映画『この世界の片隅に』さらにいくつものサウンドトラック」特集コトリンゴ×のん×片渕須直|新規シーンと新曲で描き出す、さらにいくつもの魅力

コトリンゴさんの声とすずさんの声の周波数は同じ

──「この世界の片隅に」「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」は、生活音がすごくリアルですよね。料理のシーンは特にそれを感じました。

コトリンゴ

コトリンゴ 生活音に関しては監督さんのものすごいこだわりがあるんです。

片渕 実写とまったく同じ音で付けてるんですよ。でも実写でも、人の心には音がない。その部分をコトリンゴさんにお任せしています。すずさんの気持ちの揺れ動きが音楽になって出てくる、そんなイメージです。ちなみにコトリンゴさんの声とすずさんの声の周波数が同じなんですよ。

コトリンゴ どういうことですか?

片渕 ある映画館でちょっと音の聞こえが悪かったので、「ここの音をイコライザーで上げてください」って上げてみたら、のんちゃんとコトリンゴさんの声が同時に聞こえるようになったんです。つまり2人の声の周波数が同じということ。

のん すごい!

コトリンゴ おしゃべりするときの声の出し方が似てる気は前々からしていました。だからのんさんが歌ったときのパワフルな歌声はどうやって出しているんだろうと思っていて……。

のん コトリンゴさんもいつかパワフルな歌声になるかもしれないですね。

コトリンゴ そうですね。ちょっと練習しておきます(笑)。

右手の声に導かれて

──ちなみにのんさんのキャスティングとコトリンゴさんのキャスティングはどちらが先だったんですか?

片渕 コトリンゴさんです。「マイマイ新子と千年の魔法」(2009年公開の映画)が完成した翌年、2010年の夏にこうの史代さんの原画展が広島の廿日市市であって、そこで原画を眺めながら“右手の声”の存在をどうしようかなと考えていたんです。すずさんにとって右手は絵を描く手。右手の声とすずさんを同じ声にすると、すずさん自身がしゃべっているのと、天界にいる右手の思いがぐちゃぐちゃになっちゃうと思ったんです。それで右手が発するのは言葉じゃなくて歌にしようと思いました。その頃ちょうどコトリンゴさんの「悲しくてやりきれない」を聴かせていただいて、すずさんの右手の声はコトリンゴさんだと思ったんです。そしてその3年後にのんちゃんと出会った。

コトリンゴ なので私が楽曲を作り始めた頃はまだ、すずさんをのんさんが演じることが決まっていなくて。どなたになるんだろうと思いながら作っていたんです。

片渕 ひょっとしたらなんですけど、右手の声が先にあったからすずさんの声はのんちゃんがいいなと思ったのかもしれません。

のん すごい。初めて聞いた話。右手から始まったんですね。

片渕 今にして思うことですけどね。2人の声の周波数が一致しているのは偶然じゃなかったのかもしれません。

左からのん、コトリンゴ。

もう2016年のピュアなコトリンゴじゃない

──今回のサウンドトラックの資料を読むと、コトリンゴさんは片渕監督にはばれないように豪華な編成で「たんぽぽ」の新バージョンをレコーディングしたそうで。

コトリンゴ なんだか私自身が2016年からちょっと成長しちゃって、2016年のときのピュアなコトリンゴじゃなくなっちゃったので……ちょっと欲が出てきたというか……のんさんはそういうことはありませんでした? 声を録っていて。

のん うーん、前回はすごく緊張していたんですけど、この3年間で監督のお話を聞く機会がいっぱいあったので安心してすずさんを演じることはできましたね。まさか今のコトリンゴさんがあのときのコトリンゴさんじゃないなんて……(笑)。

コトリンゴ ふふふ(笑)。「この世界の片隅に」ファンの方は皆さんものすごく細かいところまで見ていらっしゃるので、本編の曲を変えてしまっては納得がいかないんじゃないかなと思ってエンディングだけ少し変えてみました。オリジナルバージョンは駆け込みで作ったので打ち込みの音がけっこう入っていて、そっくりそのまま生楽器にして。それだったらラッパもちょっと足しちゃおうかな……とかいろいろやっていたら、もっとフィナーレ感が出るんじゃないかなと思って。

片渕須直

片渕 よかったと思います。今回のほうがすずさんにいろんな思い煩いとかがたくさんあったぶん、最後の音楽ですごく救われている感じがしました。今回のすずさんは落ち込みがひどいから、前のままじゃきっと同じところまでは戻れなかったはず。いっぱいの楽器の響きですずさんが持ち上げられていく感じというか。

コトリンゴ 違いがわかりますか?

片渕 そりゃあ、わかりますよ。でもね、その救われている感じは実際に本編とエンディングをつなげてみて思ったことです。「ああ、すずさんはここへたどり着くんだ」と。最初は「オリジナルと同じ長さでやってください」とコトリンゴさんに伝えましたけど、気付いたらスタッフが増えていてスタッフクレジットを追加したので、ギリギリのところで「少し長くなりませんか」と相談させていただきましたよね。

コトリンゴ ミックスの日でしたよね。もう全部録り終えたあとに30秒くらい伸ばしたいと(笑)。ペダルスティールの音を中から取り出して、それを最初にふわんと鳴らして。アレンジは波の音があるパターンも用意していたんですが、最後のシーンがおうちだったのでそっちではなくてギターを足したほうにしました。

片渕 クレジットが伸びた分だけ絵も描き足して、新しい映画のフィナーレ感を一層演出できたと思います。