KREVA|何度も繰り返す希望と絶望のループ それでも思考止めず今日も進む

ヒップホップを弁当で例えたら

──14曲中7曲のミックスをBACHLOGICさんに託したのはどういった経緯から?

「A.I.M.$」というゲームのキャラクターの主題歌として制作した「Paradigm」が今年の初仕事だったんですが、せっかくの珍しい機会だったから、やったことないことをやってみようと思ってBLにミックスを頼んでみたら、とにかくレスポンスが速くて仕上がりもよくて。何より俺のイメージする完成形とほとんどズレがなかった。それでアルバムの曲もどんどん頼もうと決めました。最近の音楽をお弁当に例えるとしたら、ご飯の量でジャンルが変わるみたいな感じってあると思うんです。日本のお弁当の特徴は、おかずが多くてご飯が少なめ、みたいな。一方でヒップホップはご飯が多め。

──つまりメロディとリズム、生演奏と打ち込みといった要素のどれを重視するかということですね。

多分、俺とBLは同じようなヒップホップ感で育ってきたし、バランス感覚も似ていて。もっと言えばジャンルによって、お弁当箱の仕切り方も変わってくるとしたら、そこもお互いすごく似ている。「あとちょっとだけ減らそうか。それも本当にひとつまみくらい」という会話ですべてが通じるのは大きいです。何度も直接会えない時期だから、なおさらありがたかった。例えば「Fall in Love Again」と「素敵な時を重ねましょう」のミックスを担当してくれた諸鍛冶辰也さんは、絢香ちゃんとかを手がけているエンジニアで、鳴りの広さが素晴らしいんですけど、その分ヒップホップ的な価値観で「もうちょっとご飯を多めにしてください」と俺からお願いすることもよくあって。いい / 悪いじゃなくて、もともとご飯を入れる箱の分量が違うんですよね。だからこそ今まで自分が聴いたことのないような音像を与えてもらえるんだけど、今回に関しては雰囲気的にBLがピッタリハマったということですね。

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──なるほど。「Paradigm」はボーナストラックとして収録されていますが、「三国志」というか「キングダム」というか、KREVAレパートリーで言えば「神の領域」と双璧をなす覇者の哲学が歌われていますね。

担当するキャラクター、インセインの絵を机に置いて、設定を見ながら「こいつ最低だな」とか思いながら作って、とにかく残忍で暴力こそがすべてみたいなキャラを目指しただけだったんだけど、結果的にこうなっちゃいましたね(笑)。俺はインセインから「ドラゴンボール」のフリーザや、「HUNTER×HUNTER」の絶対的王者・メルエムを思い浮かべて。この期間に「HUNTER×HUNTER」は読み直したんですけど、やっぱ「キメラ=アント編」すげえなって。週刊少年誌でやっていいレベルの話じゃないですよね(笑)。

日々変わっていく状況としっかり向き合わないと語れない

──BLさんのミックスも功を奏したのかもしれませんが、やはりこの作品は全体が従来の作品よりもリスナーが寄り添いやすくトリートメントされているという印象を受けるんです。

なんとなくわかります。ただ、俺自身は「寄り添う」という感覚ではなかった。良質なエンタテインメントの要素には「わかりやすさ」もあると思っています。強いて言えばそこかな。マスなわかりやすさを求めていたと思います。「伝わらなくてもいいや」「わかってもらえなくてもいいや」ではなく、日記的に生まれたリリックもかなり精査しましたし。

──マスという言葉は適切かもしれませんね。もちろん好みの好き嫌いはあるだろうけど、このアルバムの曲って「これ、自分には当てはまらないな」と思うようなシチュエーションがあまりないような気がするんですよ。

そもそもこれだけたくさんの曲で、この状況と向き合っている作品が、まだ世間にあまりないのかもしれない。もうちょっと「未来は明るくなるよ」とか「今はつらいけどがんばっていこう」みたいなトーンが多いというか。もちろん自分も「変えられるのは未来だけ」のような曲は歌っているけど、その曲ですらそのときの状況を反映させているし。そうじゃないと俺は語れないから。ずっと家にいるつらさも1週間前と1週間後でまったく違ったりするし、状況も日々変わる。それもあって塊でしっかりと打ち出したかったんです。

世界中のビート工場をネットで見学

──トラックメイク周りの環境で言うと何か具体的な変化はありましたか?

Ableton Liveという音を作るソフトがあるんですけど、それが2月にバージョン10から11にアップデートしたのが思いのほかデカかったですね。「やってみたい」と思わせてくれる機能も新しいエフェクトもいっぱい入って、「もっと使おう」という気持ちに拍車がかかった。それを試した結果が「変えられるのは未来だけ」につながって。勉強にもなったし、インスピレーションも湧いたしでいい効果しかなかった。あと、今ってみんな家にいるんで、世界中のプロが制作風景をネットで見せてくれるんですよね。いろんなソフトのチュートリアル動画もどんどんアップされていて。例えばビートメイカーがビートを作れなくなっちゃう“ビートブロック”という言葉があるんですけど、それをどう脱するかというセラピー的な動画まであったりとか。

──どういう“処方箋”が語られているんですか?

「とにかく毎日作ること」(笑)。「この新しい機能のこれはまだ使ってないな」とか、どんな動機でもいいから毎日必ず1つはトラックをいじれと。

──ほう。「ちょっと距離を置いてみよう」ではないんですね。

そう。しかも、そいつは「振り返るな」って言ってた(笑)。いつもはふざけて汚い言葉を使って生配信していたようなやつが「音楽人生なんて結局はいい友達を1人見つけりゃ完全に変わるんだよ!」とか言ってるのも、すごくためになったし、この状況下で生まれた数少ない好材料だと感じましたね。もっともそいつらには、例えばLAならLAのビートメイカー同士のコミュニティがあって。俺は本当に1人きりだからちょっと寂しかったけど、勉強するものに困るような時間は皆無でした。似たようなものばっかり作っちゃうようなループが起こっても、誰かが聴いているわけじゃないから気にしないし。数撃ちゃ当たるじゃないけど、作り続けたほうが「これだ」と思えるトラックが生まれたし、精度も高まっていくような感覚もあって。

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──トラックメイクについては海外のチュートリアル動画がインプットになっていたんですね。

よく、うちのスタッフが野菜をくれるんですけど、ゴーヤをもらったらゴーヤチャンプルでも作ろうかな、とか思うじゃないですか? ところが海外のチュートリアル動画だと、そこで「お前、それにゴーヤ入れちゃうの!?」みたいなプラグインを披露する若者が現れたりする。昔みたいに自分でレコードを漁っていたようなインプットじゃなくて、世界中の工場見学が余裕でできちゃうんだから、まあ楽しいですよ。

──しかも今回、インタールードの3曲では初めて自らミックスも手がけられて。

そこも探せばいくらでもやり方が出てきたので、自分に合うやり方を試しながら家でミックスしてみました。