ナタリー PowerPush - 小南泰葉
覚悟と覚醒の1stアルバム「キメラ」
どこまで命を重んじるか、軽んじるか
──そして「怪物の唄」は、「やさしい嘘」と対極にある曲だと思いました。
うん……。「怪物の唄」を作ったときに、私はなんて攻撃的で非道な人間なんだろうって改めて思ったんです。
──というのは?
この曲は、以前あったイラクの残虐な人質事件の動画の影響を受けて作ったものなんです。当時ニュースで観て、それがすごくトラウマになったんですよね。でも私はこの動画を自分が死にたいと思ったときに見ていたんです。当時の私はそういうことにすがらざるをえなくて……。
──そうすることで、生きる希望みたいなものを見つけていた?
はい。でもそのやり方自体が歪んでいると思うし、人間として欠けていていびつだと思うんですけど、そうするしか私にはできなくて。
──では「怪物の唄」は、その人質事件を題材にして作ろうという確固たる意志があって作ったんですか?
題材というよりそれはきっかけであって。私自身、心の中に“キメラ”(同一固体内に異なった遺伝情報を持つ細胞が混じっていること。自分の中にある違う人格)がいて、たまにそのキメラがすごい言葉を吐くんですよ。もちろん、それは全部私の中から出てくるものだから、何を言っても私に責任が発生するんですけど。そのキメラと一緒に曲作りをしているときって、ほとんど興奮状態なので記憶がないんです。「朝起きると小人が靴を作り上げていた」みたいな感覚と同じなんですよね。この曲もそんな感覚の中、朝起きたら仕上がっていて、すごくショックだったんですよ。「なんてひどい曲を作ってしまったんだろう」って。
──それほどの言葉が並んでいたんですね。
はい。これを聴いたら悲しむ人もきっといるということもすごく考えたんです。でも私はこの曲を生んでしまった以上、形にしたかったんです。
──これこそ、生と死についての究極の曲だと思いました。
私はいつも、“どこまで命を重んじるか、軽んじるか”って考えていて。動物を食べることや、動物をお金を出して買うということ、さらには毛皮にすることとかって全部矛盾じゃないですか。それをすべて受け止めて、でも結局わからなくて、「さあ、どこに行こう」というのが小南泰葉の答えだと思っているんです。
──結果、どこに行く?
どこにも行けない。でも、それでも生きるのが答えだと思うんです。
──本当に、悲痛な思いの中で作っていったんですね。
はい。だからこそ、アルバムの発売日を迎えるのがすごく怖いし、楽しみでもあるんです。私の曲はきっと誰かを幸せにもするけど、不幸にもするかもしれない。それはわかっているんです。すごくたくさんの人に広まってほしいけど、やっぱりこの「怪物の唄」を出すことに関しては、ちゃんと、しっかり覚悟しなくちゃいけないなって思っています。
──そして、すごく強い覚悟の上に作られているんですね。
どの曲も常に覚悟ばかりなんです。リリースするたびに大きな覚悟が必要。それは私の宿命だと思っているんです。
曲を要塞にして、自分を守ろうとした
──しかしそんな歌詞の一方で、サウンド面はアルバムを通してすごく楽しそうに表現しているのが伝わってきました。
ありがとうございます。1つの作品に10曲以上収録されるのが初めてなので、いろんな実験がしたかったんですね。いつもシングルの3曲や、ミニアルバムの6曲くらいでは取りこぼしてしまう小南泰葉をちゃんとすくって出せたらいいなと思っていたんです。
──中でも「Drink me」のサウンドは今までとはまた違う印象で、すごく面白かったです。
私の声はすごく細くて危ういので、ボーカルトラックは1本のほうが生きると思っていたんですね。でもこの曲では初めて重ねてダブルにしてみたんです。あと、サビも裏声なんですよ。そうなるとどう表現していいのかわからなくて。でもダブルにした瞬間、すごく面白い効果が得られて! やりたいことを全部やれた曲になりました。
──しかし、この面白いサウンドに乗る歌詞には、またすごい毒気が……。
「Drink me」は強気に「飲めるもんなら飲んでみな」という思いで書いたんです。「聴けるもんなら聴いてみな」と(笑)。
──うん、小南さんが普段思っていることをそのまま歌詞にしたんだろうなと素直に思いました(笑)。
そうですね。デビューしてからの1年間、わざわざ見なくていいものや聴かなくてもいいものをあえて手にとって、まじまじと見るような生活をしていたんです。私の発言がどう響くかもいちいち気にしていたし……こういうインタビューも、目隠しして丸裸にされて、車のボンネットに縛り付けられて走らされているみたいだと思っていたんですよ(笑)。
──……そこまで負担に考えていたんですね。
でもそんなふうに思っていたら、アーティストとして命が何個あっても足りないと思ったんです。周りがどうアーティストのイメージを構築したところで、何か言われるのは私。全部受け止めなくちゃいけないのもわかったんです。だからこそ、楽曲で防御を作ったんです。
──曲で?
はい。曲を要塞にして、自分を守ろうと思ったんです。機械仕立ての部屋を作って……そこにはピアノ線が格子状に張り巡らされて、軽い気持ちで踏み入れたら首が吹き飛ばされる仕掛けがあったり、さらに伸縮性の刃物があったりして、さらにその部屋の真ん中に毒入りのケーキを置くようなイメージで曲を編み出すようになったんです。「聴きに来てほしいけど、首が飛んでも知らないですよ」って(笑)。
──……確かに聴いたときの衝撃はすごく強いですからね。でも、ホーンやギターを用いた明るいサウンドで、あの歌詞の雰囲気を隠しているような印象を受けたんですが。
そうなんです。あまりそういうふうな情景が浮かばないように陽気に歌って、ホーンを入れて、ポップで明るい感じにして、ガヤも入れたりして。でも歌詞カードを見たらすごく衝撃的で……このギャップがすごく激しいのが、「パロディス」という曲だと思うんですけど。私自身このバランスで均衡を守っているんだろうなって思いますね。それが小南泰葉なんだと思います。
収録曲
- 嘘憑きとサルヴァドール
- 「善悪の彼岸」
- やさしい嘘
- Trash
- パロディス
- コウモリの歌
- Drink me
- パンを齧った美少女
- 世界同時多発ラブ仮病捏造バラード不法投棄(キメラver.)
- 怪物の唄
ボーナス・トラック
- 藁人形売りの少女
- Soupy World
小南泰葉(こみなみやすは)
関西出身の女性シンガーソングライター。10代から音楽活動を始めるも、20歳になったときに活動を中断。その後、約5年にわたり音楽から離れていたが、2008年より活動を再開する。2010年6月に1stミニアルバム「UNHAPPY BIRTHDAY」をリリースし、毒のある歌詞とポップなサウンドで注目を集める。2011年には「FUJI ROCK FESTIVAL'11」に初出演。2012年5月にミニアルバム「嘘憑キズム」でメジャーデビュー。同年6月に行った東阪名での初ワンマンツアーは、全公演完売と注目度の高さを伺わせる。9月に映画「アシュラ」の主題歌「Trash」をメジャー1stシングルとしてリリースし、12月には2012年2作目となるミニアルバム「121212」を発表した。2013年5月にはメジャー1stアルバム「キメラ」を発表。自身が切り絵をまとう衝撃的なアートワークでも話題を呼んだ。