音楽ナタリー PowerPush - KOKIA
新しい生活と幸福な出会いから見つけた「I Found You」
KOKIAがニューアルバム「I Found You」をリリースした。
この2年間で、渡英や結婚など人生の大きな節目を経験した彼女。その経験から生まれた今作は彼女の思いが色濃く反映されており、リスナーが自分の人生と重ねて聴きたくなるような楽しい楽曲や、チクリと心に痛い棘を刺すナンバーまで多彩な思いが表現された1枚となっている。「不便さが楽しかった」と語る興味深いロンドンでの生活、現地で制作を始めた今回のアルバムについてじっくりと話を聞いた。
取材・文 / 川倉由起子 撮影 / 佐藤類
誰も助けてくれない場所で不便さを楽しみながら何かをしたかった
──この2年間はロンドンと日本を行き来する生活だったそうですね。
自分探しというほどでもないんですけど、今までの人生や渡英前の年齢、そしてこれからを思ったときに、一度人生を考え直そうかなという時期を迎えたので。単身ロンドンへ渡って、若いときにやりたかった語学の勉強などをしながら生活してみようと思ったんです。デビューからそれまで止まらずに働いてきたので、思い切ってそこでやり残してきたことをやってみたかったという感じですね。ちょうどその時期、心が壊れちゃってたというか気持ちが疲れてしまっていて。音楽に向かうのってすごくエネルギーがいることなので、「私、元気にならなくちゃ歌えない!」と思って。ロンドンにいる間に気分も変わって伝えたいことが出てくるかな?という期待も込めて行きましたね。
──渡航先としてなぜロンドンを選んだんですか?
ヨーロッパの中でも、以前仕事をしたことがあるフランスやアイルランドには個人的な知り合いがけっこういるんですよ。だから行けばみんな、「あ、来たの?」ってウエルカムしてくれる。それがわかっていたから今回はあえて知り合いがいないところがよくて、それがどこか考えたらロンドンだったんです。
──なるほど。
自分を知っている人がいる場所だと「1人で自分を見つめ直す」ではなく仕事ありきの「KOKIAの延長」にしかならないと思ったし、もうちょっと本名の「アキコ」として、個人的に自分を見つめ直したいなって。ロンドンはライブや観光で行ったことはあるけど知り合いらしい知り合いはいないし、行ったらたぶん“1人で私、困る”だろうなって。誰も助けてくれない場所で、不便さに振り回されながら、一生懸命に何かをしたかったんです。
──あえて自分をそういう状況に追い込んだと。
そうです。あのときの私は何も失うことが恐くなかったから。後先何も考えずに、とにかく行っちゃえ!って(笑)。
──現地ではどんな毎日を送っていたんですか?
もう夢中で暮らしていました。一生懸命に勉強して、一生懸命遊んでいました。最初は語学学校の寮に入って10~20代の子たちとリビングも寝室も一緒というルームシェアを始めて。予想通り不自由も多かったですが、今まで味わったことのない遊びや学びを経験して、それがすごく楽しかったんです。いろんなものとの巡り合わせはもちろん、のちに旦那様になる相手とのよき出会いもあったりして、「この楽しい感じ、なんだろうな」って思っていました(笑)。
──そして心もだんだん元気になってきたと。
はい。中でも彼に出会えたことはやっぱり大きくて。自分にとって大事だなと思える人にそういう場所とタイミングで出会えたことにもすごく縁を感じました。人生って何が起こるか本当にわからない。心も徐々に回復して、「今なら音を紡ぎたい」っていう気持ちにまでなれたんですよね。で、その頃ちょうど新たなアルバムをリリースしないかというお話をレコード会社からもらっていて、だったら自分に元気をくれたこの場所で音を書き始めようと。ロンドンで制作をスタートさせたんです。
もう1回面白い音楽がやりたい
──とはいえ、日本と違って機材も何もない場所での制作ですよね。どうやって曲作りを始めたんですか?
日本だと防音室や、機材があるという意味で自由にいつでも音楽が作れる恵まれた環境にあるのに比べて、ロンドンの住まいは隣の音も筒抜けのフラットで、キーボードさえ手元になかったのでまずは中古楽器屋さんにキーボードを買いに行くところからはじまりました。そんなことするのはデビュー前以来だったと思うんですけど(笑)。
──そうですよね(笑)。で、キーボードを担いでアパートに戻ったんですか?
そうなんです! 助けてくれる人は誰もいない。でも、そんな時間もすごく楽しかったんです。さっきも言ったように「私、一生懸命に何かしてる!」って(笑)。そして、キーボード1台でなんだってできる!って、音を奏で始めたはるか昔の感覚を改めて楽しんでいました。
──ロンドンにいたことで、制作の形や音楽への思いに変化はありましたか?
ええ。ロンドンも日本みたいにストリートミュージシャンが歌っていたりするんですけど、そこで思ったのは、路上でもカッコいい人はカッコいいんですよね。プロアマ関係なく、生き生きしている人は音も佇まいもすでにミュージシャン。そのことにすごく感動したんです。で、ふと我に返ったときに、自分はミュージシャンとして「KOKIA」という器があって、そこにただ乗っかってた部分もあるんだろうなって。その器の形に甘えるんじゃなく、固執するでもなく、そこで自分がどうあるべきかということをもう1回考えたいって思いましたね。ロンドンでいろんな曲を聴く中で、もっと音作りも私自身も自由でいいんだなって感じたし、それなりにやりたいことをやってきたはずだけどこじんまり何かの枠にハマってない?って。だから今回はあまりきれいにまとめようとせず、ライブで楽しくなる曲を書いてみたり、これまであまり書いてこなかった個人的なことを歌ったラブソングを書いてみたり、A~B~サビみたいな曲の構成にもこだわらない曲に挑戦したり、いろいろな意味で自由な発送で音作りをしてみました。自分の中でもう1回何かにとらわれる音楽をやりたいなって思えたのは大きかったです。
次のページ » 「自分次第」感が強いアルバム
- ニューアルバム「I Found You」2015年3月18日発売 / Victor Entertainment
- 初回限定盤 / 3456円 / VIZL-796 / Amazon.co.jp
- 通常盤 / 3240円 / VICL-64312 / Amazon.co.jp
収録曲
- Family Tree
- おいしい音 yum yum music
- Recover
- Solace ~記憶の森に積もる絵画
- オギャーと産まれて
- I Found the Love
- Make Sense
- Dear Armstrong
- I Found You
- 旅列車 life train
- 無力と知った日
- Spirits(初回限定盤ボーナストラック)
KOKIA 2015 Concert ~おいしい音を食べたなら~
- 2015年6月21日(日)
東京都 東京国際フォーラム ホールCSOLD OUT - 2015年6月22日(月)
東京都 東京国際フォーラム ホールC
KOKIA(コキア)
1976年生まれの女性シンガーソングライター。幼少期より楽器に親しみ、高校と大学では桐朋学園で声楽を専攻。1998年に大学在学中にシングル「愛しているから」でメジャーデビューを果たす。1999年に発表した3rdシングル「ありがとう...」は、海外でもリリースされ香港国際流行音楽大賞で3位に入賞。同曲は香港国内にて広東語でカバーされ大ヒットを記録する。その後もCMソングやドラマ主題歌を多数手がけ、2004年にアテネ五輪日本代表選手団応援ソング「夢がチカラ」を発表。2006年には初のベスト盤「pearl」が日本、フランス、スペインでリリースされ、特にヨーロッパ諸国で大きな反響を呼ぶ。近年は海外でのライブ活動も積極的に行い、歌を通じてのチャリティ活動にも取り組んでいる。デビュー15周年を迎えた2013年にアルバム「Where to go my love?」を発表し、Bunkamuraオーチャードホールにてアニバーサリーコンサートを開催。また同年よりイギリスにも拠点を置き、日本とロンドンを行き来しながら活動している。2015年3月にアルバム「I Found You」を発表。