は好き。
──また今作は、インスト曲の「need」で始まり、インストの「train」で終わるという曲順になっています。回想している様子や、始まりと終わりと意識した構成になっているように感じました。
高値 インストは僕がかなり前に遊びで作ったものがいくつかあったんですけど、メンバーに聴かせたら好評で。マスタリング日の前日にアルバムに入ることが決まった曲なんです。
太陽 おかげでアルバムらしさは出たよね。本当は、インストなしの6曲でEPにするという話もあったんです。でも最後に「とても大事」ができたときに、これはアルバムとして出そうという話になったんです。河合さんの意見と同じく、やっぱり自分にとっても「とても大事」の存在が大きいですね。
高値 自分たちが作りたいものを作ろうとしてできた曲だったと思います。
太陽 生き急いでいる感じがいいよね。「とても大事」以外は図らずも熟練感が出ているんですけど、この曲は初期衝動もありつつ、新しいこともできた曲なので。
──レコーディングはどうでした?
河合 ほかの楽曲はエンジニアさんと相談して決めたスタジオで録ったんですけど、「とても大事」は俺たちが「rebound」を録った、良心的な価格でミックスもマスタリングもやってくれるスタジオで録りました。
高値 結局、そこが一番よかったかもしれない(笑)。
太陽 スタジオを変えたのも、音の解像度を上げたいという理由だったんです。「rebound」のガチャガチャした感じもパンクっぽくてカッコいいんですけど、聴いていて疲れないような作品にしたいという話になって、エンジニアさんに紹介してもらって……。
高値 きれいすぎたんだよね。なんて解像度だ……!って思った。
太陽 そこできれいにミックスした曲を、そのスタジオでマスタリングしたらめっちゃ気持ちよくなったという(笑)。
河合 厳選された高級食材にカチョー(化学調味料)をぶち込んでるようで気持ちよかった。なので、先行配信されている「誕誕」と「泣き虫」と「trust none」は、アルバム収録分と聴き比べてみると面白いかもしれないですね。
どのステージでもいつも通りに
──アルバムリリース後の3月には、アメリカ・オースティンにて開催される「SXSW2024」への出演も決まっていますよね。くだらない1日にとって初の海外公演ですが、心境はいかがですか?
高値 そうですね、いつも通りの心持ちでやりたいです。
──「どいつもこいつも」の制作を経て、バンドとしての今後のビジョンや、やりたいことが明確になったりしました?
高値 改めてこの3人で音楽を作っていきたいと思う反面、やっぱりドラマーをメンバーに入れたくなりました。4人で新しい音源を作って、ライブして、規模を大きくしていくというループをしながら形にしていきたいと思いました。
河合 規模とかは勝手にデカくなっていくものだから気にしなくていいでしょ。それを目指しちゃうと規模がデカくならなきゃつまらないってことになるし。ツアーでもキャパに左右されず、楽しみ続けられる環境作りのほうが大事。新しいことをやるのは楽しいけど、繰り返し工夫しながら続けていくことが大事だと思ってるから。田舎とかだと娯楽がないから同じことの中で面白さを見出していくことを突き詰めていくっていう考え方になるのかもしれないけど。バンドってローカルなものだと思ってるから、繰り返しの中で面白さを見つけるという意味では田舎と同じな気がする。
太陽 そうですね。次作以降も、自分たちが今までしてきたことと、新しいこととのバランスを模索していきながら、よい作品を作っていきたいです。
プロフィール
くだらない1日(クダラナイイチニチ)
高値ダイスケ(Vo, G)、太陽(G)、河合(B)からなるロックバンド。2016年に福岡で結成され、現在は東京を拠点に精力的に活動を展開している。2020年6月に1stアルバム「くだらない1日」を発表。2021年2月にANORAK!とのスプリット作品「Split」、同年7月にインドネシアのHulica、シンガポールのCuesとのスプリット作品「3way Split」をリリースした。2022年5月に2ndアルバム「rebound」をリリース。リード曲「やるせない」ミュージックビデオは山田健人(yahyel)が制作した。2023年にはサーキットフェスなどに多数出演し、同年6月の東名阪ツアーでは最終公演にゲストとしてサニーデイ・サービスを迎え、成功を収める。7月に「誕誕」を配信リリースし、8月からは河合が在籍するdowntとともにツアーを行った。2024年3月に3rdアルバム「どいつもこいつも」を音楽事務所WACKから発表した。
くだらない1日 (@kudaranai1nichi) | X